昔々、ある村に旅人がやってきました。彼は村のあちこちで一晩の宿を求めましたが誰も相手をしてくれませんでした。なぜかと言えば彼があまりに粗末な服を着ていたからです。きっと泊めてやったところで大した礼もしてくれないだろう、そう村人たちは思ったのです。


 困り果てた旅人は最後に村一番の貧しい夫婦の所を訪ねました。


「すいません。雨露さえしのげれば構わないので、どうか一晩泊めて頂けませんか?」


「まあ、お困りでしょう。こんな何もない所でいいのなら、どうぞ」


 親切にも夫婦は男を泊めてやり、なけなしの食事も与えてやりました。男は夫婦の親切を大層喜び、次の日の朝、旅立ちの際に継ぎ接ぎだらけの袋から何かを取り出しました。それはどうみても単なる木の箱でした。


「旅の途中、こんなに親切にして頂き、感激致しました。どうか、これを受け取っては貰えませんか」


「何です、この箱は? 中に何が入っているのですか?」


「実は私も開けてみたことがないのです。これは私の家に代々伝わってきた家宝なのですが、なぜか『中身が何か知ってはいけない』という言い伝えがあるのです。旅を続ける私にはどうせ重荷となる物ですし、ぜひあなたたちに差し上げたい」


 そう言うと男は「そんな大事なものは受け取れない」という夫婦へ無理やり押し付けるように箱を渡して旅立ってしまいました。


 こんな薄汚れた古い木の箱に価値のあるものなど入っているわけはない。そう思ったものの折角の頂き物なので夫婦は大事にそれを家の中へ飾ることにしました。


 その後、暫くして夫婦の元をある村人が訪ねたことがありました。彼は大事に飾ってあるそれに気が付いて夫婦に聞きました。


「ん、なんだい、その汚い箱は?」


 夫は旅人の話を聞かせました。


「ああ、そういえばそんな奴が俺の所にも来たことがあったっけ。それでこいつにはいったい何が入っているんだね?」


「開けてみたことがないんだ。開けてはいけないって言われたからね」


「アッハッハ、なに言ってんだ。そんな言い伝え、ただの迷信に決まっている。よし、俺が見てやろう」


 村人はそう言うと止める夫婦を振りきって勝手に箱を開けてしまいました。そしてそれを覗き込んだ彼はげらげらと笑い出したのです。夫婦は顔を見合わせ、きょとんとしました。


「これが笑わずにいられるかい、ほら」


 男はそう言うと蓋の開いた箱を夫婦に見せました。なんとその中は空っぽだったのです。


「おまえさんたち、その旅人に騙されたのさ。こんな汚い空の箱を押し付けられて」


 笑いながら村人は帰っていきました。夫婦は少し残念に思いましたが、それでも折角貰ったものだからとそのまま箱を飾っていました。村中がそんな夫婦を「人のいい愚か者だ」と噂して笑いました。


 そんなある日のことです。たくさんの荷物を持った如何にも金持ちそうな旅の商人が村へとやってきました。村人たちの対応もあのみすぼらしい旅人の時とはまるで違い、村長が直々に村を代表して彼を出迎えました。


「始めまして。私は世界中の珍しい物を集めながら旅をしている者です。何か、この村に珍しい品はありますかな? もしよければ私の持ち物と交換したいのですが」


 それならばと村長は自分の家に男を招き自慢の持ち物を見せました。ガラスや織物、工芸品などです。男は一通りそれを見ると残念そうに言いました。


「うーん、全部、ありふれた物ばかりですね。どこにでもあるもので珍しい物は一つもないですよ」


 村長は自慢げに出したことを恥ずかしく思い、真っ赤になりました。


「村長さんでもこの程度ですか。期待は出来ないが一応、他の家も回らせてもらいますね」


 商人は一軒一軒、村中を歩きましたが、やはり目に留まるような物はひとつとしてありませんでした。そして最後にやってきたのはあの夫婦の家でした。


「なんと質素な家だろう。こんな所には何もないだろうが……。まあ、一応見てみようか」


 商人がドアを叩くと、夫が顔を出しました。痩せこけた夫の顔を見てやはり「はずれ」だと商人は思いました。それでも仕方なく他の家の時と同じ言葉を掛けました。


「私は旅の商人でして。何か面白い物がないかとこの村を回っているのですが」


「ほお、それはご苦労様です。しかし恥ずかしい話ですが、うちには何もありませんよ」


「ええ、まあ、一応、家の中を拝見してもよろしいでしょうか?」


「そうですか、じゃあ、どうぞ。でもたぶんがっかりしますよ」


 商人は家に入ると驚きました。価値のある物どころか想像以上に物自体がまったくありませんでした。確かにがっかりです。これでは仕方ないと帰り掛けた時、彼はふと部屋の奥に置いてある何気ない箱になぜか目を留めました。彼は「おやっ」と思い、近くに行って見て、そこで「まさか……」と思いました。震える手で箱を持ち上げ埃を払い、そして彼は信じられないものをそこで見つけたのです。


「ああ、それは何も入ってませんよ。ただの空の箱です」


 こう言った夫に商人は興奮した様子でこう言い返しました。


「と、とんでもない! これはすごい箱なんですよ! 大昔に神工とまで言われた伝説の木工職人が作った数少ない代物なんです。貴金属や宝石を入れておけば一層光り輝くようになり数百年もその状態が保てるという伝説の箱なんだ。世界中の裕福な金持ちが一度は持ちたいと憧れる奇跡の品物ですよ!」


「ほ、本当にそんなすごい物なんですか? こんな何の変哲もない木の箱が?」


「ええ! この箱の裏に彫られた職人の名前がその証拠なんです。まさか、こんな所で出会えるとは……。そう、これは奇跡の出会いだ! どうです? よろしかったらこれを私に譲ってはもらえませんか?」


「し、しかしこれはある人からの贈り物なので……」


「うーむ、そうですか、そんなに大事な物なら私もそれに見合う物を出さなければなりませんね……。よし、私が今持っている全財産と交換してください! それでどうでしょう?」


 そういうと商人は外に置いていた山のような荷物を夫婦に向かって差し出したのです。


 そしてあまりの出来事に驚いてきょとんとしている夫婦にそれを強引に押し付けると、商人は礼を言い、さっさと箱だけを抱えてどこかに行ってしまいました。


 結局夫婦の前には山のような宝が残されることになり、彼らは村長以上の村一番の金持ちとなり、それから幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る