とりざるもの




 ある所に仲のいい三匹の動物がいました。それは「鳥」と「猿」と「獣」でした。そして一見ばらばらな彼らには「体の色が真っ白である」という共通点があったのです。彼らは集まる度に自分たちの白さを嘆きました。


 花は美しい色を持っている。他の動物たちもそれぞれ動物らしい色をしている。なぜ自分たちだけが他から浮いたように白いのだろうか? おかしい。自分たちは失敗作なのだろうか?


 そう思った彼らは何度もこの世界を作った創世の女神を呼んでみたのですが、忙しいのか、彼女は全く現れませんでした。そのため結局三匹はいつもお互いに愚痴を零し合うことしか出来ませんでした。


 そんなある日、意を決した猿がこう言いました。


「きっと女神様以外にも僕たちの色を変えることが出来る奴がこの世界のどこかにいるはずだよ。僕はそいつを探しに旅に出るつもりだ。君たちはどうする?」


 鳥と獣もそれに賛成し三匹は一緒に旅に出ることになりました。全く当ての無い旅です。それでも彼らの胸はわくわくしてきて希望に満ち溢れていました。


 それから数えられない程の年月が流れました。三匹は休みなく旅を続けていましたが、一向に自分たちを色付けてくれるものに出会えませんでした。もう諦めようか? 誰からともなくそんな話が出始めた時、三匹は一人の人間に出会いました。その男こそ探し求めていた「染め物屋」だったのです。「何でも染めます」の看板を見つけた三匹はとても驚き、大喜びで男に話をしました。


「僕たちはただ真っ白で地味な自分に嫌気が差し、色を付けてくれる方を探して旅をしてきたのです。どうか、僕たちに素敵な色を着けてくださいな」


「それはそれはご苦労様。大変でしたね。それでは腕を振るって差し上げましょう。どんな色にでも染め上げますよ。さあ、どんな色がいいのですか?」


「ど、どんな色?」


 三匹は同時に言いました。戸惑いと驚きが混じった声でした。


「ええ、一度染めてしまえばもう変更は出来ませんからね。大事なことですからしっかり決めてから染めなければなりません。さあ、お好きな色を仰ってください」


 三匹は迷ってしまいました。自分たちの色の白さだけを気にしていた彼らは色を着けてもらうということばかり考えていて、どんな色が良いかなんて具体的に考えたことがなかったのです。よくよく考えてみると、三人みんな同じ色にするというわけにもいかない気がします。そこで三匹は一度そこで別れることにして自分の色を求めてそれぞれ旅立つことにしました。


 まず鳥はお花畑に行きました。花の色を参考にするつもりだったのです。


 ああ、この黄色、綺麗だな。おっ、こっちの藍色や橙色もいいな。赤、青、紫、うーん、捨てがたい。葉っぱの緑も落ち着くなあ。


 迷っているうちに鳥は仲間の鳥たちから馬鹿にされた昔のことをふと思い出しました。色彩豊かな仲間たちは「そんなに真っ白だと汚れが目立って大変だね」とよく馬鹿にしてきたのです。思い出しても腹が立ちました。びっくりするくらい綺麗な色になってやる。そう思った鳥は迷いに迷い、結局そこにある全部を染め物屋のところに持って帰りました。


「これと同じ全部の色を塗ってください。僕はきっと世界一美しい鳥になれるはずです。」


 染め物屋は少し不安でしたが、鳥が自信満々に頼むので仕方なく言うとおりに染めてやりました。染め終わると鳥は鏡で見てみたいと頼みました。どれほど美しくなっただろうとわくわくしながら鏡を覗き込んだのですが、そこに映っていたのは七色の縞模様になったあまりに不自然で滑稽な生き物でした。


 自分の想像とはまるで違う姿になってしまった鳥は動揺して鏡を落としてしまいました。そして染め物屋に激しく詰め寄ったのです。全部の色を使うにはこう染めるしかなかったと説明されましたが、もちろん納得はできません。しかし文句をいくら言っても、もう元の姿に戻ることは出来ませんでした。


 こんな恥ずかしい姿、他の二人には見せられない。


 鳥は猿と獣が来る前に空へと飛び去りました。それ以来その鳥は恥ずかしい姿を人前から隠すようになりましたが、時折どうしても我慢出来ずに空を飛ぶのです。その時、空に描かれる七色の軌跡を人々は「にじ」と名づけました。


 さてその頃、猿は「強い色」を求めて岩場に来ていました。いつも他の猿に白いことで苛められていた彼は強く見える色に憧れたのです。強いという言葉から連想したのは硬い岩でした。しかし岩にも色々な色があります。猿はすっかり迷ってしまい、とりあえず手当たり次第、そこの石を拾い集め、染め物屋に持っていきました。


「さあ、これ全部使って強く見えるようにしてください」


 先程、鳥の時に失敗している染め物屋は慎重に考えました。さっきは塗り分けて縞模様にしたからおかしくなったんだ。思い切って混ぜてしまおう。そう考えて最初の一塗りをした時、染め物屋はぎょっとしました。自分の過ちに気づいたのです。しかし今更もう止めることはできません。彼は自棄になって染め続けました。


 全ての作業が終わると猿はドキドキしながら鏡を手に取りました。


「な、なんじゃこれ! ま、真っ黒なだけじゃないか!」


 全ての色を混ぜたことでその色は闇のような黒になってしまったのです。今までの白とは真逆の色でした。猿は「自分の考えていた姿と違う!」と言って大暴れしました。すっかり染め物屋の中はめちゃくちゃになりました。それでも怒りが収まらない猿は「うきー!」と叫ぶと、どこかに走り去りました。


 それからというもの、昼間でも夜のような色をした自分に恥ずかしさを感じるようになった猿は、たまに太陽に覆い被さっていたずらをするようになり、人々はそれを「にっしょく」と呼ぶようになりました。


 一方その頃、獣は一人悩んでいました。目にする様々な色たち。そのどれもがとても綺麗に見えます。しかしなぜか自分に合うような気がしないのです。なぜだろう? 獣はふと考えました。


 これまで鳥や猿と旅を続けてきた。様々な辛いことがあった。それを乗り越えてきたのは紛れも無く、この体だ。


 獣は改めて自分の体を見直しました。何にも染まっていない白。見ているうちになぜか誇らしい気持ちになってきます。彼はある決心をして染め物屋の所に戻ると彼にこう言いました。


「いろいろ考えてみたのですが僕はこの白い体のままでいいような気がするんです」


 染め物屋は驚きの表情を浮かべたもののすぐに笑顔で頷いてくれました。


「それにしても何で店の中がこんなにぐちゃぐちゃなんですか?」


「あ、いや、ちょっとね」


 染め物屋は口籠もりました。不思議そうに獣は首を傾げました。


 そんな時でした。


「すいません。染め物屋さん」


 何かが染物屋を尋ねてきたのです。それは茶色や黒や赤色の小さな鳥や兎や猫たちでした。


「染め物屋さん、僕たちは全身が同じ色でつまらないんだ。何か模様を着けてよ」


 どんな色を持っていても結局悩みはあるんだな。獣は改めてそれを知りました。


「いや、申し訳ない。ご覧のとおりで店がめちゃくちゃでね。染料も全部使えなくなってしまったんだ」


「えー、そんな……。ここまで苦労してやっと辿り着いたのに」


 動物たちは激しく落ち込み、うな垂れました。掛ける言葉も無いほどです。そんな様子を横で見ていた獣はじっと何かを考え始めました。


 やがて意を決したように彼はこう言いました。


「……染め物屋さん、僕の毛の色を使ってください。この白い色を」


 驚いて染め物屋は止めました。


「駄目だよ、獣さん。君は全身が白なんだから。それを使うってことは……」


「わかってます。でも彼らの気持ちが僕はよくわかるんです。覚悟は出来ていますから」


 獣の決意の固さを見て染め物屋も仕事をする決心をしました。獣の体から白い毛を抜き取ると、それを溶かして動物たちに塗っていきます。白い模様を手に入れた動物たちは獣にお礼を言い、大喜びで帰っていきました。


 作業が終わり後に残された獣を染め物屋は悲しげに見つめました。なんとそこにいるはずの獣の姿は全く見えませんでした。白い毛の獣は色を取られて透明になってしまったのです。


「なんということだ。やはりこうなってしまったか」


「良いんです。僕はこれまで自分の色をないがしろにしてきました。でも、つい先程自分の色の素晴らしさに気付けたんです。だからこうして失ってしまった今でも自分の色が誰かの役に立っていることに誇りを持てます。目に見えなくなっても僕は僕なのです。もう迷ったりしませんよ」


 獣は染め物屋に礼を言うと、見えない胸を張って去っていきました。


 それ以来この世界では誰にも見えない透明な体を持つ誇り高き「け」の無い獣を「もの」という名で呼ぶようになったのです。


 鳥、猿、もの、のお話はここまで。


 とりざるもの。


 おしまい。





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