零れ落ちたおとぎ話

蟹井克巳

勇者ポパパ




 ある所にポパパという体が小さくとても泣き虫な男の子がいました。


 彼はそのせいでいつも村の子供たちに苛められていたのです。


 そんなある日のことです。なんと大きな大きな怪物が突然現れ、のっしのっしと村へ入ってきました。


 怪物は最初の村人を見つけるなり食料をよこせと要求しました。見たこともない巨大な怪物に村人は恐怖を覚えましたが、勇気を振り絞り「すぐに食べさせられる物など無い」と言い返しました。すると怪物は村人の隣にいた牛を指差してこう言いました。


「嘘を言うな。そこにあるじゃないか」


 怪物はひょいっと親指と人差し指で牛を摘み上げると、ぱくっと一口でそれを食べてしまいました。あまりの恐怖に村人は一目散にそこから逃げ出しました。


 とんでもない怪物がやって来たという知らせはすぐに村中に知れ渡り、みんな慌てて家の中へ避難しましたが、そこへ怪物がのっしのっしとやってきました。


「腹減ったぞ! なんか食わせろ!」


 牛を一頭食べたばかりなのに怪物はそう言いました。村人は誰も出てきません。怪物は腹を立て大声で叫びました。


「腹減ったと言ってんだろ! 出て来ないならこうだ!」


 怪物は目の前の家の屋根を指で軽くポンと弾きました。すると屋根だけが空の彼方へふっとんでいったのです。怪物はまるみえになった家の中から震えている若い男を摘み出すと食料を要求しました。彼が「命だけは助けてくれ。家の中の物なら何でも食べていいから」と言うと、怪物は家を両手で軽々持ち上げ中身を全部口の中に放り込んでしまいました。そして机やらベッドやら食べられないものだけをぺッぺッと外に吐き出したのです。


「食えないものばかりじゃないか! まだ全然足りない!」


 そう言って怪物は男を無造作に放り出し次の家へと向かいました。今度の家でも住民はもちろん出てこようとしませんでしたが、怪物は壁をぺりっと紙のように剥がして中にいた夫婦を引きずり出そうとしました。すると彼らと一緒に家の中で匿われていた数匹の豚が逃げ出しました。ぶひぶひ言いながら逃げ回る豚を怪物は器用に一匹ずつ捕まえ、空中に放り投げると豆でも食べるようにぱくっぱくっと食べてしまいました。


 こうして怪物は次々と家々を襲い、村中の食べ物をすっかり食べ尽くしてしまったのです。


 家を失った村人たちを怪物はなぜか一箇所に集めました。


「なんだ、この村の食べ物はもう終わりなのか。他に食べ物がないんなら……」


 怪物は村人たちをじろっと見回しました。恐ろしいことにそいつの口からはだらだらと涎が垂れていたのです。


「人間はあんまり美味くないんだがなあ。背に腹は代えられん」


 村人たちから「ひええ」と悲鳴が上がりました。するとその村の村長が慌てて化物にこう言いました。


「待ってください! 少し離れたところにまだ何軒か家があるんです。そこにいけばまだ食べ物があります!」


 村長は敢えて伏せましたが、そこは村の中でも特別貧乏な人たちが暮らしている場所だったのです。もちろん大した食べ物があるわけありません。しかしそれを知らない怪物は喜んでそこへ向かいました。


 一方その頃その場所では、そこに住む人々が集まって相談をしていました。怪物の話はすでにそこまで伝わってきていたのです。大人たちの間では「抵抗しても敵う訳ないからすぐにでも家を捨て逃げ出そう」という結論がまとまりつつありました。ところがそこへ思っていたより早く怪物が現れたのです。みんな慌てて逃げ出しましたがすぐに捕まり家も壊され、なけなしの食べ物も全て食べられてしまいました。それでも怪物はかんかんに怒りました。


「なんだ、しけてやがる。向こうよりずっと少ないじゃないか。おまえら、どこかに食べ物を隠してるんじゃないか! それとも本当にこれで終わりだというならおまえらを……」


 今にも村人たちは食べられてしまいそうでした。


 ところがそんな村の危機の中で怪物から逃げおおせた人間が実は三人だけいたのです。


 その一人こそ、あのポパパでした。彼もこの地区の貧しい家の子供でしたが日頃から苛められていた彼は他の人の知らない取って置きの隠れ場所を知っていたので助かったのです。そこは今はもう人の住んでいない空き家の隠し地下室でした。昔、苛められて逃げ込んだ時に彼が偶然見つけたものだったのです。


 もう一人は村一番のいじめっ子のケッタ、村長の子供でした。偶然この日ポパパを苛めるためにここまでやってきて彼に助けられ地下室に入れてもらったのです。


 最後の一人は村一番のお調子者のマンネエです。彼はポパパやケッタと同い年で村一番の貧乏人でした。でも得意の物真似でいつもふざけているため人気がありました。そんな彼はなぜか村で唯一ポパパと仲が良く、この日はポパパを苛めに来たケッタを止めに来て一緒にここへ逃げ込んだのでした。


 三人は地下室からこっそり顔を出し外の様子を窺っていました。


「向こうのみんなはもう食べられちゃったのかな?」


 そう言って最初に泣き出したのは意外なことにいじめっ子のケッタでした。ところがこんな時に真っ先に泣きそうなポパパはなぜか黙って目を瞑り腕組みをしていました。ぐすぐすと泣き始めたケッタにマンネエは言いました。


「大丈夫さ。おまえの親父は悪賢いことで有名な村長だろう? きっと生きてるよ。あいつがここまで来たってことはおそらく『あっちにもっと食べ物がありますよ』とか何とかお前の親父が言ったに違いないさ。さすがだな」


「と、父さんの悪口言うなよ!」


「褒めたんだよ。村全体を守るためには多少の犠牲も仕方ないと咄嗟に非情な判断ができる。そのくらいの知恵と決断力がなければ村長なんて務まらないさ。我が村の優秀な村長、万歳!」


「うっ、なんか、うまいこと言い包められただけな気がするけど……。でも、どうしよう? このままだと本当にみんな食べられちゃうよ。その後は僕たちだって……」


 そう言ってケッタはブルブル震え出しましたが、ポパパはそれでもまだ何も言いませんでした。それを見たマンネエは彼がただ黙っているのではないことにようやく気が付きました。


「……ポパパどうしたの? ひょっとして何か良い考えでも?」


 彼はポパパが実はとても頭のいい少年であることを知っていたのです。


「うん、やってみたいことがあるんだ。でも、うまくいくかどうか……。もし失敗したら僕らが先に死ぬことになる」


「なっ、おまえ、何する気だよ?」


 ケッタはびくびくしながらそう聞き返しました。


「やってみようよ。このままだと、どうせみんなやられちゃう」


 マンネエがそう言って賛成すると弱虫だと思われたくないケッタも慌てて「しょ、しょうがねえ、俺も助けてやるよ」と言いました。


 ポパパは二人に「耳を貸して」と言い、ごにょごにょと作戦を伝えました。


 さて、その頃怪物は、というと、ついに一人の人間を摘み上げていました。それはなんとポパパのお母さんだったのです。猟師の仕事をしているポパパのお父さんは妻を助けるために怪物に向かっていき、鼻息で吹っ飛ばされてしまい、すでに失神させられていました。怪物は舌なめずりしながらじっと獲物を見つめました。


「うん、これならまあまあ美味そうだな。あっちの金持ちのやつらは脂が多くて食う気にならなかったが、これなら食えそうだ。いただきま……」


「待ってください!」


 呼びかけられた怪物は何事かと下を見ました。そこにいたのはあのポパパでした。


「なんだ、ちびすけ! 俺に文句があるのか?」


「いいえ、とんでもない。あなた様にお聞きしたいことがあるだけです」


 自分の母親が今にも喰われそうになっている恐怖に必死に堪えて、ポパパは平静を装いました。そして彼は母親に向かって自分に合わせるように目で合図を送りました。ポパパ同様賢かった母も一瞬でそれを察したので何も言いませんでした。


「聞きたいこと? なんだ?」


「はい。まずあなた様のお名前は?」


「グァーダラ様だ!」


「ほお、なんと勇ましいお名前。あなたのように強そうな方には初めてお会いしました」


「そうか、そうか。わかっているじゃないか」


 グァーダラは褒められてだんだん機嫌が良くなってきたようでした。それはポパパの目論見通りでした。


「あの、ところで人間を食べるおつもりですか?」


「ん、ああ、そうだ。大してうまくはねえが他に食うものもないしな」


「へえ、ということは、もうこの村に伝わる『三大珍味』はお召し上がりになったので?」


 ポパパがそう言うと打ち合わせ通りに陰からケッタが飛び出しこう叫びました。


「こ、こら! それは村の大事な秘密だろう!」


 ポパパは予定通り「しまった!」という顔の演技をしました。


「なに、三大珍味だと! なんだ、それは」


 思っていた通り怪物はその話に食いついてきました。ポパパは内心「しめた!」と思いました。


「これはうっかり口を滑らせました。それは村の最も大事な秘密なのです。どうぞ、勘弁してください」


「うるさい、知るか。それは何だと聞いてるんだ。教えないとおまえから食っちまうぞ?」


 グァーダラはだんだん苛々してきたようでした。褒めたり怒らせたりと感情を揺さ振ってやれば冷静な判断が出来なくなっていくに違いない。ここまではポパパの計算通りでした。


「そ、それだけはご勘弁を。こうなってはもう打ち明けるしかないか。グァーダラ様、実はこの村には村の者だけが食べることを許されている珍味が三つあるのです。門外不出で他の村の者にはその存在さえ教えてはいけないという掟があります。それを破ったものは村を追放されてしまうという厳しい掟さえございます」


「ほお、珍味! そいつはうまいのか!」


 グァーダラは眼をらんらんと輝かせました。


「それはもう。他の村では絶対食べられません」


「ポパパ! 大事な村の秘密をべらべらと喋りやがって、おまえ、村を裏切るのか!」


 念を押すため打ち合わせ通りのセリフをケッタは叫んだのですが、緊張のためかそれは少々わざとらしい棒読みな演技になってしまいました。嘘がばれないかとポパパは心配しましたが、珍味という言葉に魅せられた様子のグァーダラは全くそれに気付いていないようでした。


「グァーダラ様はかなりの美食家とお見受けします。あなたのためなら掟を破っても仕方ないでしょう。そんなまずそうなものは下に置いて珍味を召し上がりませんか? 良かったらご案内しますよ」


「それもそうだな。そうするか」 


 グァーダラは涎をだらだら垂らすとポパパの母親をポイッと放り出しました。ポパパはドキドキしながらちらっと母親の無事を確認し、ほっと胸を撫で下ろすと、案内しろと吠えるグァーダラの先に立って歩き始めました。


 やがて二人は村の外の岩場に到着しました。


「珍味ってのはどんな物だ? こんな岩だらけの所にあるのか? 騙すつもりじゃなかろうな?」


「とんでもない! 他の村の者にはわからないからこそ珍味なのです。さあ、これが珍味のひとつ『岩似茸』です。どうぞ、たっぷりとお食べください」


 ポパパがそう言って指差したのはどう見てもただの岩でした。


「はあ? ただの岩じゃねえか」


「いえ、これこそ岩そっくりの見た目をしている岩似茸という珍しい茸なんです。少々硬いですが茸とは思えない豊かな甘味があってとてもおいしいですよ」


「甘味だと? うーん、岩にしか見えんが」


 そう言いながらもグァーダラはそれをほいっと口に放り込みました。ガリガリという音が周りに響き渡ります。


「おっ、かなり硬いが確かに甘いな。しかしおまえら人間にこんな硬い物が食えるのか?」


「ええ。もちろん少し小さくは致しますが、この村の者なら子供でもおやつ代わりに食べますよ。今日は特別です。ここにあるものは全てグァーダラ様に差し上げます。遠慮なさらず、どんどんお食べください」


「そ、そうか、そこまで言うなら」


 グァーダラは周りにある岩似茸をバリバリ食べ始めました。もちろんそれは蜂蜜を掛けた、ただの岩だったのです。グァーダラとポパパが話している隙にマンネエが仕込んで置いた物でした。暫くするとすっかりその辺りの岩もなくなり、グァーダラはお腹をさすりました。


「思ったより腹に溜まるわい。だがまだまだ満腹にはならんぞ。さあ、後の二つの珍味はいったいなんだ?」


「ではこちらに」


 ポパパは今度は怪物を林の方に案内し、ある木の前で足を止めました。


「さあ、ご覧ください。これこそ二つ目の珍味、酔いどれの木の実です」


 ポパパの指差したあたりには木の枝にぶら下がる数十本の酒瓶がありました。それはポパパがあの地下室で見つけた酒で、グァーダラが夢中で岩を食べている間にケッタとマンネエがラベルを剥がしてぶら下げたものでした。


「酒瓶じゃねえか。なんで木にぶら下がってるんだ?」


「グァーダラ様、これは酒の瓶そっくりの実をつける酔いどれの木です。食べると酒の味がする世にも珍しい実ですので、そのままバリバリ食べてください」


「実だと? これが? このまま食えるというのか? 信じられん。そうだ、おまえ、ちょっと喰ってみせろ」


 ポパパは少しドキリとしましたが、冷静に答えを考えました。


「いえいえ、僕はまだ子供ですから酒の味がするものは食べられないのです。グァーダラ様、これはあなただけの物です。遠慮せず思う存分食べてください。それともさすがのあなたも酒は苦手なので?」


「なぬう? 馬鹿を言え! 俺に食えないものなど無いわ!」


 ポパパの挑発に乗ったグァーダラは瓶を摘み取ると、またひょいっと口に入れました。そしてそれをバリン、バリ、バリと音をさせ簡単に噛み砕いてみせました。


「……うむ、皮はちょっと硬いが中の果汁は確かにぶどう酒の味がするな。よし、気に入った!」


 瞬く間に吊るされた酒は瓶ごとグァーダラの胃袋に収められていきました。全てを食べ終わった時、怪物は真っ赤な顔でこう言いました。


「……少しだけ酔った気がするなぁ~。まあ、いいしゃー。さて最後はどんなごちちょうだぁー?」


 ろれつの回らないグァーダラをポパパは次に崖の方に連れて行きました。


「なんだあ? こんな植物も生えてない崖に何がありゅ?」


 怪訝そうなグァーダラに向かってポパパはこう説明しました。


「鳥でございますよ。崖に巣を作る『七味鳥』という珍しい鳥なのです。食べれば一羽で七つの味がするという究極の珍味です。すばしっこいので慣れている村の人間でもなかなか捕まえられないのですが、あなたのように強靭な肉体をお持ちの方ならきっと簡単に捕まえられますよ」


「ほお、七つの味きゃ。うまそうだにゃ」


 垂れる涎を気にすることもなくグァーダラはすっかりご機嫌でした。


「それでどこにいりゅんだ? そにょ鳥は」


 グァーダラがそういった瞬間どこからか「ぐわあ」と変な声がしました。


「おっ、七味鳥の鳴き声ですよ。近くにいるようですね」


「どこら、どこら?」


「あっ、グァーダラ様、上ですよ!」


 急いでグァーダラは上を見上げましたが空には何もいませんでした。それもそのはずです。その声は実は近くに隠れたマンネエが出している鳥の物真似の声だったのです。


「いねえじゃないきゃ!」


「見るのがちょっと遅いんです。おっ、今度はあっちです!」


 ポパパが指差した方に急いでグァーダラは振り返りました。何もいません。ポパパはあっち、こっちと指を差します。その度にグァーダラは馬鹿正直に指し示された方を振り向きました。それこそポパパの作戦だったのです。


 お酒を飲んだ上、頭を急に激しく動かしたため、グァーダラは次第にフラフラになりました。そして「あっ」と思った時には足を滑らせてしまったのです。お腹に重い岩とガラス瓶を溜め込んだグァーダラは咄嗟に踏ん張ることが出来ず、なすすべなく絶叫しながら崖の向こうに落ちてしまいました。


 こうして村は救われたのです。


 怪物が消えたことを知り、村人たちは歓喜の声を上げました。ポパパの両親は息子の無事を知り涙を流し喜び、今までポパパを馬鹿にしていたケッタや村人たちは彼が隠し持っていた勇気と知恵に感心し、これまでのことを謝罪しました。


 それ以来ポパパは苛められることもなくなり、その村の中だけではなく噂を聞いた世界中の人々から「勇者」と称えられるようになり幸せに暮らしましたとさ。


 めでたしめでたし。





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