第130話 ファスナーから見える世界

 たとえば、ファスナーを下げようとしたとき、なかなか下がらなくて、でも、もう早く下げなきゃいけなくて、ちょっと慌てていて、力任せに下げようとするとどんどん硬くなってしまって……


 なんて経験ないですかね?


 そこでふと一旦上にあげて見るとちょこっと動いて、それでもう一度ファスナーを下げて見るとあら不思議、いつも通りにすーっとファスナーは下がるのです


 ほっと一息


 僕はその時思いました――この成功体験は、たとえば同じようなことが起きた起きたときに、なんなく窮地を脱する知恵となるだろう


 しかし場合によってはそこにたどり着かない人もいて、この事柄についてのできる人、できない人っていう差が生まれるのだと


 財布から小銭を取り出すとき、上着を脱いで部屋に入らなければならない時、トイレで用を足すとき、抱きしめた彼女のワンピースのファスナーに手を掛けたとき……


 しかしながら、この方法は万能でないことをいつか知ることとなります


 つまり下がらなかったファスナーを上げたことによって更に硬く挟み込んでしまい、もう上にあげることができなくなるという最悪の状況を”ここぞ”というときに迎えてしまう悲劇


 あなたはやむを得ず力任せに、強引に、闇雲にファスナーを降ろさなければならない


ああ、なんて言うことでしょう! 取っ手が千切れてしまいました……もうどうすることもできません


 さて、ここにもう一つの可能性があります


 それは最初のトラブルのときにファスナーを上げるのではなく、強引に、尚且つ繊細にファスナーを下げる方法を見つけることです


 たとえば手で開けることに固執せずに道具を用いること――力を掛け難い小さな取っ手の代わりに紐を通して引っ張りやすくしたり、挟み込んだ部分の滑りが良くなるように潤滑剤になるような鉛筆の粉、油、洗剤などを使う


 或いは挟み込んだ生地を横に引っ張り出してファスナーを動くようにすること


 これはプラスアルファの発想であり、挟み込んでしまったり、かみ合わせが悪かった時の応急処置としての『少し上に動かしてみる』を見つけてしまった人にとって、尚且つその成功体験が、ずっと続いていた人にとってはなかなかにたどり着かない方法なのです


 このように、ひとつの成功体験が問題解決の可能性を委縮させてしまうようなことがあるという事例を、僕は、ダウンジャケットのファスナーが下りない事から考えてしまう人なのです


 ファスナー、それはまさしく、社会の窓なのかもしれません


 なーんちって


 ではまた次回


 虚実交えて問わず語り

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