第129話 大人になって、平気で嘘をつけるようになった
「若さって武器だよね」
僕は彼の空になったグラスにビールを注ぎながら言う
「俺も若い頃はそうとう無茶をしたものさ」
彼は恐縮しながらもニコニコと笑顔を見せ、大きな声で”あざーす!”と7対3で綺麗に注がれたビールを上手そうに飲む
「まぁ、どんどんやってくれ」
やつぎばやにビールを注いで、先ほど店員が持ってきた鶏のから揚げに添えられたレモンを手にする
「これ、かけちゃっていいかな」
”問題ないっす!”とビールの泡が口の周りについた口で言う
「まぁ、まぁ、遠慮せずに、好きなものを頼んでよ」
やや大きめの鶏のから揚げを箸で掴むのではなく突き刺しながら、彼は注文用の端末を片手でいじる
「三点盛りとかいっちゃいましょうか」
いや、どうせならこっちの五点盛にしようと、ついでに串の盛り合わせも頼んじゃおうかと勧める
テーブルには瓶ビールが二本、グラスが二つ、お通しの小鉢には筑前煮が入っている
先に注文した枝豆と鶏のから揚げのバスケット・・・彼は煙草は吸わないようだ
僕は枝豆を摘みながら、彼の素行、言動、視線、服装、持ち物などを注意深く観察する
最初の乾杯で二人とも一気に飲み干し、お互いのグラスにビールを注いだが、彼の注いだビールは泡が多く、手つきも慣れていないように見えたし、ラベルは横を向いていた
ざっくばらんな話をしながら、箸の使い方や言葉遣いについてそれとなく観察を続けて行き、友達の話や今までのアルバイトや仕事のこと、恋人や家族のことをほんの表面だけ聞き取りをする
これが僕ならとっくに警戒レベルを上げているのだろうけれど、こちらの見た目のおおらかさや物腰の柔らかさで、すっかり安心しきっているようだ
時々彼は僕のことについて質問をしてくるが、差しさわりのない事実と些細な嘘で煙に巻く
そう、こういうことが平気でできるようになった自分を大人になったと思うことがある
なぜなら、ここまでの話は、全部嘘なのだから
若さは武器ではなく、単に未熟であり、熟していないから武器に成りえないのである
僕は若い頃にやんちゃはしたが、無茶はしなかった
僕もいい歳なので、どんどんやってくてとは言ったが、そんなにたくさん飲んだり、食ったりはしたくないよの
”あざーす”は聞いていてあまり、気持ちのいいものではないし、不器用に気を使われるのも面倒だが、ないがしろにされるのは、また違う
ラベルが上か、下かとかどうでもいいが、こちらがそうしたんだから、少しは合わせたらどうだ
五点盛、マグロ、ハマチ、アジ、サーモン、イカ、どれがどれだかわかって食べているのか
筑前煮や枝豆にぜんぜん手をつけてないじゃないか
お刺身のつまや大場もお刺身と一緒に食べると美味しいのに
まぁ、こんなオッサンに付き合ってくれているのだから、細かいことは言うつもりはないが、せっかくのビールは美味しく飲みたいものだ
なんせこっちは3日で1リットル以上のビールを摂取すると痛風の発作が起きるリスクを背負っているのだから
なので、もう結構、僕は自分でビールを注ぐから
「気にしないでいいから、普段ビールはあまり飲まないのだろう?」
彼は申し訳なさそうな顔をしながら、”自分、普段はハイボールか、酎ハイなんで”と言ってカルピスサワーを注文する
締めに何かご飯ものでも食べるかと、お茶漬けや焼きおにぎりを勧めると、彼は今、糖質ダイエットをしているのでデザートにシャーベットを食べていいですかと聞く
「ああ、糖質ダイエットね、僕も実はやっていてね。早いうちから健康に気を使うのはいいことだよ」と答える
会計を済ませ、何度もご”ご馳走様でした”と頭を下げる彼のサラサラの髪の毛に、今ではすっかっり薄くなってしまった自分の頭を、今ではまるで気にしなくなってしまっていることに、歳をとったものだと思う
彼と別れ、帰路に着く
ああ、また俺は、平気で嘘をついてしまったとため息をつきながら”大人になるということは、こういうことなのだろうな”と自分に嘘をつく
そう、僕は平気で嘘をつける大人になった
なーんちゃって
ではまた次回
虚実交えて問わず語り
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