孤独のススメ

第100話 個性とは必ず孤独をともなう

 記念すべき100話です

 W杯ロシア大会もいよいよベスト8が出そろい、さぁ、ここからが本番だというところで、話題を変えましょう


 僕はこれまで、大好きなこと、バンド活動やその仲間たち、音楽~それもプログレッシブ・ロックやインディーズで活躍しているアーチスト、こうして書くこと、人生観や死生観、女性のこと、異性のこと、恋心、そしてサッカーやアニメや漫画や映画について語ってきました


 僕にはたくさんの”好き”があって、それが当たり前のように思っていました


 僕の人世の在り方と言うのは、いろんなジャンルの中の”好き”をひとつでも多く見つけることは、人生を華やかに彩り豊かにする


 その気持ちを解りあえる人が仲間に居ればなお楽しい


 ”好きの共感”=”楽しいの共有”だと、まぁ、言ってしまえば信じて疑いませんでした


 でも、違うんです

 世の中はどちらかというと”負の感情の共有”或いは共感によって成り立っているのだと、僕は思うのです


 あんなことやこんなことが好きで集まるよりも、あれやそれが嫌いで集まる方が、人は共感しやすく、そして負の共感は簡単にエネルギーに変えることができる


 好きって、実はその中身が千差万別なんですよね

 アイドルの何某が好きとか言っても、たとえばその人たちは好きな対象を奪い合ったりもしますからね

 俺の好き度とお前の好き度は違うんだ! なんて競い合っちゃったりしますが、嫌いと言う感情は、どれだけ嫌いか、どう嫌いかとか関係なしに、共感できるし、嫌いさを競争はしないわけで


 人は憎しみによって、悲しみによって、畏れによって群れ集まり、団結し、社会を形成する


 考えてみればこれって、当たり前なんですよね


 なぜか?


 それは自然の摂理だからにほかなりません


 人は害獣や災害や或いは別の集団の脅威から身を守るために団結するのです

 好きで集まるわけではありません


 ”個性とは必ず孤独をともなう”


 その孤独を押し殺してでも団結しなければ生き残れない程に、自然の中にあって人間とは身体能力的には弱い生き物なのです


 それが”知識”という能力を得て、脳が大きくなった人間と言う生物のバランスなんですよね


 さてさて、孤独と知識の話は後日に回すとして、人が負の感情を共有しやすいという話ね

 だけど自分に軸があって、恐怖や危険や飢えなどに対抗する手段を確立していれば、そういうったストレスに悩まされることなく、楽しいことで人は共感をできるはずなんです


 つまりストレスに対抗できる”生きるために十分な自分”を見出しているような軸を持っている人は負の感情での共感に対して、むしろ嫌悪感を覚えたりします

 逆に言えば、軸がない人はそれを常に外側に求めるしかない


 周りと比べて自分はどうなのか 安全なのか、苦しくないのかと外側の軸に対して、どの位置に自分がいるのかを計ろうとし、同じ境遇のところに居て安心をするか、その基準を一つでも上回ることで、更なる安心を得られるか


 ”自分を生きていないことで、生き残る”


 これもまた人の知恵なのであり、どちらがいいとか悪いとかという話ではないのです


 得手不得手、向き不向きの問題です


 そんなわけで、ここからは”孤独のススメ”という話をしたいと思います


 では、また次回

 虚実交えて問わず語り

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