第74話 フンガーといわないで フランケンシュタインの憂鬱

 メアリー・シェリーという名前を知っている人は少ないのではないでしょうか?


 よほど小説や映画、それもホラーやSFに傾倒している人でないと彼女が西洋の三大モンスターのひとつの原作者であることは知らないでしょう


『フランケンシュタイン』は1818年に発行されたゴシックホラー小説で、生命の秘密に挑んだ医学生ヴィクター・フランケンシュタインと彼が死体から作り出した人造人間の物語です


 原題は『フランケンシュタイン、あるいは現代のプロメテウス』(Frankenstein: or The Modern Prometheus)


 プロメテウスはギリシア神話に登場する男神で、人間を創造し、ゼウスの反対を押し切って天界の火を人類に与えた罪で、カウカーソス山の山頂に磔(はりつけ)にされたという逸話で知られています


 つまり”現代のプロメテウス”とは、”人を作りし人”ということになるわけです


 ”人造人間=人が造った人”の怪物こそ、俗に言うフランケンシュタインなのです


 ドラキュラがキリスト圏の神にそむく魔人であるとすれば、フランケンシュタインの怪物は、キリスト圏に限らず、自然の摂理から逸脱し、神と同じ力を持とうとして失敗した若き研究者が作り出した狂気です


 僕がヴァンパイアよりも狼男よりもフランケンシュタインの物語に惹かれるのは、まさにこの狂気であり、その狂気とはホラー的な要素よりもサイエンスフィクション的要素であり、人が抱える”普遍的な恐れ”を見事に描いているからです


 神に逆恨みをしたドラキュラ伯爵よりも、神になろうとした若き研究者の末路のほうが、僕には理解しやすいし、共感できるというのは、僕にとって宗教観よりも生命の謎や自然摂理への背徳のほうが興味や関心が高いということなのであるかもしれません


 実際に『フランケンシュタイン』はホラーとしても斬新ですが、SF小説の最初だという声も決して少なくありません


 そのフランケンシュタインの怪物が”フンガー”とは嘆かわしい

 彼は極めて知的であり、たった数か月で複数の言語を独学でマスターするほどに学習能力が高く、自らが”呪われた存在”であることを認識し、悲嘆します


 つまり”彼”は、理性と感情を持っち、人とコミュニケーションがとることができる怪物なのです


 彼はおそらく”大いなる孤独”を得たのでしょう

 ”自分はこの世界で、たった一つの存在であり、世界は、決して自分を受け入れることはない、自分の居場所はここにはない”


 これは”理不尽な絶望”と言えるでしょう


 だからこそ”彼”は生みの親であるビクター・フランケンシュタインに対して伴侶を創造することを求めます

 孤独を分かち合えるはずの創造主は、自ら作り上げた生命を遺棄し、闇に葬ろうとしている

 創造主の苦悩を論理的には理解するものの、それではあまりに自分という存在に救いがない――ならばせめて、孤独を共有できる伴侶を”作って欲しい”と願ったのです


 しかし、創造主はそれを拒みます


 ”自分が作った怪物が、人類の存在を脅かすのではないだろうか?”

 フランケンシュタイン・コンプレックスとも呼ばれるこの感情は、何もSFやホラー独特の考え方ではありません


 ギリシャ神話に見ることができる”子が親を排して王の座に就く”という事象は、母なるガイアから生まれたウーラノスが、そのガイアとウーラノスの間に生まれた子の醜さを嫌って幽閉し、それに怒ったガイアは、末子であるクロノスに命じ、ウーラノスの男性器を切り落とさせたというから、恐ろしい話です

 そしてそのクロノスも、子供であるゼウスに負われる運命に・・・


 フランケンシュタインの物語は、父と子の確執と同時に、人間が作り出した優秀なもの、便利なものに、いずれ人間の地位は脅かされるのではないかという潜在的な恐怖をえぐったことで、普遍性の高さと、テクノロジーへの警鐘を鳴らすという、まさにSF小説の元祖ともいうべき作品なのです


 さて、ここからが面白いところで、ヴァンパイアが生まれた背景と、フランケンシュタインの怪物が生まれた背景には意外な共通点が・・・


 では、また次回

 虚実交えて問わず語り

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