ガラスのジェネレーション
第29話 ジェネレーションとシチュエーション
年代によって見える景色もまた、違うということがあると思います
いわゆる”ジェネレーションギャップ”というやつですが、いつの時代も”最近の若い者は”を枕詞に、若い世代は虐げられ、”いつまでもお前たちの時代じゃない!”と年寄りはけむたがれるのです
それは正しい
仲良くするなんて気持ちが悪いし、意味がない
むしろそういう世代感を持ち合わせないでいることが不自然で特殊なのです
そしてそれも正しい
世の中には普遍を行く者と流れに乗る者がバランス悪くいることで、よきバランスを保つのです
そして往々にして男性は流れに乗り、女性は王道をいく、ただし多くの例外を含んで――ということになるでしょう
シンプルに男は環境の変化に対応し、食い扶持を確保しなければなりません
女性はそれらを効率よく管理するのですからここは普遍ということになります
しかしこのような図式そのものが時代共に、そして社会の在り方ともに変化いていくわけですが、それは置いておいて――
”若い奴がいつも正しい”という言葉と”若さは武器ではない”という言葉について、いろいろと考察してみたいと思います
とある居酒屋にて、母と娘がカウンターで楽しく飲んでおります
はい、僕もそこに交じらせていただき、まぁ、楽しく飲むのですが、必然若者は、年長者の酒の肴になるわけです
大人は経験と知識と話術で若者の意見を抑え込みます
これは一つには遊びであり、一つには防衛本能であります
”お前はもっとこういうところをこうしたほうがいい”と母が言えば
”なるほど、それはお母さんの言うとおりだ”と僕がのっかり理屈を並べます
たとえば、我が家ではこんなことがあったとか、自分はこういう経験をしたとか、あっちこっちの引き出しを引っ張り出しては、ぐうの音もでないような正論を並べて若者に迫ります
娘にはまだ、感情をコントロールしながら際出された理屈と言う名の鉾に対抗しうる盾を構えることなどできずに、ぐさぐさと心をえぐられ、理を唱えて反撃する余裕などまるで無くなってしまいます
痛みをともなって溢れた感情は青く、拙く、もろいのです
そこに助け船が現れます
”若い奴がいつも正しいんだよ”
どこからともなく現れたスーパーヒーロー
彼は娘さんにとってスーパーマンであり、母にとってはウルトラマンです
なるほど、そうなのかもしれないという空気になり、藪を突っついていた棒を”蛇が出てはかなわない”と僕らは引っ込めるのでした
そういう出し入れができるのが大人のズルさです
どこまでも自分が正しいと思っていないところに大人の賢さがあり、つまりは正しくはないのです
しかしこの助け船には簡単に乗ることができない仕掛けがあります
それは”正しい者が強いとは限らないし、強くない以上、勝てるとは限らない”ということです
”君は正しい、だが、正しいだけだ”
大人は青く、拙く、もろかったあの頃を思い出し、”正しいだけではない正しさ”を身に付け、それを鉾に日々戦っている今を笑うのです
嗚呼、娘さんから見たら、僕はきっと悪党に違いない
しかし、正義の味方が必用なのはエレベーターの最上階のボタンが押せないまでの年令だと、僕は思うのです
いやいや、そんなことを考えながら、その時飲んでいたわけではありませんが、ふとその時のことを思い出し、今回のテーマとしようというわけでございます
嗚呼、大人って、本当にやだね
若者の苦悩すらネタにしてしまうのだから……
ではまた次回
虚実交えて問わず語り
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