第28話 カチカチ山とアルテミス

 先日は熱を出したついでに、めけめけという物書きがいかにして生まれたかというお話をしましたが、本当は今日のネタを持って”想定外のテンプレート”を締めくくろうと思っていたわけです

 カチカチ山の物語は多くの人が知るところだと思います

 登場人物は4人 おじいさんとおばあさん、狸と兎です

 生き残ったのは二人というのが僕が子供の頃に読み聴きしたものがたりでしたが、現在では全員助かるというエンディングになっているようですね

 ですがここでは狸がおばあさんを騙して殺害したうえ、遺体を調理しておじいさんに食べさせ、その復讐として兎が狸の背中を焼き、火傷に塩を塗りこんだ上に、泥の船に乗せて溺れさせた上、櫓で殴り殺した物語について話したいと思います


 いやぁ、ひどい話ですね

 今のコンプライアンス的にはアウトですか?


 最初の罪は狸の窃盗で、次はおじいさんによる拉致監禁及び殺人未遂ですが……人と狸を同じ法律論の仲で語るのはややこしい話になるので、そこは置いておきましょう

 この手の検証は『昔話法廷~カチカチ山裁判』(*1)で既出です


 僕が注目したのは兎はこの事件の当事者ではないのになぜにあそこまで狸に残忍になれたのかということと、狸は兎の謀になぜことごとく騙されたのかということについてです


 僕はその解に狸は兎に惚れたに違いないと考えました

 そして兎こそがこの事件の本当の首謀者で、狸をそそのかしおじいさんの畑を荒らし……などという陰謀説を唱え『新約・カチカチ山』(*2)なる物語を書いたわけですが、それも置いておいて


 この手の検証はかの太宰治がすでにやっていることを僕はあとで知ることとなります

 太宰治のすごいところは兎を乙女、狸を独身の中年男としたところです

 太宰治著の『お伽草子』(*3)に収録されたカチカチ山のラスト、さんざん騙され続けた中年男が乙女に櫓で殴り殺される際に言った一言”惚れたが悪いか”は、本当に心に刺さります

 そして湖面に沈んでいく中年男を尻目に乙女は汗の拭いながら”ああ、ひどい汗”と吐き捨てます


 と、そういった話を男性にすると”まぁ、惚れたが悪いな”とは言うものの、”そこまでやられる意味がわからん”となる

 逆に女性に話をすると”惚れよがなんだろうが悪は悪よ”といい、”まだ、足りないくらいだわ”となるわけです


 嗚呼、なるほどそういうことかと思うわけです

 つまり書き手も男女があれば読み手も男女があるのだと


 乙女の残虐性は古くギリシャ神話でも語られています

 アルテミスは狩猟・貞潔の女神で彼女の恋愛譚はどれも血なまぐさいもので、純潔を誓ったカリストーがゼウスと関係を持ったことに腹を立てて彼女を雌熊に変身させて殺すとか、アルテミスが水浴びしているところを偶然見た猟師のアクタイオーンの姿を鹿に変身させて、彼が飼っていた猟犬に食い殺させたり……、冬の星座オリオンを矢で射って殺したのも彼女の仕業です


 ”裸を見ただけで死罪”という理など男に理解できるはずもありません


”そんな理屈は通らない”なんて言葉はご法度、太宰治のカチカチ山でも狸は”筋が立たぬ。それは無理だというものだ”と泥の船が沈むときに命乞いをするのですが、これまさに火に油、余計なことを言わなければ、溺れ死ぬだけで済んだものを、痛い目にあわされた上、その間際で”お前はおれを殺す気だな。それでわかった”と残念なセリフを吐いて水底に沈んでいくハメになるのです


 この世から恋愛小説やラブソングがなくならないのは、つまるところ恋愛は永遠のロマンなどではなく、男と女は違う生き物だという”警鐘”なのではないでしょか?


 ではまた次回

 虚実交えて問わず語り


注釈(*1)NHK制作番組

兎を被告として裁判員裁判を行う

https://www.nhk.or.jp/sougou/houtei/shiryou/2015_002_01_shiryou.html


注釈(*2)めけめけ著

めけめけがアメブロで書き始めたカチカチ山陰謀説

https://ncode.syosetu.com/n0458o/


注釈(*3)太宰治著『お伽草子』

カチカチ山のほかに、浦島太郎、舌切り雀、こぶとりじいさんが太宰治の解釈で書かれている

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