第23話 渋谷とデートとボンクラと

 ”めけめけさんは痒いところに手が届くというか、気が利くわよね”

 そういうありがたいお言葉を女性から頂くことがあります

 ”だいたい、ボンクラが多いのよ”

 と、彼女はこれまでの”気が利かないボンクラな男性”のエピソードを披露してくれました


 でも僕はそれほど気が利く男ではないのです

 なぜならば……


 その日、渋谷で催されてた美術展に行く約束をしていた僕は、待ち合わせの時間よりも少し早めに到着するように電車に乗りました

 途中で彼女から少し遅れるという連絡がきたときに、彼女が何線で来るのかを確認して、どの出口からでれば目的地にまっすぐたどり着けるかを案内しました


 渋谷駅は工事が進み、数日で導線が変わることもあります

 学生の頃に遊んでいたシブヤの姿はそこにはなく、わかっているつもりで歩くと、えらい遠回りをさせられます


 今どきの人であれば、そんなこともないのでしょうが、いい年齢になっているとそういう”補正”がなかなか効かずに、下手すれば迷子になってしまう


 僕は単純に自分が不安に思うことを彼女もそう思うに違いないと思って、出口とだいたいの方向――半蔵門線の渋谷に向かう先頭車両のあたりの階段を上って云々と、目標物的なものを案内したんです


 実はカミさんは神レベルで方向音痴なので、そのあたりは心得ているとも言えますが、往々にして女性は地図に弱いようでございます


 だいたいカミさんの道の覚え方と言うのは、”来たときにはここに赤いスクーターが止まっていたはずなのに、帰りは白いクルマが止まっていた”などと言い出すのです


 そもそも道しるべが要所要所で間違っているし、そうえいばカミさんが書いた世界地図はオーストラリア大陸が沈没していたり、北米と南米が一つになっていたりと、パラレルワールドになっていたっけか……さておき


 僕は待ち合わせ場所の少し手前で彼女を向かい入れるつもりが、うっかりすれ違ってしまい、逆に追いかける格好になってしまったのですが……彼女のその姿に面喰ってしまいました


 彼女は長かった髪をバッサリ切っていたのでした


 挨拶もそこそこに、これまで彼女がどんな気が利かない男に出会ったかというエピソードを聞き流しながら、彼女が髪型を変えたことについて、どのタイミングで言うべきかで頭がいっぱいに……


 つまり僕はその程度なんです

 本当に気が利く人であれば、そういうことをささっと言えちゃうんでしょうけどね


 僕の若い頃と言うのは、彼女が語った他の誰かのエピソード以上にボンクラ”でした


 女心をわかったつもりではしゃいで馬鹿やって、傷ついて傷つけて、もううんざりだと閉じこもって、引きこもって、それでも一度女性のやさしさや、柔らかさや、香しさやそういう男性にはないものを知ってしまうと


 それなしではどうにもいられなかったりするわけです


 僕も含め男性は、たとえばデートスポットをあれこれ選定して、ベストなデートコースをこしらえたことで、気は効かせたつもりになったりするのですが、女性からすると”そういうことじゃなくて”となるわけです


 ”じゃあ、どういうことよ”と売り言葉に買い言葉になるのは愚の骨頂


 僕はようやく切り出すのです

 ”髪型変わって、びっくりして、思わずだまっちゃったよ”

 彼女としてはその髪型に絶対の自信があったわけではないのでしょう

 思いっきりのイメチェンを僕がどういう印象を受けたのか、恐らくは最初の僕の表情から推察しつつも、自分から聞くのも野暮という物、会話をつなぐ意味でボンクラ話”をしてくれたのでしょう


 それが女性なりの気の使い方なのかどうかはわかりませんが――

 ”そういうことはもっと早く言うものよ”と遅いながらも”正解”を答えた僕を笑顔で許してくれました


 どんなにデートコースに趣向をこらしても、どんなにレディファーストな態度をとったとしても、それは勝手なこちらの思いであり、男の打算


 こういう場合、どう似合っているかとか、前と比べてどっちがいいとか好きとか熟考して答えるよりも、まず変化に気付き、変化を讃えること、そして何よりそれを一番最初に言う事が大事なんですね


 ”バッサリ切っちゃった……似合うかしら?”と聞かれてから答えるようでは恰好がつきませんね

 どうやら今回は彼女の寛容さに助けられたようです


 ガチな勝負で、僕はどれだけ連敗続きなのか

 


 ではまた次回

 虚実交えて問わず語り

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