第10話 合格発表と梅干酎ハイ
高校生のときのたまり場は、放送室と雀荘と放課後の職員室だった
今日、都立高校の合格発表
めでたく我が愚息は第一希望に合格して
はらはらどきどき
この成績で行ける高校はないとまで言われ、本人も流石にまずいと遅い時間まで塾に通ってなんとか成績を上げた
家ではほとんど勉強しているところを見ていない
教科書とノートを広げてはいるけれど、あれは作業であって勉強ではなかった
内申を上げるために最低限の提出物をカミさんにどやされながらやっているところを見るたびに、これはダメかなと思いながらも
一応勉強のやり方と心構えみたいなことは教えはしたものの、果たして役に立ったかどうかはわからない
まぁ、いい
受かったのだから、彼はこれから新しい場所に行く権利を得た
そこを自分にとってどういう場所にするのかは彼しだいで、僕がとやかく言うことではない
僕の高校生活は決して明るいものとはいえなかった
青春の暗部をあれこれと経験した
よき仲間に出会えた
人に傷つけられたり、傷つけもしたし
裏切ったり、裏切られたり
どろどろした思い出のほうが多い
しかしまぁ、学校という場所にはある程度理屈や論理が通用するやるが成績というふるいで集まっているわけで、よほどのバカをやるか、バカに巻き込まれない限りにおいては、それなりに楽しい高校生活を送れるだろう
でもその時期に”自分の居場所”を作ることができないと、後々苦労する
中学までは地域という中での共同体だから、黙っていても相手が誘ってくれたりするものだが、高校ではそういうことが極端に稀薄になり、そして偏る
人間関係でのたちまわりに個人差が思いっきりでる
アルバイトをしながら、大人と付き合って世間を垣間見ている人間と家と学校を行き来するだけの生活をしている人間では、やはり視野が違う
視野が違えば見える景色が変わり、見える景色が変われば、可能性が広がり、自分が今いる場所が、大きな地図の中のどこにいるのかがわかる
太陽系の地球の五大陸からすれば小さな小さな島の首都の千葉との境
それは白地図であって、自分が塗りつぶすことができるのは、ほんの一部でしかないことに気付いて欲しい
中学までは歩いて通えたが、高校は電車で通学だ
朝の通勤ラッシュの景色
イヤーフォンをしてスマフォをずっと眺めていても景色は変わらない
だけど、新聞を眺めながら難しい顔をしているサラリーマンや
朝からパーティー騒ぎの女子高生
書類を片手にメールをチェックしているビジネスマン
今まで目にすることがなかった光景を注意深く観察することで洞察力が身につく
そこに必要なもの
それは”好奇心”である
勉強の動機としてもっとも必要なことは好奇心なのだが、社会の仕組みを理解すれば、勉強もより多くの選択肢を得るための手段であると気付く
現実と理想の折り合いを学ぶには
見て
聞いて
嗅いで
触れて
味わって
自分なりに一度結論を出して行動して、失敗して、修正して、破棄して、作り直して、そうやって学びから自分のスタイルを構築していくものである
そういう時間と場所を息子は手に入れることができたのだから、まずはめでたいとしておこう
そして彼により良い出会いがあることを願い
振り返って”何もいいことはなかった”とならないような高校生活を送ってもらいたいものだ
僕は高校時代の”忘れ物”を今、回収している
あの時、あの場所でできなかったことを、遣り残したことを、周回遅れの青春とでも言うのだろうか
そしてそれは、今でも甘酸っぱく、ほろ苦く、せつなくて、照れくさく、青臭いのだ
梅干酎ハイのように、さわやかですっぱい
甘めに漬かった塩からを肴に、息子の前途を祝おう
ではまた次回
虚実交えて問わず語り
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