第6話 会えない時間の過ごし方

 たとえば家族や職場の同僚などとは、毎日顔を合わせるし、逢いたいと思うことは少ないだろう。でもいつも見ている顔がそこにないというのは実に寂しいものです。


 僕は家族を失った経験は一度しかありません

 母が重い病にかかっていることがわかってからの”合えない時間の過ごし方”についての考え方は、少し変わったように思える。


 ガキの頃、女の子を意識するようになって、好きな女子の登校時間に合わせて家を出て偶然を装い、学校に通っていました。


 はい、今で言うところのストーカーです。


 でもガキと言うのは”好き”という感情にどう向き合い、そしてどう相手に伝えるかということについて実に拙い。まぁ、故にガキということになるのだけれど、大概意中の女の子にちょっかいを出して怒らせたり、泣かせてしまったり、しまいに嫌われてしまう。


 ”何事も最初はある”


 今でこそ、それは甘酸っぱい思い出ということになるのですが、いったん離れて同窓会で久しぶりにあったときに、『ごめんね、わたしがいけなかったの』なんて言われて、せっかくわかり始めた女心がまたわからなくなる。


 僕は彼女への思いをどこかで残しつつ、新しい環境で新しい恋に目覚め、交換日記なんか始めちゃっているわけで……


 嗚呼、なぜに男子の恋バナはノスタルジックに青臭いのか


 それはきっと、”逢えない時間の過ごし方”が拙いからなのだろうと、おいしい餃子をつつきながら、僕は思うのでした。


 これも僕の言葉でないのが残念なのですが、人と会話をしていると、ごめんなさい、僕は上の空で考え事をしてしまい、相手の話を聞いていないことがあります。

 そういうときは、心に響いたり、引っかかったことばについてあれこれ考えているときです。


 ”気後れする”という言葉があります


 たとえば、デートに誘った相手が思いっきり髪形を変えてきたとする。


「いいね、すごく似合うよ、その髪型!」

 と3メートル先から手を振りながら笑顔で言える自分であればいいのですが、僕にはそういうあざといことがどうにも苦手です。

 しかもその髪型が本当に僕の好みで、まさかあの長い髪を切ってくるとか思っていなかったし、いや、ちょっと待てよ

 あれ?

 なんか似てないか?

 なんかっていうか、誰かだろう

 ああ、わかっちゃった、思い出しちゃった

 すっかり忘れていた、あの女(ひと)のことを……


 こともあろうに昔付き合っていた彼女のことを思い出し


 嗚呼、そうなんだ

 似ていたんだ

 気づかなかった


 と、いくつになっても駄目なわたしです


 僕にとっては女性はいつまでったっても気後れしてしまう対象であり、僕はいつまでも拙く、見る目がない……うん? 少し違うな

 視覚情報を処理する能力が劣っている……ってところかしら


「すごく、似合っていると思う、その髪型、結構好みかも」

 どんなに時間が掛かっても、どうにか”そういうこと”は言えるようになりました

「”そういうこと”はもっと早く言うものよ」

 彼女に怒られながら、僕はこれでいいのだと思ってしまうのです


 心からそれが言える瞬間まで、僕は言葉を探し続ける


 逢えない時間を僕なりに過ごしてきて、僕は今、餃子をつつきながら梅干酎ハイの中を御代わりします。

「氷なしで、中をここまで」とグラスの飲み口あたりを指差します。古株の店員さんならそこまで言わずともわかるのですが、そんな乱暴な飲み方をするのは僕くらいのものです

 大概、気を利かせて氷を入れて頂けるのですが、今日はもう、がっつり酔いたいのです


 昔話は照れくさく、視線を外しながら、何かを思い出すように天井を見上げ、うつむいてあごに手をあて、”考える人”のような姿勢で一人語り

 ちょっと語りすぎたかと思うところで助け舟


 仲間がひとり、合流します


 少しだけ残念のような、ほっとしたような微妙な揺らぎのなかで、とっちらかった記憶の欠片が井戸の中に沈んでいくような落ち着きを取り戻すのでした


 また、逢えない時間が始まる


 たぶんちゃんと会計をして、彼女を家の近くまで見送り、家路に着いたのでしょう

 あまりに古いことを思い出していると、今さっき起きたことの記憶が曖昧になることがあります


 また、やってしまったか


 ではまた次回

 虚実交えて問わず語り

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