第2話 もんじゃと彼女とモヤモヤと

 ご飯でも食べに行きませんか?


 と女性に誘われて断る理由もなく、というか何故断る、だが断る


 毎回それに応えられないのは自明の理。だからこそ、時間が合う時にはとことんつきあうというのが、僕らの流儀。


 ”僕ら”とは、平均年齢40代(僕が上げているのも自明の理)の飲み仲間で結成したバンドのメンバーのことだ。もちろん、演者だけではなく客も飲み仲間。


 かつてライブハウスのドリンクオーダー記録を更新した馬鹿騒ぎ集団は、いったん社会に出るとそれぞれの分野でのスペシャリストであり、前回お話したように”いろんな景色”を見てきたし、現在進行形でその景色もどんどん変わっていく、つまりは飲んで飽きない連中なのであります。


 過日もハイボール50円、テキーラ280円という激安の店で大暴れ。リーズナブルな店は若者でいっぱいだったが、おそらくどのテーブルよりも騒いでいたし、隣の男女4人組と仲良くなってテキーラ祭り。


 そのあとの地獄のような光景はまぁ、いずれまたお話しするとして、僕はといえば、実は大勢での馬鹿騒ぎは得意ではない。


 得意でないからと言って好きじゃないということではなく、団体競技は苦手だが一対一の勝負は得意というのか、相手が話そうと思っていたことの更に奥まで突っ込んで、深海400メートルあたりまで潜ることを得意とするわけです。


 心の闇、奥底がなんとなく垣間見えるところ、そしてやばいと思ったら引き返せるところが、その距離。


”人は距離の生き物”


 確か彼女はそんなことを言っていた。知人、知り合い、ビジネスパートナー、友達、仲間、恋人、夫婦、愛人、セフレ……それぞれに何か基準となる人との距離感、その加減がわかる者同士は自ずと引き合うし、引き時を見誤らない。


 そういうことを総じて”大人の関係”と言ったりもするのだけれど、さて、では大人とは何ぞやと言う話になるわけです。


 どんなに言葉や気持を尽くしても、相手が子供だとまるで話にならない。


 それは愚痴でもあり、現実でもあり、歯がゆさに苛立つ団地妻の吐露。


 僕とは違って同じ医療系でも命に係わる現場で働く彼女が見ている風景は、どこかで割り切らなければやっていけないだろうし、専門職というのは、多かれ少なかれそういう場面に必ず出くわすのだと思います。


 遅れてきた団地妻は、それまで三人で飲んでいた場の雰囲気を一気にかっさらい、僕は彼女の話を聞きながら、何もなくなった鉄板の上を眺めて”今日も帰り損ねた”とスマフォの時計を見て呟く、隣の彼女募集中色男になんら同情もしないのであります。


 ”嗚呼、楽しい”


 おそらくそれは、目の前に座る彼女も同じように思っていたことでしょう。それまで語り役だった彼女が聞き役に、そして僕は『めけさんはリア充だから』と言われたことをいつまでも根に持って、モヤモヤしたまま”大人とは何か”について思いを巡らすのです。


 僕には用意されていた答えがあり、それは――


 ”相手の立場に立って物事を考えられること”


 なのですが、その日、それを口にすることはありませんでした。代わりに僕が言ったのは、その人の周りい『大人』が居たかどうか、恐らくそれは幼少の頃に決まるという趣旨のこと。


 人は真似をして育ちます。もっとも身近な大人は両親であるでしょうし、兄や姉、ババやジジになります。保育園や幼稚園の先生は大人かと言えば、それはやはり先生は先生であって大人ではありません。


 先生が子供に”大人”であることを見せてよかったのは、職員室でタバコが吸えた時代の話ではないかと、僕は思うのですが、まぁ、それは置いておいて、本音と建前の使い分けや、妻が夫を、夫が妻を思いやったり、慮ったり、立てたり、落としたり、時になじり、それを受け止めたり、聞き流したり……。


 ただ自分の欲を通すだけの――孫を猫かわがりする祖父母や正月にお年玉をくれるだけの親戚や受験に集中するために部屋にこもりっぱなしの兄というのは、子供にとっては大人ではないのです。


 ババは嫁と孫に厳しく、ジジと息子には甘いとか、兄は人数が足りないからと無理やり弟をサッカーに連れて行ったり、学校の先生はプリントをホチキスで閉じることを手伝ってくれた生徒にお菓子をくれたり……。


 大人の営みを子供の前から排除してしまっては、よき手本も悪い見本もないまま、誰が失敗するのを横目に見ながら、失敗しないにはどうするかしか、考えなくなるか、或いは他者に対する関心をまったく持てなくなるか……それでは大人は育たないという”モヤモヤ”


 いや、違うのです。

 僕の”モヤモヤ”の原因は、先ほど平らげた二枚目のお好み焼きが少し焼きすぎだったということ。そしてもんじゃの食べ方について、僕はレア派で、彼女はミディアム派であることに、ずっと”モヤモヤ”したものを感じていたのです。


 閉店を過ぎ”もう帰って下さいお願いします”と言われるまで居ついてしまうのが僕らの悪い癖。


 家に持って帰った”モヤモヤ”は、やがて”モンモン”にかわり、僕を眠らせないのでありました。


”そんなにいいものじゃないってばさ”

 嗚呼、他に言いようは、なかったのだろうか……


 ではまた次回

 虚実交えて問わず語り

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