暗い過去と明るい未来の狭間

めけめけ

鉄板の向こう側に見える景色

第1話 見える景色

 人生の絶頂といえるような劇的で感動的で身も心も充実して他人から「爆発しろ!」と言われるような時間を、瞬間を、少しでも過ごしたことがある人は、はたして幸せだろうか?


 そして、そういうことはない人は、ない人生を送ってきた人は不幸せだろうか、或いは不幸だろうか?


 と、まぁ、そんな大上段から投げっぱなしの話をしても鼻で笑われるか、なんでも共感しちゃう淋しがり屋に膝を貸すことになるのが関の山


「めけさんはリア充だからいいよね」

 などと楽しい飲みの席で言われて、僕としてはとても肩身の狭い思いをするのです。

「そんなにいいものじゃないってばさ」

 言い訳にしか聞こえない、言い訳にもなっていないことを3杯目か4杯目の紀州梅干しサワーを飲みながら言うのです。そして言えないのです。


 ”誰も、本当のことは”


 お好み焼きの鉄板を挟んで目の前にいる女子には、ちょこちょこ『誰にも言えないあれこれ』を話している手前、そして隣に座っている彼女募集中の色男にはつい先日、僕が”とある女性”と明け方の焼肉屋で楽しげに話をしているのを目撃されているというアドバンテージもあり、遅れてきた団地妻に「めけちゃんはリア充だから」と責め立てられたところで、反撃する術を持たないわけです。


”そんなにいいものではない”という言葉の中に、小説にすれば中編くらいになる恋愛ものが書けるほどの重みがあるとしても、鉄板の上でもがき苦しむイカゲソを見て

「これ、生きてる!」

とはしゃぐ色男の恋愛遍歴に比べれば、三行程度でしかないことは、まったくもって納得できないのですが、ここに集まった四人の抱えている闇は、どれだけ酒を飲んでも酔えないくらいに深いのです。


 今、こうして僕が見ている景色は、はたしてどのようにすれば、こうなるのか。もしこのエッセイを娘に見られでもしたら

”どうしてそうなった”

 と一瞥を食らうところでありましょうが、つまりは、そんなことをこれから書き連ねて行こうと思うわけです。


「どのようにして生きてきたのか、それによって人それぞれ見える景色がちがっている。挫折を味わった奴は強いと言うが、あれは嘘だよ。挫折をしないで前に進んでいる奴の方が強いに決まっているじゃんか」

 今から30年前、大学で知り合った二つ年上の同級生は、その頃の僕の人世の師であり、よく横浜の街をくっついて歩いていました。


 年上の話は面白い。転ばぬ先の杖ではないが、知っておいて、聞いておいて損ということはない。もちろん年上なら誰でもいいというわけではない。どれだけ齢を重ねようが、つまらない奴はつまらない。


 じゃあ何がそれを分けるのか?


 それはたぶん、問い続けているかどうかだと思う。


”こんなもんだ”とか”これが現実だ”とか”夢は諦めたら終わりだ”とか”腹八分目がちょうどいい”とか


 居心地のいい場所に腰を落ち着かせたら、つまらなくなる。


 つまりそこから見える景色はずっと変わらないってことになる。自分と違う景色を見てきた人の話は楽しいが、その風景がずっと同じなら、二度も三度もその景色の話を聞いても面白みはないし、数を重ねれば軽くなる。


”定住は罪である”


 誰の言葉だったか定かでないが、腰を落ち着かせるのは、次の山や谷に向かうための準備であって、そこに留まろうとすれば、何もかもが淀んでしまう。


 自分の居場所はここでいいのかと、常に問い続けることで、どれだけ定住している時間が長かろうが、心はいろんな景色を眺めている。


 隣の芝は青い


 始まりは錯覚でも、他者への関心は問いかけの重要なヒントである。


 僕の目の前にいる女性を、たとえばこれまで出会ったいろんな人とどう違うのかと興味を持ち、心を惹かれ、そして行動に出れば、自ずと景色は変わってくる。


 そこに大人の分別が加われば、傷つくことも傷つけることもないだろう。


 19歳の僕にはそれができなかったから自分自身も傷つけ、相手も傷つけ、人知れず他人も傷つけてしまう。

 その時僕が見ていた景色には色がなかった。灰色の街の風景をさまようみたいな、80年代ポップスに出てくるような歌詞のフレーズよろしく、僕は心をずっと閉ざしてきたのだが、それでも僕は問い続けていたから、今があるのだと思っている。


 見える景色は、自分を変えなければ変わらない。そして他者に関心を持たなければ、世の中の景色が変わってしまったことさえも気づかないでいられる。


 そこは決して安全地帯じゃない


 どこかの世界が広がれば、どこかの世界は狭まり、そして消えていく。


 だから人は恋をするべきなのである


 さぁ、問わず語りをはじめようか

 

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