左足をふるまう話
@Koke1024
第1話
「確認します。あなたは...」
〝偉大なる指導者様〟が、見下ろし、問う。
「敬愛する我々に、貴重な肉料理を振る舞うために、自らの体を料理したのですね」
「はい」
答えに迷いはなかった。それが嘘だと私は知っている。しかし、どちらにしたって信じるものはいないだろう。
少し前。
この部屋の他の労働者達は、長い昼休みには大部屋でギャンブルに興じる。私はもうすっからかんになっており、次の配給日までは寝る以外にすることがなかったのだ。そのため、左足を引きずって禁止区域の方面から帰ってきたKを見たのは私だけだった。
「お前だけか、よかった」
お互いに料理が趣味という共通点があったこともあり親しくはしていたものの、その言葉の意味はわからなかった。作業着は赤黒く変色しており、その足がひどい怪我をしているのは明白だった。私の医務室に向かえというありきたりな忠言や、禁止区域から来たことへの疑問をわざと無視し、彼は私に頼み事をした。
「1時間後に指導者達を食堂に集めてほしい」
集まった指導者達は、豪勢な料理に驚いたようだった。メインディッシュのハンバーグなど、ここでは滅多に食べられるものではない。彼らは、いついつの肉に比べてどうだの、味付けがどうだのと薀蓄を披露していたが、そのほころんだ表情が評価を物語っていた。いち労働者が肉を手に入れた経路についても疑問はあったのだろうが、あえて呼ばれなかった他の指導者の誰かが手引したのだと納得したようだ。
彼らの歓談は締めの簡素なデザートが配膳されたあともしばらく続いていた。具体的には、厨房から片足を失ったKが姿を現すまで。
強引に止血はしているものの、スッパリと膝の上で切断された足は急を要した。Kは医務室に運ばれ、治療を受けたが、意識ははっきりとしていたため、私とともに指導者に話を訊かれることとなった。
Kの話は荒唐無稽であった。曰く、指導者方に貴重な肉料理を味わってもらうために、自身の足を食材にした。曰く、新鮮さを最優先するため、自身の治療は遅らせた。ひとつひとつの回答の合間に、「偉大なる指導者様方のために」の定型句が挟まる。まるで、嘘をごまかせる魔法の呪文ででもあるかのように。
それでも、その魔法は私には効かない。Kが禁止区域から帰ってきたことを知っているし、Kは〝最初から血まみれだった足〟のことを隠している。禁止区域で何かがあったのだ。禁止区域はこの地下の逃亡経路に繋がる唯一の手段という噂もあり、話題にすることすら禁止されている。Kは禁忌を犯し、尊敬を盾にした無理筋な言い訳で言い逃れようとしている。99.9%、不可能だ。
そして、Kをかばえば、同様に99.9%、私も反抗者として処罰を受けることになる。禁止区域に関わる罪は、口に出来ぬほど重い。
「K、お前の足は、元から……」
私は、Kを諦めることにした。
あの日以来、私の労働は苛烈になった。単にKの分の労働が丸ごと私に課せられただけでなく、私にだけ連絡が漏れたり、集合時間をずらして教えられたりし、そのたびに罰を受けた。結局、指導者は私も疑っているのだ。命の危険すら感じる。
死ぬくらいなら、命をかけても逃げなくてはいけない。珍しく得られた長い休憩時間に、私は他の労働者が部屋を出たあと、ひっそりと禁止区域に向かった。
結論から言うと、私はそこで見てはいけないものを見、命からがら逃げ帰ることになったのだ。
凄惨な状態だった。ただ転んだ、ケガをした、なんて言い訳は不可能だ。足先から膝に至るまで、いくつもの穴があき、そこから掘り返したような、まるで肌を耕したような有様だった。まるで、”ありえない傷をつけるために、ありえない傷をつけた”とでもいうように。
場違いにも、(まるでハンバーグの材料の挽き肉みたいだ)と思ってしまった。
あ、そうか。
やはり、私とKは気がよく合うのだった。
左足をふるまう話 @Koke1024
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