第2話

朝の教室はざわざわとしていて、なかなか読書に集中できない

だが今日のざわざわは、いつもより数倍大きくて私たち・・・に視線が集まっているように思える。

気のせいだろう。いや、気のせいではないのだが。


「なあなあ、彼方。何読んでるんだ?」

「偉人伝。今日はポール・エルデシュ」

「誰だそれ」

「数学者」


秋は、私の前の席に座っている。

こちらを向いて椅子の背もたれに手を乗せて、楽しそうに読書をする私を見ている。


信州家の秋ちゃんは、ずっとこの調子でニコニコとしているが何が面白いのだろうか?


そんな風に読書しながらのんびりと朝の時間を過ごしていると一人の女生徒がこちらへ歩いてくるのが見えた。

このクラスの委員長で、眼鏡でお下げで気の強そうな人だ。


「諏訪さん。私の勘違いなら良いのだけど、困っていない?」

明らかに性格が秋とは正反対の人間だ。

私は本から目を離し、委員長の目をしっかりと見て答える。


「困ってないよ」


私を困らせている人と考えられている秋は、小首を傾げながら視線を私と委員長に行ったり来たりさせている。


「ならいいわ」


そう言って席へ帰っていく委員長。


「なんだったんだ?」

「さあ」

私は、興味なさげにそう言って、手元の本に視線を戻した。


昼休み。

うちの中学は多少有名な私立進学校であり、お昼は弁当だ。

購買もあり、パンは絶品だと評判である。


「教室で良かったのか?」

妙なところで、遠慮をする秋は私たちが教室で机を合わせて昼食を取るのを拒んだ。がそわそわしていたことからやってみたい、という考えがダダ漏れだった。


別に明日からは中庭でも空き教室でも、どこにでも行けばいいだろう。


「彼方の弁当美味しそうだな」

「そっちの弁当もね」


お世辞抜きで、秋の弁当は美味しそうだ。

玉子焼きやタコさんウインナー、ミニハンバーグ。

どれも弁当を飾る一軍たちだ。


「そうか?これ、自分で作ってるんだ」

「まじ?」

「うん、うち親が共働きだから弁当を作るのは私がやってる」

「すごいね……」


料理のりの字もできない女である私は、秋に畏敬の念を抱く。

私が作る玉子焼きは形が崩れるし、砂糖と塩間違えてお菓子みたいに甘くなるしで大変だ。


「彼方も一口いるか?美味しいぞ」

自分の箸で、玉子焼きを一切れ掴みこちらへ持ってくる秋。

これは直接行けということなのだろうか。


特に考えることなく、箸に挟まれた玉子焼きを親指と人差し指で掴んだ。

そんな残念そうな顔をするな。


玉子を食べると、少し塩気のある好みの味が口に広がった。


「美味しい」

「だろ!美味しいって評判なんだ!」


嬉しそうに笑う秋に、こちらもつられて笑顔になる。

そんな私を秋は目を丸くして見ていた。


「昨日から思ってたけど、彼方って笑うと本当に可愛いよな」

「なんだ突然」


突然、そんなことを言われるもんだから思わず素の口調で返してしまった。

慌てて辺りを見回すが騒がしい教室の面々には聞かれていないらしい。


「いつもはあんまり感情を表に出すタイプじゃないだろ。でもいざ笑ったりするとめちゃくちゃ可愛い。もちろん、彼方はいつも可愛いけどな」


無性に塩辛いものが食べたくなってきた。甘い言葉を吐き出す秋。

あまりの甘さにこちらがむせてしまいそうだ。


「顔赤いけど大丈夫か?」

「大丈夫だ」

「保健室とか……」

「燃やすぞ」

「なんで!?」


妙なところで天然ジゴロを発揮するこの女は早く刺されてしまえばいい。


こっそり、秋の弁当箱から玉子焼きを取る。

人の心を弄ぶ天然ジゴロには罰を与えなければならない。


あー、と指を指す秋の顔を見ながら、美味しい玉子焼きを咀嚼した。

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