薮医者

イ「やっぱり北部でゆっくりすると落ち着くなあ

  小さい頃から囲まれて来た森と、似てるからかなあ」

イ「まあ、あそこにはビルや工場なんてないけどね

  それにしてもでっかい建物ばっかだなあ……」

(音・爆発)

イ「うわあっ! なに、って うわぁぁぁぁ!」

(音・転落)

イ「いててて、突然大きな音がしたから

  びっくりして崖から転げ落ちちゃったじゃん」

イ「ん〜、頭は打ってないみたいだし、大丈夫っぽいね

  脚はちょっとぶつけたみたいだけど、なんとか歩けそうだし」

イ「んじゃ、この崖を登って帰ろうかな

  よいしょっと」

(音・痛み)

イ「いたっ」

イ「う〜ん、捻ったのかな 左腕にうまく力が入んないや……

  このくらいの崖なら、右手一本でも登れるけどさ」

イ「あ〜あ、せっかくの休みなのにとんだ災難だよ

  仕事に支障が出なきゃいいけど」


イ「んしょ、んしょ やっと終わりだ」

ケ「よう、野生児 猿も木から落ちるもんなのね」

イ「うわっ、なんでいるんですか

  って、おおっ!?」

ケ「ったく危なっかしいわね、ほんと

  頭を二回打つと死ぬって知らないの?」

イ「一回めはともかく……

  今のはケティさんが驚かせたんじゃないですか!」

ケ「私服で森の中を散歩してる奴のがよっぽど驚くわ

  ほら、手え貸してあげるから早く上がりなさい」

イ「最初から見てたなら早く手伝ってくださいよ

  いてて……」

ケ「……あんた、腕痛めたの?」

イ「ちょっと捻ったみたいなんですけど

  なんでわかったんですか」

ケ「そりゃ尋問官だもの、人体には詳しいわよ

  ったく、休日に怪我するバカがどこにいる」

イ「謎の爆発にびっくりしたせいなんですけどね……」

ケ「勤務外の怪我は警備隊の保険が適用されないのよ

  となると、あいつに頼むしかないか……」

イ「?」


ケ「おい、邪魔するぞ ほら、あんたも入りなさい」

イ「お、お邪魔しまーす」

コ「ぉぉぉおい!」

イ「ひいいっ」

ケ「なによ、うっさいわね わざわざこんな辺境まで来てやったのに」

コ「お前、まさか素手でドアノブを触りやがったのか!?

  神聖な場所である研究所の扉を!?」

ケ「あ? ドアノブなんて握られるためにあるもんだろうが」

コ「お前みたいな馬鹿にはわからないのも無理はないがな」

  俺みたいな優秀な研究者は

  たった1ミリ以下の汚れすら見つけてしまうのだよ」

ケ「あーそうだな、引きこもりの暇人だもんな

  見えもしない幻覚に苛々してるんだろうな」

コ「愚者は愚者らしく、大人しく我々にしたがっていればいいものを

  だから馬鹿は嫌いなんだ」


イ「ちょちょ、ストーップ!

  喧嘩してないで説明してくださいよ、ここはどこですか!」

ケ「国の抱える生体研究所よ んでこいつは、その研究員」

コ「おー、俺の名前はコヘル・アルバーグ

  人類の最先端に立ち、その歴史を紐解く者だ」

イ「おおー」

コ「それで、なんだそっちのちびっ子は、お前の妹か?」

ケ「警備隊の後輩だよ さっきドジって崖から落ちたんだと

  左腕を少し痛めてるらしいからさっさと治しやがれ」

コ「俺は医者なんて俗物ではなく、崇高なる研究者だ!

  いつも言っているだろうが!」

ケ「人の裸を舐め回すように見といて 今更なにかっこつけてんだよ

  医者じゃなかったらただの変態じゃねえか」

コ「な……違う違うぞ! お前は俺の研究材料なんだ

  モルモットをどう扱おうと俺の勝手だ、くはは」

ケ「なに勘違いしてんだ 気持ち悪い科学オタクめ

  怪我の治療の代価として被験体になってやってるだけだろうが」

イ「な、なるほど……なんかすっごく胡散臭いですけど

  本当に大丈夫なんですか?」

コ「おー? 疑うのか、この天才科学者様を」

ケ「疑わねえ方がおかしいだろ、馬鹿が」

コ「ふん、馬鹿に馬鹿と言われたって悔しくもない

  だが誤解されたままなのは癪だな、よし見せてみろ」

イ「え、私ですか」

コ「そうだ 左腕を痛めたのだろう?

  あと、その時の状況を教えてくれると助かるんだが」

イ「が、崖から滑り落ちちゃって

  どこかで捻ったみたいなんです」

コ「……なるほど、軽い捻挫や打撲だろうな 痛みの具合はどうだ」

イ「動かすと少し痛いですね でも、耐えられないほどではないです」

コ「うん、それなら五日もしないうちに治るだろう

  それまではテーピングで固定、できるだけ安静だな」

イ「そんな、それじゃ巡回はどうすれば」

コ「無理な戦闘は避け、すぐに援軍を要請すること

  歩き回る分には問題ないだろうな」

ケ「ま、大事をとってフェゼの補佐役にでも回してもらうわ」

ケ「一応礼を言っておくわ、代金は私の体にでもつけといて」

コ「なに、彼女はサンプルを提供してくれないのか」

ケ「お前の気味の悪い研究に巻き込ませてたまるかよ

  じゃあな、ヤブ医者」

コ「だから科学者だと言っているだろうが!」


イ「なんか、すごい人でしたね」

ケ「そりゃわざわざ高給取りの医者を蹴って

  不眠不休の安月給な科学者なんかやってる奴だからな」

ケ「普段は神経を専門として、その中を流れる電流について

  研究しているらしいわよ ほんと悪趣味」

イ「じゃあ被験体て言うのは、その研究の?」

ケ「いろんな実験に付き合ったり、血液やら皮膚やらを提供したり

  まあ危険な目にあったことはないから心配はいらないわよ」

イ「この街にはいろんな人がいるんですねえ……

  あれ? でも警備隊って専属の医療チームがありましたよね」

イ「わざわざあの人に頼まなくてもいいじゃないですか

  俺は科学者だー、医者じゃないんだーって嫌がってましたし」

ケ「ああ……うちの医療チームは国内の優秀な医師をかき集めてるのよ

  だから、保険が適用されないと治療費が馬鹿にならない」

イ「な、なるほど」

ケ「それに、嫌いなのよね 医者ってのは

  笑顔に敬語で擦り寄ってくるくせに、人を下に見てるから」

ケ「ったく、こっちは命を張ってお前らを守ってやってんのに

  ちょっと賢いくらいで何か成し遂げた気になりやがって」

イ「そ、そんなことないんじゃないですかね? ははは」

ケ「わかるのよ、透けて見えるの

  人の表情を読み取る訓練を受けてきた私には尚更はっきりと」

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