ヴァッカル
摂氏3度
フ「ん? 今日はイーリもここの担当なのか」
ケ「ふーん、珍しいわね
同じ班から三人なんて」
ケ「ま、北部なんて滅多に人通らないし
ゆっくりさせてもらうとしましょ」
イ「よろしくお願いします」
ケ「んで、怪しい人影は?
ちゃんと見なさいよ偵察係」
フ「おまえ……スナイパーをなんだと思ってんだ」
ケ「そのご自慢の望遠鏡でしっかり探しな
骨なしチキン」
フ「へいへい、やってますよーだ」
フ「どうせ前線に出ても役立たず呼ばわりだろ
なら後ろでペチペチ狙ってた方がまだ可能性はある」
ケ「そういうところが腰抜けだっつってんの
生き残れても種が残らないなら負けよ」
ケ「あんたの隣にいても安心感もクソもねえ
カラスの方がまだ覇気が感じられるくらいだわ」
フ「だよなぁ、最近身に染みて感じてるよ
どこで人生の選択を間違えたんだってね」
ケ「むしろ正しかったところ探す方が難しいでしょ
あんたの場合」
フ「あぁ? んなこたねぇよ」
フ「……北東のエリア7−5、食品研究所第二工場の入り口
たぶん酔っ払いだけど、念のため行って」
ケ「ちっ、自分でいけばいいのに」
フ「あいにく俺はお前みたいに頑丈にできてねえからな
遺伝子の悪戯でも呪ってろ」
ケ「ただの運動不足よ、運命のせいにすんな
イーリは……仕方ないからこいつのお守りでもしてて」
(音・足音&ドア)
イ「……」
フ「……」
イ「……」
フ「あー、悪い
なんて話しかけていいのかわかんねえや」
フ「年下なんてほぼ初めてだし
マクロンはグロキアさんにべったりだし」
フ「……そもそもケティぐらいとしか普段しゃべんねぇし」
イ「まあ私も喋る方じゃないですしね」
フ「敬語、使い慣れてないでしょ」
イ「まあ、そうですけど」
フ「いいよいいよ、尊敬されるような玉じゃねえし
かえってこっちが緊張するだけだ」
イ「……いや、大丈夫です
尊敬してるんで、一応」
フ「はは、そうかありがてえ」
フ「んで、狩猟民族の出なんだっけ、イーリは?
なんでわざわざ警備隊なんかに?」
イ「街の中が見たかったから、です」
フ「……それだけ?」
イ「はい」
フ「へー、まーた特殊な理由で
んでこの街はどーよ」
イ「綺麗ですけど、なんか居心地が悪くて」
フ「ああ、わかるわかる、息苦しいよな
なんつーか、幸せにならなくちゃいけないようで」
イ「……!」
フ「ん? なんだよその表情
まあ察しはつくけどさ」
フ「みんなみたいに楽しく過ごせないのは
イーリだけじゃないってこった、安心しな」
イ「なんていうか、知ることがこんなに辛くなるなんて
思ってもみなくて、正直しんどいですね」
フ「帰りたい?」
イ「いや、まだ何かやり残してる気がして
それに、一度中に入ったらもう出られない、ですよね?」
フ「その通りだよ、ご名答
俺たちは永遠に警備隊員」
フ「死んだとしても、永遠に」
フ「安心しろよ、その気持ちもいつかは飲み込めるようになるさ
幸か不幸かはさておいて、な」
フ「っと、やべえ、無駄話しているうちに
さっきのやつの挙動がさらに怪しくなったぜ」
フ「ケティのことだから心配はいらねえと思うけど……
一応援護の用意だけしとくかね」
フ「ほい、望遠鏡 俺は銃のスコープ覗くから」
イ「んー、ケティさんが近づいて行きましたね」
(音・銃の組み立て)
フ「あいつ、何してんの?
なんで素手で近づいて」
イ「!」
イ「男が凶器を取り出して、ケティさんに!」
(音・銃声)
フ「ったく、ふざけたことしやがるぜ」
イ「命中……1キロ近く離れている男の、頭に……」
フ「ケティ、わざと武器を出さずに行きやがった」
イ「そんな、なんで?」
フ「大方、後輩の前でいい格好させてやろうってところだろ
大きなお世話だ、まったくよ」
フ「あいつが死んだらなんのために……!」
イ「……ニヤニヤしてますよ、ケティさん」
フ「こっちの気持ちも知らないで、呑気なもんだぜ」
イ「気持ち?」
フ「……わりい、こっちの話だ」
イ「そう、ですか」
フ「ったく、教育係が聞いて呆れるぜ
イーリはああいうことするなよ」
イ「はい、それはわかってます」
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