第一章六節 慈愛に依りて導く者と抗う者

「けほっ、けほっ……」ヴァイスのむせる音が、控えの間に響いた。

「大丈夫か?」龍野が歩み寄る。

「大丈夫じゃないわよ……。本当に頸動脈塞いだだけよね?」

「ああ」

「そう……ところで、先程の戦いは貴方の実力を見るだけのブラフよ」

「どういうことだ?」

「実は私達の『水』と貴方達の『土』は、前々から同盟を結んでいたの。その上で、同盟関係にある属性の魔術師を殺すのは禁忌……どの道、貴方を殺すことは出来なかったのよ」

「はぁ……勘弁してくれ……」

「けど、貴方はもう魔術師になったのよ。これで今後の方針は決まったわ。勝手を承知で言うわね」

「何だ?」

「これより、貴方と私は味方として戦うわ。勿論協力は惜しまない」そこで一拍置き、ヴァイスが力強く宣誓した。


「『道のわからぬ若人に、教え諭すが我が役目。如何な労をも惜しまずに、慈愛に依りて導かん』」


「誰の言葉だ?」

「初代ヴァレンティア王の言葉よ。ヴァレンティア王家の誇りにかけて、この先何があってもこの言葉は裏切らないわ。そこで貴方に説明することがあるの。少し聞いて貰えるかしら?」

「はいよ」ソファに腰掛け直しながら返事をする龍野。

「魔術について説明するわ。魔術には八つの属性があるの。属性じゃなくて、宗派と言ってもいいんだけどね」

「何だそりゃ?」

 龍野が疑問を浮かべた直後。


「大丈夫ですか、お姉様!?」


 少女が乱入してきた。しかしよく見ると、顔も着ている服もヴァイスに似ている。

(違うところは……髪、背丈と胸くらいか。髪はツインテールになっただけだ。背丈と胸は……どっちもヴァイスより小さいな。特に胸は格段に小さいな)

「大丈夫よ、シュシュ」

(シュシュ? この子の名前か?)

 再び疑問を浮かべる龍野。

 すると龍野の視線に抗議を始めた。

「ちょっと貴方、何をジロジロ見ているのかしら?」

「こら、シュシュ!」

 すかさずヴァイスが止める。

(どうやらヴァイスが上の立場みてえだが……。一体どういう関係なんだ?)

「ッ……失礼いたしました、お姉様。客人に何たる無礼を……」

(お姉様? ということは……)

 龍野は息を吸ってから、ヴァイスに尋ねる。

「ヴァイス。この子はお前の妹か?」

「お姉様を馴れ馴れしく呼ばないでくださいませ……ッ、ごめんなさい」

 シュシュが嚙みつくが、先ほどヴァイスに言われた事を思い出して撤回した。

「ええ、そうよ。私達は姉妹なの。龍野君は初めて知ったのよね」

「ああ。しかし、かなり、その……ハッキリした性格してんな」

 龍野は言葉を選び、シュシュについての第一印象を語る。

「ええ。特に私に関する事柄については、かなりの確率で反応するわよ。シュシュ、私を尊敬してくれているみたいだから」

「そうなのか?」

「ええ! お姉様こそがわたくしの憧れであり、目標ですわ!」

「それよりもシュシュ。そろそろ彼の紹介をするから、終わったら本名を名乗りなさい」


「はい、お姉様! 申し遅れましたわ、わたくしはシュヴァルツシュヴェーアト・ローゼ・ヴァレンティア。ヴァレンティア王国の第二王女ですわ! それで、貴方の名は何と申しますの?」


「申し遅れました、シュヴァルツシュヴェーアト姫殿下。わたくしは須王龍野と申します。以後お見知り置きを」

 龍野は言い終えるなり、右手を差し出す。

「あら、握手は受け付けませんわよ」

 だがシュシュは、差し出された手を握り返すことはなかった。

「シュシュ!」

 見かねたヴァイスがたしなめる。

 しかし、シュシュは動じなかった。

「申し訳ございませんけれど、お姉様。わたくしはまだ、この男を認められませんわ。むしろ不思議なくらいですのよ。どうしてお姉様が、この男にかれているのかが」

 シュシュのこの物言いに、ヴァイスは何も言えなかった。

 その様子を見てとったシュシュは、さらに切り出した。

「貴方、須王……龍野、でしたっけ?」

「ああ」

「日本では、年上の殿方を『兄貴』と呼ぶことがある……合っていますかしら?」

「ああ。呼ぶぜ」

「そうですか。でしたら……」

 シュシュが息を吸う。

 龍野は不自然な間を訝るも、言わせるままにした。


兄卑あにひと、呼ばせていただきます」


 龍野は一瞬、言われた言葉の意味が理解できなかった。

「兄貴という呼び方にあやかったのですわ。兄に、卑しいの。わかるでしょう?」

「ああ、納得したぜ」

「私は納得していないわよ、龍野君」

 ヴァイスが怒りをこらえきれないといった声音で、龍野に告げるヴァイス。

「シュシュ」

 ヴァイスがシュシュを呼ばわる声は、氷点下の冷気を伴っていた。

「龍野君を侮辱するその呼び方、今すぐ撤回なさい」

 ヴァイスの発する気迫に、シュシュも、そして龍野までもが一瞬たじろぐ。

「いいわね?」

 ダメ押しの一言。

 けれど、シュシュははっきりとヴァイスに向き直り、そして告げた。

「残念ながらお姉様。その言葉を受け入れることは叶いません」

「どうしてかしら?」

 今だ冷気を伴いながら、ヴァイスはシュシュに問いを投げかけた。

わたくしはこの男を、百歩譲って年上という事実は認めても……、そのように見ているからです」


「じゃあ決闘でもするか」


 龍野は唐突に口を挟んだ。

「りゅ、龍野君!?」

「何ですって!?」

 ヴァイスも、そしてシュシュも、その言葉に驚愕していた。

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盤上血戯と漆黒騎士(ゴッデス・ゲームとブラックナイト) シュシュルート 有原ハリアー @BlackKnight

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