第一章五節 逆襲
刹那、稲妻のように過去の記憶と思しき光景が浮かび上がった。
学校の建物の片隅で、白い服を着た金髪の少女が、複数の少年少女に押さえられながら泣いている。それを姿の見えない誰かが見ていた、そんな光景だった。
龍野は悟った。『誰か』とは自分自身であることを。そしてこれが自身の記憶であることを。
一瞬走馬燈かと思った龍野だが、すぐに否定した。この直後の行動を思い出して。
(そうだ、俺は……俺は知っている、何をしたのかを!)
記憶の中の
「―――――――――――――――――――――――――――――――――――――ッ!」
龍野の意識が現実に引き戻される。そして――
氷の剣を、黒曜石の剣が受け止めていた。
「!?」
ヴァイスが絶句する。どうやら彼女にとっては想定外だったらしい。龍野は構えを取りつつ、努めて冷静にヴァイスに話しかけた。
「どうやら俺の中の俺は、まだ死にたいとは思ってなかったらしいな。そういう訳で逆襲開始だ、お姫様」
龍野は龍範から剣道も仕込まれている。実力だけなら三段クラスだ。
「そう言えばこの変な空間、例えば――術者の意識が途切れた場合でも消えるんだったな?」
ブラフだ。根拠は無い。
「ッ!」
だが、当てずっぽうは的中した様だ。「何で知っているの」と言わんばかりにヴァイスが動揺したのが見えた。
「なら話は簡単だな!」
龍野は疾走し、ヴァイスに激突する前に体を捻って剣での一撃を加える。
素早く防御される。だが、一撃、もう一撃と連撃を叩き込む。元々、武器を持った相手との戦闘は――龍野も武器を持った上でだが――経験済みだ。それが長物でも、問題なく戦える。
だが、考えが少し甘かったようだ。剣の扱いは不慣れではないつもりだったが、鍛錬の差だろうか、ヴァイスの一撃が重い。今や龍野は守勢に回っている。
それでも、どうにか受け流すくらいは出来る。そう、今大事なのは、「ヴァイスを殺さず、且つこの異空間から脱出する」ことだ。
しかし、中々武器を落としそうに無い。荒っぽいが、手元を狙うことにする。
「『絶えぬ
ヴァイスが何かを呟いた。刹那、直径が子供の身長ほどの魔法陣が出現する。そして水滴状の模様から、青色の光弾が高速連射された。
「ぐうぅっ!(一発の威力はそんなに高くはなさそうだが、食らい続ければ多分死ぬ……!)」
龍野は光弾を、紙一重で回避し続ける。途切れた隙を突き、接近戦に持ち込もうと突撃。
「まだよ!」
しかし再度光弾が連発される。何発かは弾くが、このままだとジリ貧だ。
何とか打開策は無いものか……そう思っていると、また閃きが脳裏に浮かんだ。
――連射系魔術――
「『大地の
そう叫んだ途端、同じような魔法陣が出現する。そして、中心からオレンジ色の光弾が連発される。
「嘘ッ!? けど、これなら……!」
ヴァイスも負けじと魔法陣を召喚し、光弾を連射して龍野の光弾を相殺した。
しかし魔法陣召喚の際に隙が生まれたのを、龍野は見逃さなかった。
「そこだッ!」一気
「ッ……いい加減にしなさいっ!」
ヴァイスも必死だ。
だが、この好機をふいにする程龍野は甘くない。
「もらった!」
護拳部分を狙い、手から武器をすっぽ抜けさせる。
「少し手荒になる」
そう警告し、ヴァイスの動きを封じようとする。
(殺しはしない。まず気を失わせ、強制的にこの異空間を解除させる。その上で意識を取り戻し次第、ゆっくり話をつけるだけだ……)
ヴァイスの膝裏を蹴り、態勢を崩した上で頸動脈を絞めようとする。苦しむ時間は、ほんの一瞬だ。剣を地面に突き刺し、両腕を彼女の首に回したとき――ヴァイスが口を開いた。
「甘いわね、龍野君」その言葉に、龍野が一瞬動揺する。「その様子じゃ、戦い慣れしていないみたいね……」
「俺はこれでも、ガキの頃に何十回も喧嘩してんだぜ?」
「それはお子様の遊びでしょ? 私が言ったのは、そんな幼稚なものじゃない。これは命のやり取りよ。いつ殺されてもおかしくはない戦い。私は今みたいに殺す気で貴方を襲っている。でも、『貴方に返り討ちにされる』覚悟も持っているのよ」
「何が言いたい?」
「『命の遣り取り』の部分の覚悟が、貴方には足りないってこと。致命的なレベルでね」
「俺はお前を殺す気は――」
「そこ! そんな甘い言葉を言う時点で、貴方は覚悟が足りていないのよ!」
「要らねえだろ」
「へぇ……戦いへの侮辱かしら?」こめかみに青筋を浮かべるヴァイス。
「少なくとも俺は、今、『生きる気で戦っている』んだぜ?お前の言う通り、殺す覚悟なんてものは、俺は持ってないさ。だが、この場を切り抜ける心意気だけは持っているさ。まかり間違えて、お前に殺される覚悟もな」
「へえ……。でも、もしこの場を切り抜けられたとしても、そんな気持ちじゃすぐ死ぬわよ。遅い早いの差はあれど、最終的には間違いなく、ね」
「先の見通しは、ここを抜けてからでも出来る」
「ふーん……面白いわね。さすが龍野君」
「皮肉か?」
「違うわ。さあ、私を好きなようにしなさい」
その言葉を聞いて、龍野は絞める腕に力を込めた。ヴァイスの腕が、力無く地に落ちた。そして同時に、広大な空間が消えた。
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