第一章四節 急襲

『お前に力を与えた。属性は『土』。これより、お前には命の駒ライフ・ピースが与えられる。この駒の輝きが失われることは、それ即ち死を意味することを忘れるな』

 しかし、龍野は今一番疑問に思っていることをぶつけた。

「おい! 力って何だよ!?」

『それは自ら確かめろ……私の役目はここで終わりだ。さらばだ、選ばれし者よ』

「待て……!」

 夢はここで途切れた。


 何か嫌な夢を見た気がした。それが何なのかはっきりとは覚えていない。

「うう……何故か急に疲れたぜ」

 龍野はぼんやりとした疑問を覚えながら、覚醒を迎えた。程なくして、ヴァイスも目覚める。

「大丈夫か?(ん? ヴァイス、いつの間に着替えたんだ? スカート丈の短い……簡易ドレスって感じの服装に変わってやがる)」

「大丈夫よ。それより、夢を見た?」

「ああ、見た。確か、オレンジ色に光る駒が俺の体内に……」

「私もよ。駒は青色だったけど」

「え? マジかよ」

「ええ。それより……」

「何だ?(ッ、嫌な予感がするな……)」


「いきなりで悪いけど、遺言はある?」


 唐突の死刑宣告。「いきなり何の冗談だ?」と龍野は問う。

「冗談じゃないわよ」指をパチリと鳴らすヴァイス。

 瞬間、景色が一転した。城内の一室が、瞬く間に広大な空間に変わったのだ。

 そこは桁違いに広い空間だった。

(地平線が全然見えねぇ……! クソッ、逃げようが無いぜ、こりゃ……!)

 龍野がどうにもならない事態に動揺していると、ヴァイスからの宣告が再び来た。

「貴方はここで死んで貰うわ」

「ハァ!?」

「再会してすぐにこうなるなんて、悲しいけど……仕方無いわ」

「お、おい……(何だ、いきなり何言ってやがるんだ!? クソッ、逃げるしか……)」

 龍野の様子など目もくれず、ヴァイスは勝手に話を進める。

「私と貴方の仲だもの。安心して、せめて遺体は丁重に葬るわ。あ、あと一つ」

 一旦間を置き、再び語りかける。

「逃げようなんて思わないでね。まあ、逃がす気もないけど。ちなみに逃げ道も無いわ」

 龍野の考えを先手で封じてくる。

「どうしてもここから逃げたいのなら、私を殺してみなさい」

(ふざけんなよ……。そんなこと、絶対に出来ないに決まってんだろうが……!)

「そろそろ話は終わりにしましょ。もう一度訊くわ、何か遺言はある?」

「急に言われても、そういった言葉はすぐには思い付かないさ」

「なら『無い』ことにしておくわ。話は終わりよ。安心なさい、苦しませずに一撃でケリをつけるから。覚悟して、龍野君!」

 彼女は独特の構えを取り、声高らかに唱える。

「氷の剣よ。我が手のもとに」

 言葉を言い終えると同時に、彼女の手に氷の剣が召喚された。

(両刃剣か……日本刀のような片刃の刃物ならともかく、そういったのを俺が捌けるか疑問だな……)

「それじゃあ、龍野君……さようなら。ほんの数分だけだったけれど、最後に逢えて嬉しかったわ」

 そう言い残し、姿を消す。気づいたときには、彼女は龍野の目の前まで迫っていた。

「はあぁっ!」

 彼女が剣を振り下ろす――


 ガギンッという金属音が響いた。致命の剣は何かに阻まれ、龍野に触れる直前で震えていた。


 龍野は何が起こったのかわからずにいた。わかっているのは、まだ生きている、という事実だけだ。

障壁しょうへき? 私達魔術師にしかもたらされない万能の防御壁……それが、龍野君を守ったというの?」

 想定外の事態に、一瞬ではあるが動揺したヴァイス。

(障壁……障壁だって? 俺は、その障壁とやらに守られているのか?)

 今の事実を認識出来ない龍野が、場違いな遅さで思考する。

「でも、耐久力は無限じゃない。この分だと、って三十秒と言った所かしら」

 だがすぐに剣を構え直し、打ち込みを仕掛けた。

「ッ!」だが再び弾かれた。この一撃で障壁は破壊されたが、龍野には傷一つ無い。

 剣を振り切った隙を突いて、龍野は反射で逃げだした。

「もう一度言うわ、逃げ道は無いわよ!」

 だが龍野は、そんなことなど構わず一目散に距離を取ろうとする。

 普段の鍛錬のお陰か、着実に距離は稼ぎつつある。しかしヴァイスに主導権があることに変わりは無かった。


「はあっ……はあっ……」

 どのくらい逃げ続けていたのだろう。龍野が肩で息をしながら、必死で走る。

「いい加減諦めてくれないかな?龍野君っ!」

 逃げながら、龍野が叫ぶ。

「どうして……こんなことにっ!」

「わかんねえ……俺にはわかんねえっ!」

 ヴァイスが無言で虚空に魔法陣を召喚し、氷弾を連射する。

「うわっ!」

 氷弾の牽制を受け、ついに龍野が転倒した。これ幸いとばかりにヴァイスが距離を縮めてくる。

(ああ、俺の人生もここまでか……)

 龍野は逃げる気力を完全に失い、迫るヴァイスを呆然と見つめる。


「追いついたわ、龍野君。観念して私の手にかかりなさい!」


 龍野が止まってから数十秒。ヴァイスが龍野のすぐ目の前で足を止めた。

「逃げないのね?」

 ヴァイスが訊ねる。

「やめだ、やめ……。俺に勝ち目がまったく無いのに、悪足掻きなんて出来るか」

「潔いじゃないの。龍野君のそういう所、好きよ。でもさようなら」

 ヴァイスが剣を高々と掲げる。脳天から一撃で斬る気だ。

 そして、その剣が振り下ろされる――

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