第一章三節 邂逅と夢中にて

 十九時、改め午後七時。パーティーが始まった。

 それと同時に部屋が暗転。スポットライトが照らされた。

 照らされた先にいるのは――ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア姫だ。彼女は従者からマイクを受け取ると、一礼してから語り始めた。

「本日はお忙しい中お集まりいただき、有難う御座います」

 一拍置いて続ける。

「招待状をお読みいただいた通り、私は本日十五歳の誕生日を迎えました。皆様にお集まり頂いただけでも、感謝の極みです」

 感謝の言葉をゆっくりと、しかし一度たりともつっかえずに彼女は話す。

 そして最後の言葉が流れた。

「ご清聴いただき、有難う御座いました。この後は、パーティーを存分にお楽しみください」

 スピーチを聞きながら、姫様をしげしげと見つめる龍野。

金髪碧眼ならぬ、蒼髪碧眼の容貌。腰から臀部まで伸びている長い髪。大きな瞳に、シャープで小さな鼻。パーティーでよく女性が着る、純白のロングドレス。その上からでもわかる張り出た胸と臀部。それとは対照的に、くびれた腹部。160センチ程度の身長に似合わぬ、男を虜にする体形。加えて幼さが残る、可愛くも美しい顔。こりゃあ招待された男達は有頂天だな、と龍野は分析していた。

 すると、直後に「一つお願いがございます」という放送が流れた。

「須王龍野様。恐れ入りますが、ステージ上の控えの間までいらっしゃいますようお願いします。繰り返しお伝えします。須王龍野様……」

彼女はマイクを預け、ステージ裏へ去った。

「ん、俺なのか? まあ、とにかくあそこに行けってことだな……」龍野は飲み物を片手に、ゆっくりと控えの間まで歩いた。


 コン、コンと、おそるおそる二度ノックする。「どうぞ」と返事が来たのを確認し、ドアを開ける。

 そこには、姫様がいた。そして一礼し、龍野に話しかける。

「突然の招待にも関わらず、お越しいただき有難う御座います」

「いえ、姫様のご招待とあらば」

「なんて堅苦しい話は抜きにしましょ、ふふ」

「え?」龍野は一瞬唖然とした。

「まさか、この三年でもう忘れたの?」

(思い出せない。どういうことだ?)

「その様子じゃ、忘れたみたいね。では、こう名乗ればわかるかしら?」

(名乗る? 名乗るも何も、貴女の名前はヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティアじゃないのか?)さらに戸惑う龍野。

 しかし彼女は一呼吸置いた後、そのまま続ける。


「久しぶりね、龍野君。私は善峰よしみね百合華ゆりかよ」


「なっ……! 善峰……。私が小さい頃に遊んだ、あの善峰……ですか? 姫様……」

 驚愕の表情を浮かべ、おそるおそる尋ねる龍野。

「三年振りね。最後に会ったときより、随分いい顔になったじゃない。体つきもね」

「え……ええ。ところで姫様、貴女は一体……」

「ヴァレンティア王国の第一王女よ」

「じゃあ、今ドレスを着ている姫様は、私が小さいときに遊んだ……」

「ええ、あの善峰百合華よ」

もの凄い体つきになったな、と龍野は思った。

「幼馴染の久々の再会ですもの、もう少し近くで語らいましょう?」

「え、ええ(いや待て待て待て! いいのか、一国の姫様相手に、一介の高校生が?)」

「何か卑屈なこと考えてないかしら?」

「そ、そんなことはありません(げ、見抜いてる!)」

「ふーん。あ、あと敬語は要らないわ。私達、幼馴染でしょ?」

「はい……って、いやいやいやいや! 立場が違いすぎるでしょう!」

「それ以前の問題よ。少なくとも三年前までは実際にそうだったのだから」

「今は違うでしょう! 私が貴女を敬うのは、当然のこと……」

「何が『当然のこと』なのかしら?」

(げ。まずい、怒らせたか?)

「私は貴方と対等の立場でいたいの。私を一方的に敬っても、私にとっては不快でしかないわ。いっそ呼び方を善峰にして欲しいくらいよ」

「そ、それは……」正直呼び辛い。龍野は内心でぼやいた。

「じゃあ『ヴァイス』でいいわ」

「は……はい。ヴァイス様」

「『様』はいらないわ。『ヴァイス』でお願い」

「はい……ヴァイス」

「そうよ、それでいいの。今後はそうやって呼び捨てにしてね」

「はい」

「後はタメ口で話してね。さん、はい!」

「わかり……ゴホン、わかったぜヴァイス。ところで、一ついいか?」

「何?」

「別れてから三年間、何してたんだ?」

「それはね………………」

 ドサッと音がした。ヴァイスが急に倒れたのだ。

 何事かと思い彼女に近づくが、意識を確かめようとした瞬間に龍野の意識は途切れた。


(どこだ、ここは? 先程まで城に居たはずが、今は真っ暗闇に一人ポツンと置かれている……)

戸惑う龍野。すると、唐突に声が聞こえた。


『ようこそ魔術師の世界へ』


機械でごまかしたような、肉声では有り得ない声。

「お前は誰だ!? 姿を見せろ!」

『それは無理だ。私は説明役に過ぎない。私には、支配者からは説明する許可しか与えられていないのだよ』

「何の用だ!?」

『まあまあ落ち着け。そう威嚇されては、話すべきことも話せない』

 飄々と喋る声。

『今からお前に、魔術の説明をする』

「何だよそりゃ!? 俺は知らな――」

『お前の意思は介在しない。お前は資格を持っていた、だから選ばれた。それだけの話だ』

「ふざけるな!」

『まあそう怒るな。話の途中だ』

 声は龍野の様子など意にも介していない。

『今からお前には、力が与えられる。その力で、自らの所属する属性、いや派閥を繁栄させよ』

「どういう意味だ?」

『言葉通りだ』

 その瞬間、龍野の全身を閃光が包み込んだ。そして同時に、全身に激痛が走る。

「ぐああああああああああああああああっ!?」

『苦しみは一瞬だ』

「あああっ、はぁっ、はぁっ……何だよ、このおぞましい感触は……っ!」


 龍野の体内に、何かが入り込んだ。

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