第一章二節 いざ、ヴァレンティア王国へ

 二人組の内、一人は小柄、もう一人は大柄であった。

「やってやるぜ……!」

「無茶はするなよ、龍野!」

 紗耶香をかばいながら、迎撃態勢を整えた龍野と龍範。

 直後、黒服達が向かってくる。そして長身の黒服は龍野の、小柄な黒服は龍範の心臓を狙ってナイフを突き出す。

「フッ」龍野は体を捻ってナイフを躱すと、その勢いに任せて腕を逆側に極め、動きを封じる。

「親父!」

「大丈夫だ」龍範も既に黒服の腕を極めていた。ナイフを取り落とす音、それに何かが落ちた音が響く。

「おい、答えてもらうぜ」龍範が切り出した。

「どうして俺達を狙う?」

「誰が答えるか……!」黒服が答える。すると龍範は、無言で長身の黒服の股間に蹴りを入れた。

「うぐっ……!」黒服がうめく。

「もう一度だけ聞く。どうして俺達を狙う?」

「くっ……ある組織に依頼された……」

「隠すな!」龍範は極めた腕を折ろうとする。

「ああああっ……! か、隠していない! 本当にそれだけしか知らされていないんだ!」

「へえ? じゃあこれは何だよ?」

 龍範が手にしていたのは、天秤の意匠いしょうが施されていたバッジであった。一度何気なく見ただけでは弁護士バッジと間違えそうだが、龍範が持っているバッジは白みを帯びた銀色をしていた。

「どこの所属だ? 言え!」

シャイセクソッ……! 『グライヒハイト』だよ!」

「『グライヒハイト』? 何だよそりゃ?」

「そ、それ以上は知らねえ……! 頼む見逃してくれ、本当なんだ!」

「親父、こいつはただの下っ端だろ。もう逃げようぜ」

「そうするか!」龍野が訊ねると、即座に龍範は返した。

 二人同時に黒服を蹴飛ばし、急いで車に乗った。

「紗耶香、乗れ!」

「はい、龍範さん!」

 そして来た道とは逆方向に進み、追跡をまいた。

 夕方五時。三人は何事もなかったかのように、家に帰ってきた。

「「ただいまー」」


 その翌日の午前九時。

 ディレクターズスーツを着た三人組が、須王家の前に現れた。

「昨日の奴等か!?」と龍範は身構えたが、龍野が制する。

「手紙に有った『使者』だろ」

 そして玄関に出る。すると使者の一人が歩み寄ってきた。

「須王龍野様ですか?」

「ええ。招待状の件ですね?」

「はい、話が早くて助かります」

「では返事を。出席させて貰います」

「左様ですか。では、服装と往復の旅費はこちらで準備します。明後日の八時五分発の、フランクフルト経由ベルリン・テーゲル行きの便にお乗りください。空港到着後、現地の者が専用車でヴァレンティア城までお送りします」

「ちょっと待ってください」

「何でしょうか?」

「服装も費用もそちら持ち、と言うのは?」

「姫様の都合で貴方をお呼びするのです。費用をこちらが受け持つのは当然です」

「は、はあ……」

「では要件は済みましたので、これにて失礼致します」使者達は足早に車まで向かった。

 車を見送り、玄関を閉める。

「さて、これからが大変だな……」


 それからは何事も無かった。

「それじゃあ、行ってくるぜ」龍範に、車で羽田国際空港まで送って貰うことになった龍野。見送りに来た紗耶香と皐月達に挨拶をした。

 車はあっという間に到着し、素早くターミナルへ向かう。三十分前だ。急がなければ搭乗手続きが終わってしまう。

 無事に間に合い、機内に乗れた。

 機体が離陸し、日本を離れる。それを見届けた瞬間、猛烈な睡魔が龍野を襲った。


 ヴァレンティア王国。

ベルリンを首都に抱き、そこには国家を象徴するヴァレンティア城がそびえ立つ。

規律と自律性、それに身分や上下関係を重んじる伝統的な国民の性格は、この国の産業を支えるのに不可欠なものだ。

自動車や軍需産業など、機械にはとことん強い。海沿いには多数の工場が存在し、内陸部と沿岸部の光景はまるで別の国のようである。

また、ヴァレンティア城とノイシュヴァンシュタイン城はヴァレンティア二大名城と呼ばれ、外貨を稼ぐのに一役買っている。噂では、国中に無数の地下水脈が広がっていると、まことしやかにささやかれている。

伝統を重んじ、自他共に厳しいストイックな性格は、どこか日本と似ているものがある、そんな国家である。


 目が覚めた頃には、機体は着陸寸前だった。

 そこから急いで乗り換え、ベルリンに向かう。今度は一睡もしないまま、ベルリン・テーゲル空港に到着。

 当日中に着くとは思わなかったが、これなら問題ないだろうと龍野は思った。


 ヴァレンティア城に到着した。八連のドアが隔てる先に、龍野に与えられた部屋があった。「8」と書かれたカードキーを渡される龍野。

「あの、これは?」

「貴方の部屋に必要な鍵です。ちなみに、カードの数値はセキュリティレベルと部屋の扉の枚数を表します」

「そうですか、ありがとうございます」今晩はここで一泊し、それからパーティーを始めるらしい。

英気を養う時間だと龍野は思い、何も考えずに過ごした。


 いよいよ四月一日、十六時を迎えた。使者達に更衣室らしき場所に案内された。

「貴方には、こちらの服を着ていただきます」

「これですか?」

「着方はお教えします」

「お願いします」

 そして言われるがままに用意された服を着た。龍野は内心で、「申し訳ない親父……」と思っていた。


「大体こんな感じですが……」

「似合っています」

 パーティー直前、十八時十五分。

 優に二時間を超えてこの服と格闘していたが、何とか間に合った。

「会場まで、案内お願いします」

「わかっております」

 歩くこと十分、水晶の間に到着した。

「しばらくおくつろぎください」

 くつろげるか! と龍野は内心ツッコミつつ、一礼して大部屋に入った。

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