(シュシュルート版)第一章 遊戯の始まり

第一章一節 突如来たりし金封筒

 早朝、ランニングで家に帰る青年がいた。

「よし、着いたぜ!」

 彼は自身の家と思しき邸宅の門を通り抜ける。

 その表札には、「須王すおう」とあった。

「さて、ポストの中身を確認するか」

 青年は敷地内からポストのフタを開ける。


 そこには、純金の封筒が入っていた。


「何だ、こりゃ……」

 メッキでは無い、本物の金を薄く延ばした封筒。

 そして封をする封蠟ふうろうも、一見しただけで、かなり上等のものだとわかった。そしてその蝋には、「月桂樹の輪の内側に、五つの星」という意匠があしらわれていた。

「ただの封筒じゃねえな。中身を見るか……」

 青年は封筒を手に取って、家の中に入った。


 所は変わって、青年の自室。

「招待状かよ、こりゃ……」

 手紙を一読した青年は、青年にとって信じられない内容の手紙をひらひらと遊ばせた。

 文章の内容は、以下の通りであった。


 拝啓


 春光うららかな季節を迎え、あなた様には一段とお元気でお過ごしのことと存じます。

 さて、来る四月一日をもちまして、私もついに十五回目の誕生日を迎えることとなりました。

 つきましては、お世話になりました皆様に、ささやかな宴を催したいと存じます。お忙しい中恐縮ですが、ぜひ拙城までご出席くださいますようご案内申し上げます。

 尚、もしもお会い出来ますならば、恐れ入りますが服装は『ブラックタイ』でお願い申し上げます。

敬具

 日時 四月一日(水曜日)午後七時

 場所 ヴァレンティア城 水晶の間

 平成二十八年三月二十三日

                     ヴァイスシルト・リリア・ヴァレンティア


 なお、お手数ながら、三月三十日に派遣させる使者に、ご都合の程をお知らせくださいますようお願い申し上げます。


須王 龍野りゅうや様                             」


「しかも、差出人は最近噂のヴァレンティア王国王女、ヴァイスシルト姫殿下じゃねえか……どうなってんだ?」

 龍野という青年は疑念を感じつつも、現状を分析した。

 この日は三月二十七日。考える猶予は、三日間あった。

「いつまでもうじうじしてちゃしょうがない……さて、シャワーでも浴びるか」

 龍野は一度手紙を元通り折りたたんで封筒に戻し、部屋を去った。


 シャワーを浴びた直後。

 龍野は、黒く短い剣山のような髪と筋骨隆々の体を丹念に拭き、キッチンに向かった。

 数分後に、コーヒーカップを手にして部屋に向かった。

「よし、これでいつもの日課は終わりか」

 どうやらここまでは、毎朝の儀式だったのであろう。

 龍野は一度カップを机にそっと置くと、本棚から「不思議の国のアリス」を取り出し、片手で持って読み始めた。

 他には、「ファウスト」や「ロミオとジュリエット」など、いわゆる文豪と称された作家の本が、ずらりと並んでいた。

「ッ……相も変わらず、心に刺さるな……」

 龍野は本を机に置き、コーヒーをあおった。

「……よし。それじゃひと段落したし、続きでもするか」

 そして手にしたカップをも置き、龍野は腕立て伏せを始めた。


「九十八、九十九、百……! よし、終わった!」

 腕立てを終え、歓喜の声を上げる龍野。

 そこに、ガチャリとドアの開く音が響いた。

「ちょっと龍野、うるさいわよ。まだ皐月さつきが寝てるのに」

「ああ、わりい……おふくろ

 龍野の母親であった。

「そうだ、ちょっとこれ見てくれよ」

 龍野は手紙を入れた純金の封筒を、お袋こと須王紗耶香さやかに渡す。

「! これは……」

 その封筒を一目見た紗耶香は、驚愕の表情を浮かべた。

「ん? どした、お袋?」

 龍野にはまだ、事態が飲み込めていない。

 紗耶香は突如大きな声で、龍野に迫った。

「何が何でも行きなさい! いいわね、龍野!?」

「あ、ああ……つーか落ち着けお袋、皐月がまだ寝てんだろ?」

「あっ……そうね、ごめんなさい」

 慌てて詫びる紗耶香。

「ん……お母、さん……?」

 だが、遅かった。皐月の声だ。

「あーあ起きちまった。どうしてくれんだ、お袋」

「ごめんなさい、龍野」

「それで、行けって話だろ? けどよ、ブラックタイ……だっけ? それはどうすんだよ」

「今日、買い物に行くわよ。龍範たつのりさんと私と、貴方で」

「わかった。支度するぜ」

「ふふ、話が早くて助かるわ。けどね、朝食はちゃんと食べてもらうからね」


「「ごちそうさまでした!」」

 家族揃って、朝食後の挨拶を済ませる須王家。

「おう龍野。それで、今日、買い物に行くんだって?」

 そう問いかけたのは、龍野の父親である須王龍範だ。

「ああ。『ブラックタイ』なんて服を買うことになった」

「そりゃあまた、珍しい買い物だな。いいぜ、付き合ってやる。だがよ、どうしてそんな服を買おうって思ったんだ?」

「この手紙を見て、龍範さん」

 紗耶香が龍野から預かっていた、純金の封筒を龍範に見せた。

「どれどれ…………なるほど、な。よくわかった。善は急げだ、ガハハ!」

 豪快に笑い飛ばし、支度を始めた龍範。

「それじゃあ、買い物行くぜ! 龍野、紗耶香、準備はできてんだろ?」

「ああ!」

「勿論よ、龍範さん」

「それじゃあ、ちょっくら行ってくるか! 龍斗りゅうと、皐月、龍太りゅうた、留守番頼むぜ!」

「「はーい!」」

 三人に見送られた龍野達は、そのまま買い物に出かけた。


「さーて、買うもん買ったし帰るか!」

 上機嫌で帰る三人。

「ん?」

 だが、龍範は妙な予感を感じた。

「嫌な気配だぜ……」

 龍野も同様である。

「どうしたの、二人とも?」

 唯一気付いていないのは、紗耶香だけだ。

「紗耶香。絶対に俺の側を離れるな」

 龍範が朝以上に低い声で、紗耶香に告げた。

「来るぜ……!」

 龍野が身構えた次の瞬間。


 遠くから、ナイフを構えた二人組の男が駆けてきた。

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