第11話 乱れる

最初から、どう譲歩しても、いい印象をみつけられなかった。

珍しいくらいに、良い感じのない人だった。

そんな人をなぜ選んだのかというと、もうどうでもいいと思ったからだ。


結局顔はろくに見なかった。

とにかく体の大きな人だった事は覚えている。

どうしようかと数秒迷って、暗がりにいるその人に近寄った。

露骨に、嫌な自分で。


その人の手は、あったかくて柔らかかった。

ふわふわしていて、痛いところがない。

そっと擦ってくれる圧力が気持ちよかった。


からだを、皮膚を投げ出すと、本当にもうどうでも良くなった。

何を言おうが、どう振る舞おうが。

嫌な思いをさせようが、嫌われようが、自分には何のダメージもないと思った。

呼び名も知らない人の前で、だから私は今までで一番おかしくなった。


別れるときにハグをねだった。

嫌ではなかったけれど、心地悪かった。

欲しいハグじゃない。

落ち着く距離じゃない。

これは、私が欲しかったハグじゃない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る