第3話 落ち着く

少し前まで、好きな街に住んでいた。

段々と、好きになった街だった。


さほどの縁もない土地で、必要に迫られて部屋を探した。

事前に送ってもらった間取り図の中から、どうにか4枚を選び出したのをおぼえている。


子供の頃から、地図を眺めるのが好きだった。

ここではない場所があり、どうやら道を辿ればそこに行けるらしい。

地名や地図記号にはまったく興味はなかったけれど、まだ知らぬどこかにわくわくした。

絵本の舞台は、きっとそこにある。

秘密の雑木林で、きっとあの子と待ち合わせができる。


子供のまま、私は少しずつ大人になった。

電車の存在を知ってからは路線図が好きになり、生まれて初めて間取り図を見た時は歓喜した。

けれど、平面に書かれたものを、立体として理解するのはいつもとても苦手だ。

手にした地図が目の前の風景を示しているのだと、うまく理解できない。

右に行くべきところを、迷った末に左に進んだりする。

いつからか、途方に暮れる前に、誰彼問わず尋ねる癖がついた。


午後の早い時間から物件を見てまわり、3番目に見た部屋に決めた。

広いロフトもない。

憧れていた、線路の近くでもない。

ただ、ここだと思った。

残る1部屋の間取りには、もう興味はなかった。

私は、この部屋に帰ってくる。

この部屋が、私の味方でいてくれる。


3つ並んだドアの右端。

結局、何の飾り気もないままだった、あの部屋。

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