室小木 寧


昔々、とある国のお話です。

その国にはとても賢く、そして強く美しい竜がいました。

竜はその国の王様でした。とてもとても強く賢い竜だったので、国の王様になったのです。

ある日、竜は街を歩いていました。街には人がたくさんいました。竜は人に手を振りますが、人は竜に手を振り返しません。

人には元気が無かったのです。その街はとても貧しく、人々は飢えていました。

なぜならこの国は少し前まで戦争をしていたからです。人々は長い戦で疲れ果て、なにもかも失っていました。

まるで枯れ木のように痩せこけ、死体のように踞る人々。

不意に、竜は一人の子供と目が合いました。とてもみすぼらしい格好の、服と呼べるかもわからない布切れを垢まみれの体に巻き付けた、明日にでも飢え死にしてしまいそうなほどに痩せこけた子供。しかし、その目はぎらぎらと、街の誰よりも光っていました。


「小さな人間、お前はとても良い目をしているね」


竜は子供に声をかけます。子供は竜を見つめます。目の輝きはいっそう強くなりました。

しかし、子供は一言もしゃべりません。おなかが空きすぎて、声が出せないのです。


竜は自分の鱗を一枚、一際小さく薄いものを爪先に引っ掻けて剥がし、飢えた子供に向かって投げました。


「これを売って金に変えなさい。そして食べ物を買って、飢えと渇きを癒すといい」


人の世界では竜の鱗はとても高く売れることを竜は知っていました。竜の爪の先ほどの大きさも無い小さな小さな、人の子供の手のひらほどの大きさのものでも、人の男の握りこぶし二つ分の金塊よりも高く売れる事でしょう。


ああ、今日は良いことをしたなあ。竜は上機嫌で空に飛んで行きました。



+++



「竜よ、お前は昔、飢えた子供に自らの鱗を分け与えた事があったな」


豪奢な鎧を身に纏った男が竜に問いかけます。その声は大きくよく響きますが、竜は答えませんでした。


「竜よ、お前は私の事など覚えていないだろう」


男は剣の切っ先を竜の喉元にあてがいながら言いました。


「生臭い鱗一枚、飢えた子供に気紛れに与え、お前はさぞかし気分が良かった事だろう……私は今でも覚えているぞ。お前の醜い顔、一時たりとて忘れなかった!貴様ら竜族に両親を殺され、国を滅ぼされ、挙げ句乞食の餓鬼として扱われた屈辱を…私は忘れなどしない!」


亡国の皇子であった男は、溢れんばかりの憎しみと怒りを一滴残らず注ぎ込まんと、渾身の力を込めて勢い良く剣を降り下ろしました。

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室小木 寧 @murokone

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