第33話 ユイでいい。
「リリーナ様、雄太や婆様にあのことを言わなくていいのですか?」
「・・・何のことでしょう。」
夜、部屋に戻ったユイはリリーナが自分のベットに寝転んでいるのを見て、ロールキャベツを食べて手に入れた幸せな気持ちがどこかへ行ってしまうような感じがした。このままではリリーナと一緒に寝なければいけない、その逃れようのない事実が彼女を憂鬱にさせる。
何とかして回避する方法はないか、彼女の頭を様々な考えが巡り、そして出たのがさっきの言葉だった。
しかし、リリーナはユイが言った言葉の意味をわかっていながらとぼけている。
「雄太や婆様に秘密を作るのはよくないと思います。その、これから一緒に暮らすのですから。」
「ユイも大分変わりましたね。もう向こうの世界に帰れとは言わないのですか?」
「それは・・・思わなくはないのですが、ほとんど諦めてます。」
「あなたやプリム、クラウスは私に付き合う必要はないのですよ?・・・私はもう『姫様』ではありません。ここにいるのは普通の女の子ですし。」
「わ、私は! 私だけじゃありません。プリムやクラウスも姫様に一生お仕えすると決めているのです。何があろうと傍を離れることはありません。」
「・・・『姫様』ではありません。メイザースとは縁を切りました。私は何の力もないただのリリーナです。」
「あなたが権力や富を持っているから私たちは一緒にいるのではありません。リリーナ様のことが好きなのです純粋に。」
「まぁ! ユイに好きと言われてしまいました。困ります女の子なのに。」
「ちゃ、茶化さないでください!・・・すみません、大きな声を出して。その、今話をしているのは雄太や婆様のことです。教えてあげたほうがよいと思います。」
「もちろん、ずっと秘密というわけではありません。いつか話します。いつか・・・ね。」
「リリーナ様、その顔は・・・。また、何かよからぬことを考えておいでではないですか?」
「さぁ?どうでしょうか。」
そう言うとリリーナはベットに手足を投げ出し目を閉じる。やっぱり今夜は彼女と寝なければいけないらしい。ユイは「はぁ。」とため息をつくと、彼女の待つベットへと足を載せた。
―――――――
結局、朝になって奴らが眠りこけるまで部屋から外に出られなかった。忍び足で脇を通り抜けると、俺は身だしなみをすることなく屋敷を出て商品作りのため倉庫へと向かう。
「ふぁ~眠い。それに腹も減った。あいつらを今日は絶対家に帰してやる。・・・そうだ! メールだ、メール。」
手に持っていたスマホを操作し、とある3人にメールを送る。
「これで、何か反応があるはずだ。よしっ。」
俺は倉庫の前に立つと深呼吸を一つし、扉の先にいるはずの女の子に癒されようと挨拶をしながら中へと入った。
「おはようございます! 今日も早いですね、リリーナさ・・・ん。え!? ユイさん?」
「・・・おはよう。」
そこにいたのは朝から柔らかな声で俺を包んでくれるリリーナ・・・ではなく、仏頂面で黙々と袋に野菜を詰めるユイだった。彼女はこちらを向かずチラッと見るだけですぐに野菜へと視線を戻す。
「ど、どうして?」
「私じゃ不服か?リリーナ様はまだ寝ている。さすがにお前だけじゃ時間がかかるだろうと思ってな。」
「剣術のトレーニングはいいんですか?」
「剣の稽古はいつでもできる。ほら、さっさと手を動かせ。」
なんか様子がおかしいな・・・そう思いながらユイが作業をするテーブルへと行き、彼女と机を挟んで向かい合う。すると、ユイの右頬が赤く腫れ上がっているのがわかった。
・・・寝相の悪いリリーナと一緒だったんだな。殴られて眠れなかったのか。
そんな理由だとしても男が苦手なユイが手伝いに来てくれたのは嬉しかった。
―――――――
「あ、ユイさん。大根はこのピョロっと出てる細い根っこ、俺はヒゲって呼んでるんですけど、これ取ったほうがいいです。見栄えが良くなるんで。」
「む。そうか。・・・これだな。(プチッ)。これでいいだろ?」
「オッケーです。葉の部分も真っ直ぐ切り落とすといいですよ。」
「了解だ。」
俺のアドバイスを素直に聞いて実行する。今日のユイはトゲトゲしい感じはなく、2人での作業も楽しくなってきていた。
「・・・なぁ、雄太。」
「何です? ユイさん。」
「・・・。」
名前を呼ばれ返事をしたが、何も返ってこない。俺は我慢できなくなり大根をテーブルに置くとユイを見る。彼女もこっちを見ていたようで視線がぶつかった。そしていつもの凛々しい声ではなく、何だか照れているような感じで話し始める。
「・・・その、ユイ『さん』というのはやめてくれ。ユイでいい。敬語も不要だ。」
「い、いや。それはその、なんというか・・・。」
この人は突然何を言い出すのだろう。いきなり言われても困る。
「そんなに慌てないでくれ。すぐにじゃなくて、少しずつでいい。本来はお前の方が年上なんだからな。」
「わ、わかった・・・。が、頑張るよ。」
「よろしく頼む・・・っと、違う。私はこんなことを言いたかったのではない。」
そして彼女はまた黙ってしまう。俺は彼女にじっと見つめられるのに耐えきれなくなり、たまらず声を出した。
「あの・・・ユ、ユイ・・・さん?」
頑張ってはみたものの、やはり『さん』を付けてしまう。
しかし今度はそれをとがめることはしない。そして何かを決心するようにゆっくり頷くと頬を赤らめ言った。
「・・・雄太。お前はリリーナ様のことをどう思っているんだ?」
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