第34話 じれったいですね。

「え、あ。その、リリーナさんのことを?」


「そうだ。ゆ、雄太の気持ちを知りたい。」


いきなりこの人は何を言い出すのだろう。まるでリリーナに好意を持っているかどうか知りたいみたいじゃないか。それにこの真剣な目つき。


あれかな?もし仮に『好きだ』なんて答えようものなら「姫様に手は出させない!」とか言ってその腰にある剣で斬られちゃうのかな・・・あり得る。


大丈夫、俺が彼女に抱いているのはそれとは別のもの、なはず。


「あ、いや。その。なんというか、リリーナは一生懸命で頑張ってるなと思ってる。」


頭の中には畑の中で一生懸命作業をする彼女の顔が浮かんでいた。


「・・・それだけか?」


「だけって・・・?」


「あ、いや。その。」


ユイは口ごもる。倉庫の中には何とも言えない空気が漂っていた。






「あぁ、もうっ。じれったいですね。さっさと雄太さんのことが『好き』と言えばいいのに。私のことなんか引き合いに出さないで。」


「・・・リリーナ様、のぞきとは褒められたものではありませんな。」


「そう言うあなたも見ているではありませんかクラウス。それにお婆様やプリムまで。」


「孫が青春している場面を見る機会なんて普通ないからね。いい冥土の土産になるよ。」


「むぅ、雄太はボクがお婿さんにしてあげるのに。ユイ、抜け駆けズルい。」


「プリムはまだちょっとお子様ですからね。」


「ボク、大人だよっ。」


倉庫の入り口が少し開けられ、そこからリリーナ、クラウス、プリム、婆ちゃんの4人が中の様子を窺っていた。息を潜め、ヒソヒソと会話をしている。


「昨日の夜も彼のことを気にする素振りをしてましたし、最近ユイの雄太さんを見る目は確実に変わっていました。男にトラウマを持つあの子がどんな行動をするか興味あったのですが。まさか、早朝からこんな雰囲気になるとは思いませんでした。」


「雄太みたいないい年してうだつの上がらない男がいいものかねぇ。まぁ、あたしの孫なんだけどさ。」


「あら、お婆様。雄太さんはカッコいいんですよ。やる時はやるんです。」


「ボクも雄太のこと好きだよ。」


「人は見かけによらないものだねぇ。何にせよもう30を超えてるんだ。早くお嫁さんを見つけて仕事に専念して欲しいよ。」


「では、成り行きをしっかり見守りましょう。」と、リリーナは小声でみんなに呼びかけ扉の隙間へ顔を再度近づける。そんなリリーナを見ていたクラウスは言った。


「・・・リリーナ様、ご自分のお気持ちはどうされるおつもりですか?」


「何のことだからさっぱりわかりませんよ、クラウス。」


彼女は顔を上げることなく答える。


「わかっていらっしゃるのでしょうに。」


「・・・。あ、雄太さんが何か言いそうですよ。」


質問に答えないリリーナに対し、クラウスは小さなため息をつくと自分も倉庫の中へと視線を戻した。


――――――

「・・・リリーナはこの世界に来て、運がいいのか悪いのか婆ちゃんに見つかって丸め込まれた。お姫様なのに泥まみれになる農業をすることになってさ。大丈夫かな、と思ってたよ。だけど文句一つ言わずに笑顔で頑張ってる。だから一緒にやりましょうって言われた時に協力したいって俺も思ったんだ。」


俺はリリーナが部屋に来て話しをした時のことを思い出していた。俺が農業に専念するきっかけになった夜を。あの時は単純に助けてあげたいくらいの軽い気持ちだったけど、満田や公爵の件があってからその思いは確実に強くなっている。


「それは、つまり。リ、リリーナ様のことを、す、『好き』だから手を貸すということか?」


耳まで真っ赤にしながらユイは問いかけて来る。俺は慌てて手を振った。


「いいい、いやいや。ちょっと違うかな。好きは好きだけど、あー・・・うん。お、応援したいって感じかな。」


「応、援?」


「そう。一生懸命な子には頑張れって声を掛けたくなるだろ? そんな感じ。」


「そ、そうか。応援・・・か。私もリリーナ様のことを心の底から応援している。」


「はは。俺はユイやプリムのことも頑張れって思っているよ。」


「なるほど。そうだな。よ、よかった。変なことを聞いてすまなかったな。は、ははは。」


「「あははは。」」


何が『よかった』のかそれを聞くべきだったのだろうか。だが、ユイが何かをごまかすように笑い出したため俺もつい合わせてしまうのだった。


―――――――


「・・・リリーナ様。顔が不機嫌そのものになっています。」


「2人の奥手ぶりを見ていたらイライラしてしまいました。私をダシにするのは構いませんがユイもあそこまで聞くのなら自分の気持ちをはっきりと言うべきです。剣士はその思い切りの良さが売りでしょうに。」


「誰もがリリーナ様みたいに口に出せるわけではありません。それに、その顔の理由はそれだけではないと思います。」


クラウスの言葉をリリーナは再び受け流し、答えなかった。


「あれじゃ、まだまだ進展しなさそうだね。あ~あ、時間がもったいなかった。わたしゃ作業に行くよ。」


「あ!お婆ちゃん。待って、ボクも一緒に行く。」


そう言ってプリムは勢いよく立ち上がる。すると、前かがみになっていたクラウスのお尻にプリムの後頭部がちょうどぶつかり、ドンッと押してしまう。


「むおっ!」


「え!?きゃっ!!」


前へと動く力が加わり、クラウスはリリーナを巻き込みながら倉庫の中へとなだれ込んでしまうのだった。



バタンッ!ガタガタッ。


突然鳴り響いた大きな物音に俺とユイは体をビクッと震わせる。


「い、いたた。」


「リリーナ様、申し訳ありません。お怪我はありませんか?」


「・・・大丈夫です。」


クラウスがリリーナに手を差し伸べ、彼女は起き上がる。外ではプリムが婆ちゃんと一緒に『あちゃー。』という感じで手を顔に当てながら立っていた。


「みんな、聞いていたのか。趣味悪いよ。」


「え!?」


俺とユイの会話はどうやら盗み聞きされていたらしい。ユイはそれを聞いて青ざめている。すると、立ち上がったリリーナがツカツカとこちらに歩み寄るって来た。そして、まるで学校の先生のように腰に手を当てながら大きな声で言う。


「ユイ。もっと『はっきり』、『わかりやすく』言わないと雄太さんに思いは伝わりませんよ。『好き』ならす、むっ、もががっ。」


だが、彼女は最後まで言葉を発することはできなかった。ユイが涙目になりながら必死な顔で彼女の口を押えている。


「リリーナ様!ちょっと向こうでお話がっ!!」


リリーナはユイに引きずられ倉庫を出て行った。そんな2人を見てクラウスは「やれやれ。」とつぶやき首を振る。


「・・・雄太。そろそろ店に行く時間だろ。さっさと準備しな。」


「あ、ああ。」


呆気に取られていた俺は婆ちゃんの声で我に返った。商品を急いで車へ積み込むと店へと向かう。道中、心臓の鼓動がなかなか元に戻らないのが不思議だった。


・・・ユイとは帰って落ち着いてからもう一度話しをしよう。何が何だかわからくなってしまったから。

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