第32話 やはり素材がいいのです。
「くそっ、あいつら。」
追いかけて来るミートリオを振り切り、屋敷へと逃げ込んだ。それを見たクラウスさんが笑顔で話しかけて来る。
「楽しそうですね。」
「楽しくなんかないっすよ。逃げるの大変なんですから。ユイさんはともかく、リリーナさんとプリムはこうなるってわかって言うから困ります。」
「雄太殿をからかうのが本当に楽しいのでしょう。あちらの世界に戻った際も『雄太さんはどうしてるでしょう。』と思っていることが口に出ていましたからね。プリムも『早く雄太のところに帰りたい。』などと駄々こねてました。」
・・・そう言われると悪い気はしない。少々恥ずかしくもある。
「まぁ、こっちの世界を気に入ってくれてるのは嬉しいですけど。」
「世界だけじゃなく、雄太殿やお婆様との暮らすのがいいんだと思います。もちろん、私もですよ。」
「・・・ありがとうございます。」
俺は顔が赤くなるのがわかった。
「あ!雄太見っけ。ねぇ、みんな、雄太ここにいたよ!!」
突然、窓の外から俺を見たプリムが大きな声で誰かに合図を送る。もちろん牛田達だ。奴らはすぐに駆けつけへばりつく。
「黒崎くぅん。」 「何で。」 「逃げるのかな?」
「死にたくないからだよっ。」
プリムの奴、後で覚えてろ!
俺はその場から一目散に逃げだし、部屋へと立てこもるのだった。
――――――
「あら、雄太さんは?」
入浴を終え、食堂へと入ったリリーナはクラウスに尋ねる。雄太をはじめとして男たちの姿はどこにも見当たらない。
「夕方からずっと自室におられます。ご友人たちが外で待ち伏せしているので、出るに出られないのでしょう。」
「ふふ、仲良しさんですね。・・・いつになるかわかりませんから、先にいただくとしましょうか。」
女性陣は手を合わせ『いただきます。』と言い、夕食を食べ始めた。
「今日はロールキャベツというものに挑戦してみました。うまくできていると思うのですが・・・。」
クラウスの心配そうな声をよそに、リリーナは皿の中でスープに浮かぶ緑の塊に箸を入れる。それは何の抵抗もなく箸を受け入れ、2つに分かれるとまるで『限界だった』と言わんばかりに肉汁をトロッと溢れさせた。彼女はそれを崩してしまわないよう気をつけながらソッと口へと運ぶ。
「ん~!・・・や、柔らかいです。それに野菜とお肉の甘みがすごい。」
思わず口元を手で押さえ、うま味を逃がさないようにしていた。それを見ていたユイ、プリムも真似をして食べる。口に広がった美味しさで彼女たちも恍惚の表情を浮かべていた。
「う、うまい!」 「おいしぃ。」
「・・・よくできてるさね。とても初めて作ったとは思えないよ。」
婆ちゃんの満足気な声を聞いてクラウスはホッと一息つき、体の力を抜いた。
「そう言ってもらえると安心します。キャベツはサキ様の畑で採れたもので、固さのある芯には隠し包丁を入れてあります。お肉は玉崎様からもらった豚スネ肉です。脂と一緒にミンチにした後、一晩寝かせて熟成させました。」
「お肉を熟成って、こんなにも甘くなるものなのですか。」
リリーナは驚きキャベツに巻かれた豚肉をまじまじと見る。
「玉崎様に聞いたところ豚肉は熟成に向かないらしいのです。ですが、昔アクの強いバルベア肉を挽き肉の状態で寝かせて調理いたのを思い出しまして。もしかしたらと。」
「・・・それが成功したということですね。さすがクラウス素晴らしい腕前です。」
「ありがとうございます。しかし、やはり素材がいいのです。サキ様のキャベツと玉崎様の豚肉が素晴らしかったからこの味が出せました。」
「嬉しいこと言ってくれるね。」
「おかわり!!」
プリムは皿を持ち上げ叫んでいた。
「こらっ、プリム。よく噛んで食べろ。」
「むぅ~、そんなこと言ってもこんなに柔らかいと噛む必要ないんだよ。それにユイだってもう全部食べちゃってるじゃないか。」
「こ、これは・・・。お、美味しいから、つい。」
「じゃあ、ボクと一緒におかわりもらおうよ。ね?」
「し、仕方ないな。・・・クラウス殿、お願いできるだろうか。」
「もちろん、喜んで。」
「ボク、大盛り!!!」
食堂は穏やかな笑いに包まれていた。
―――――――
「・・・なぁ。腹減っただろ?こうしてても空しいだけだし。一旦水に流して飯食べに行かないか?」
「お前を。」 「殺したら。」 「食べに行く。」
扉の向こうで居座っている牛田達に停戦を求めたが即却下された。夕方からこの状態が続いており、食堂から漂ってくる美味しそうなニオイにつられ男たちの腹はグーグーと鳴っている。
「誤解だって言ってるだろ?リリーナさんたちと一緒に風呂入ることなんかないんだ。」
「・・・。」 「・・・。」 「・・・ユイさんが言ってたノゾきの件は。」
「あ、あれは。」
「俺達が。」 「ノゾくのは注意して。」 「一人だけ楽しんでいたのか?」
「じ、事故だって。ノゾこうと思ってたわけじゃない。すぐユイさんにボコボコにされたさ。」
「・・・。」 「ちなみに。」 「ユイさんの下着の色は何色だった・・・?」
「(あの時は・・・)は、はいてなかったかな・・・(タオルで隠れててよく見えなかったけど)。」
「「「てめぇ!!!」」」
外では「やっぱり殺す!」「一人だけ楽しみやがって!」などという怒声が飛び交い、そして俺達はその状態のまま朝を迎えるはめになる。
・・・部屋の空気は6月だと言うのにとても冷たかった。
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