第17話 雄太と一緒にいたい。

「・・・(ババッ)」 「・・・(ババッ)」 「・・・(ババッ)」


ユイがヴァレンタインを振り上げるのに合わせて、俺達は土下座する。息ピッタリだ。


そんな俺達にユイは人を見る目とは思えないほどの冷たい視線を浴びせていた。


「本当に去勢してやろうか。」


「「「ごめんなさい。許してください!!」」」


怖っ、何その優しさがまったくない声。本当にやりそうなんだけど。


竹をその剣で楽々と切った光景が思い浮かぶ。どうにかして助かろうと額を床にこすりつけた。


「ユイ、剣はそんなことに使ってはいけません。それは私を守るためにあるのでしょう?」


「はっ、申し訳ありません。ですが、こいつらが姫様に破廉恥な言葉を教えているようでしたので。」


「雄太さんたちは私にお肉のことを教えてくれていたのです。その早とちりするクセは治したほうがいいですよユイ。」


「すみません。気を付けます。」


どの口がそんなこと言うのかな?こうなることわかって『去勢』って言葉を2回も使ったくせに。


「みなさん、もう大丈夫ですよ。」


「助かったぁ。」と言いながら牛田と玉崎が顔を上げる。2人は感謝の眼差しをリリーナに向けていた。


俺達はリリーナに遊ばれているんだぞ。見ろ、あの『この人たちをからかうのも楽しいですね。』みたいな顔。お前たちも早く気づいたほうがいい。


―――――

「ではユイも一緒に教えてもらいましょう。牛や豚のオスを去勢するとどうなるのですか?」


「僕が『わかりやすく』お話ししましょう。」


玉崎が颯爽と立ち上がる。出遅れた牛田は苦い顔をしていた。自分が説明したかったらしい。


「オスの肉は『固くて、脂が多くて、臭くて色も悪い』と先ほど言いました。」


「男は肉の世界でもいいとこなしだな。」


ユイが鼻で笑う。


「さて、そこで雄太を見てください。」


え?俺?


「はい。」と言いながら笑顔をこちらに向けるリリーナ。


ユイは「あまり直視したくないのだが・・・。」と言いながらしぶしぶ見てくる。


「オホンッ。もし、雄太が小さい時にナニを切り落とされ『女として育てられて』いたら。どうなっていたと思いますか?」


おいっ!?


「雄太さんが女の子として・・・ぷっ、あははは!」


どんな姿を想像したのだろうか、リリーナは吹きだしお腹を抱えて笑い始める。


「むしろずっと人間らしくなっていたのではないか?」


今の俺って人間ですらなかったの!?


「この顔で女だろ?気持ち悪くてしょうがないと思うぜ。」


オーケー牛田。次は絶対お前を例えにする。


「わ、笑い過ぎて苦しいです。そ、そうですねぇ。小さい頃からということですから、やっぱり女の子らしくなるんじゃないですか?」


「いい答えです。リリーナさん。」


玉崎は満足気に頷いた。


「子どもの時に去勢された牛や豚は『女らしく』育つんです。肉質は柔らかく、変な臭いもしません。若干、脂肪がつきやすくて、肉色は濃いですけどね。」


わかりやすい、わかりやすいよ玉崎。でもさ、俺を使って説明する必要あった?


「女らしく育つ・・・か。」


「ユイ?」


「すみません、昔のことを思い出してしまいました。何でもありません。」


ユイはどこか寂しそうな顔をしていた。


―――――

「玉崎さん、すごく勉強になりました。ありがとうございます。」


リリーナにお礼を言われ、玉崎は「いやぁ。」と嬉しそうに頭をかいた。反対に牛田は悔しそうに地団駄を踏む。


「リ、リリーナさん、他に聞きたいことはありませんか?この牛田が何でも答えますよ。」


「そうですねぇ、ふふふ。また今度詳しく教えてください。」


牛田はサラッと交わされてしまいガックリと肩を落とした。


「楽しい時間はあっという間ですね。お喋りをしていたらもうこんな時間です。雄太さん、そろそろお店のほうに行かないと。」


リリーナに言われ壁にかかった時計を見る。いつも店に向かって出発する時間はとうに過ぎていた。


「うわっ、やっべ。」


商品を急いでコンテナに入れる。早く行かないと自分の商品を並べるスペースがなくなってしまう。ただでさえ満田の嫌がらせがあっていい場所は確保できないのに。


「牛田、玉崎。悪いんだけど店も一緒に行ってくれない?」


車からの積み下ろし、陳列は3人がかりでやれば効率いいはず。


「いやだよ。何で俺達が。」 「自分で頑張れよ。」


即座に断ってそっぽを向く2人。そうだった、こいつらは『女の子の前』でしか頑張らない奴らだった。


そんな2人を見ながらリリーナがつぶやく。


「あぁ、こんな時に頼れる男性はどこかにいないでしょうか。困っている人を見捨てることのできない優しい人が・・・。」


あざとい。牛田と玉崎に聞こえるように言ったな。


「黒崎君!1人でやるのは大変だろう。俺と玉崎が一緒に行ってやろうか。」


「くっ、自分の仕事もある。だけど、友達を友達を見捨てるなんて無理だ。優しさが抑えきれない。」


2人はコンテナを持ち上げきびきびと車に運び始める。


お前らって、本当バカだよなぁ。


リリーナをふと見ると、『これでよかったですよね?』という表情でこちらを見ていた。


はい、さすがです。助かりました! 


俺は彼女にこの時ばかりは感謝するのだった。


―――――

コンテナを車へ積み込んでいると、突然、首から背中にかけてズシッと重たくなる。


「な、なんだ!?」


驚いて振り返るとブカブカのパーカーに身を包んだ小柄な女の子、プリムが抱き着いてぶら下がっていた。


「エヘヘ、おはよ。クラウスがご飯できたって。」


「プリム、びっくりするからやめてくれ。今から店に行かないといけないから飯は帰ってから食べるよ。」


「むー、雄太と一緒に食べたかったのに。」


唇を尖らせ頬を膨らませるプリム。くっ、この可愛さは反則だ。できることなら俺も一緒に食べたい。


「黒崎、いってらっしゃい。」 「プリムちゃん、俺達と一緒に食べようね。」


牛田と玉崎がプリムの両脇をそれぞれ持って背中から降ろす。


「おい、お前らは俺と一緒に店だろ。さっさと車に乗れよ。」


「黒崎、お前はなんてひどいやつなんだ。こんな可愛いプリムちゃんを家に1人で残して行くって言うのか!?」


「いや、1人じゃないし。そこの2人に婆ちゃんやクラウスさんもいるし。」


「人でなし!!」


「いや、人間だし。」


「そうだ!雄太の亭主関白!!」


・・・それは違うな。俺はこの家で権力持ってないし、そもそも誰の亭主でもない。雰囲気にのっかるのはやめなさいプリム。


3人が一緒に騒いで収拾がつかなくなる。


それを見かねたリリーナが中へと入って来た。


「プリム、わがままを言ってはいけません。」


途端に男どもは大人しくなる。プリムは不満そうな顔で下を向いた。


「でもぉ。」


「私たちと雄太さんが帰って来るのを待ちましょう。ね?」


「・・・雄太と一緒にいたい。」


プリム?嬉しいけど、そんなこと言ったら・・・ほら、牛田と玉崎が嫉妬で怒り狂ってる。


「お店に連れてってよ雄太。」


上目でこちらを見る。少し涙目になっていた。


「くっ・・・それは、ダメなんだ。あの店にどんな変態が待っているかわからない。」


「牛田みたいなやつがいるしな。」 「玉崎のようなやつがいるしな。」


2人は声をハモらせると「「何だと!?」」といがみ合う。


「ほら、こんなやつらがわんさかいるから危険なんだ。・・・なるべく早く帰るから家で待っててくれ。」


「・・・わかったお土産よろしくね。」


俺達は異世界の女の子3人に見送られ、車を店に向かって発進させた。





道中、牛田と玉崎から暴言を浴びせられ続けたのは言うまでもない。

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