第16話 去勢します。

「うえっ・・・。気持ち悪い。あいつら飲み過ぎなんだよ。」


屋敷を出ると朝霧が立ち込めていた。風もどことなくぬめっとしている。不快な湿度が二日酔いをよりひどいものにする気がした。


昨日は男たち4人で夜遅くまで飲んでしまった。初めは異世界の女の子と出会えたことを祝うミートリオの3人につられてしまったが、女性陣が部屋に引き上げると日ごろ溜め込んだ愚痴を言い合った。


それにしても、満田の評判は本当によくない。俺だけじゃなく他の出荷者にも嫌がらせしているみたいだ。せめて商品だけでも普通に受入れしてくれればいいんだけど。


もうすぐ梅雨だ。雨だと農作業ができないので収穫が減る。当然、商品の出荷も少なくなるからそこに満田の妨害があるとまとも稼げるわけがない。


青年団のみんなで何とかできればいいけど。そんなことを思いながら倉庫へと入った。


「おはようー。」


頭痛の影響でいつもよりトーンが低くなる。


「うーす。」


「ぉう。」


期待していたのは俺のお古 (ジャージ)を着て一生懸命作業する異世界のお姫様の明るい声。


しかし返って来たのは、肉用牛のようにしっかりと体に栄養を蓄えた牛田と、ちょっと個性的な鼻の形をした玉崎の気だるい声だった。


一気にやる気が失せる。


俺は毎朝、リリーナにどれほど癒されていたのか思い知らされた。


「・・・何してんの?人の家の倉庫で。」


「用意してるだろ野菜を。見てわかれよ。」


「新ジャガは洗って袋に詰めといだぞ。今はカボチャを半分に切ってる。長期間保存できるけど、丸ごとは売れにくいからな。」


やけに手際がいい。そりゃそうだ。こいつらも農家の息子だ。基本はできている。だけど、自分の商売はどうした、牛と豚の世話は。


「手伝ってもらえるのは嬉しいけど、お前らの仕事は?」


「鳥飼が起きないから帰れないんだよ。車あいつのだし。」


そういえば鳥飼がここにいない。間違いなく二日酔いのせいだろう。自ら大量に飲んでいたし自業自得だ。


「暇だから酒を飲ませてもらった分は働いて返しとこうって牛田と話になったんだ。」


ごめん。俺、お前らのこと誤解してた。自分の商売(畜産農家)と女のこと(嫁探し)しか興味のないやつらだと思ってた。少しはいいところがあったんだな。


すると、倉庫の扉が開いて1人の女の子が入って来る。彼女はちょっと大きめのジャージを着て、ピンクの髪を後ろで一つにまとめていた。


「お、おはようございます。みなさん、早いんですね。」


「「もちろんですよぉ!だって俺ら農家ですから。朝早いのへっちゃらです!!」」


前言撤回、こいつらリリーナに会うためだけにここへ来たんだ。その証拠に顔が満面の笑みになってる。


「ほとんど終わらせちゃいましたから、リリーナさんはその辺に座って見ててくださいよ。」


「そんな!?私にもやらせてください。お仕事なんですから。」


牛田と玉崎が作業をしている大きなテーブルに近寄り必死に訴えるリリーナ。彼女が近くに来るだけで2人はドギマギしていた。


「じゃ、じゃあこのグリーンピースの中身を出してもらえますか?お、俺の隣で。」


「おい、ちょっと待て玉崎。お前のとこカボチャの山で作業できるスぺースないじゃないか。リリーナさん、こちらへどうぞ。」


「おいおいおい、牛田。お前のその巨体の横じゃ狭くて暑くてやり難いだろ。俺のところを片付けるから。」


2人に譲る気持ちはなく、「俺だ。」「いや、俺だ。」と言い争いを始めた。


やれやれ、困ったやつらだ。リリーナ、どうするんだ?どっちを選んでも片方の恨みを買うけど。


「そうですねぇ。」


彼女は下唇に右手の人さし指を当てながら考える。すると、何かいい考えが頭にピンッときたようだ。


「えいっ。」


何故か俺の左腕に両手で抱き着くリリーナ。


「私は雄太さんと一緒にやります。そのほうがお二人の邪魔はしませんものね。雄太さん、あっちの小さいテーブルでやりましょう。」


え!?ちょっと待って。そんなことしたら・・・ほらぁ、牛田と玉崎が『絶対殺す!』っていう目をしてるじゃん。


そんなことはお構いなしにリリーナは俺をグイグイ引っ張って隅にある小さなテーブルの方へと行ってしまう。


「よろしくお願いします。雄太さん。」


出てる。顔に出てるよリリーナ、『こうしたら面白いことになりそう』っていうのがもろに。


その後、俺が牛田と玉崎にボコボコにされたのは言うまでもない。


―――――

「そういえば牛田さんと玉崎さんは昨日食べさせてもらったお肉を作っているんですよね。」


俺が牛田と玉崎に暴行を受けるのを面白そうに見届けた後、リリーナは2人に話しかける。それが嬉しかったのか2人はしどろもどろになりながら答えた。


「げ、厳密に言えば肉になる前、です。俺は牛で、こ、こいつは豚を育ててます。」


「そそそ、その通りです。」


「昨日のお肉とっても美味しかったですよ。私の世界だったら間違いなく最上級の部類に入りますね。貴族たちが欲しがりますよ。」


褒められて2人はだらしない顔をする。


「そ、そう言われるとやっぱり嬉しいなぁ。だけど、普通の出来だったよな。」


「お、おう。いつも通りだった。逆に聞きますけど、リリーナさんの世界ではどんなお肉があるんですか?」


あ、それは俺も興味あるな。聞いてみたい。


「そうですねぇ、お肉はバルムント公爵の領地で狩人が獲って来るものが多いです。彼の領地は大部分が森林で、そこに住むバルベアの肉が有名です。でも、どちらかと言えば固く、色も赤黒いんですよね。」


彼女の世界で肉は狩猟による調達方法が主流らしい。それとこの国の牛肉・豚肉と比べたら見た目や味、どちらも天と地ほど差があるかもしれない。


「リリーナさん。婆ちゃんから聞いたかもしれないんですけど、この日本で狩りは今ほとんど行われていません。」


「美味しい肉を作るためには適切な飼育と迅速な食肉処理が必要です。」


「だから牛や豚はストレスを感じない環境で育てられてます。空調が完備されている家畜小屋もあるくらいですよ。」


牛田と玉崎は勝ち誇ったように話す。リリーナは純粋に驚いていた。


「すごい、私のいた世界とはまるで違います。そう言えば牛田さんが持って来たのはメスのお肉とおっしゃっていました。性別の管理もされているのですか?」


牛田は「当然です。」と頷く。


「オスの肉なんか出しても食べられなくてクレームになりますからね。」


「食べられないなんて初耳です。オスには何か欠点があるのでしょうか・・・。」


「リリーナさん、昨日話してたロリータ公爵のことを思い浮かべてください。」


玉崎は何かいい例えを思いついたのだろう。リリーナは言われるがままに目をつぶって中年公爵の姿を思い浮かべた。


「どうです?その人をお肉だと思って。柔らかそうですか?」


「・・・いえ、むしろ固いし脂も多そうだな、と。」


「焼いたら美味しそうなニオイすると思います?」


「・・・いえ、失礼だとは思いますけど、その、いいとは言えないと思います。」


「つまりそう言うことです。オスの肉は固くて脂が多くて、何よりとっても臭いんです。色も悪いですしね。」


うん。わかりやすかったと思うよ玉崎。でもね、その例えって別にロリータ公爵じゃなくてもいいよね。俺達でも当てはまっちゃいそうだよ。言わないけどさ。悲しくなるから。


「そんな!?ではオスとして生まれてしまった牛や豚はどうなってしまうのですか?彼らも好きでオスに生まれるわけじゃないでしょうし。」


「それは、その、ちょっと言いにくいんですが、きょ、去勢します。」


つまりオカマにするのだ。


リリーナは一瞬呆気に取られる。しかしすぐに真顔で聞き返した。


「去勢をしたらどうなるのでしょう。」


ユイと違ってリリーナはこの手の話でもまったく恥ずかしがらないな。逆に俺達の方がドキッとさせられることが多い。


「去勢をするとですね、オスの肉がメスと同じように・・・」


「姫様、ここですか!?・・・うっ、男がこんなに。」


玉崎が説明しようとしたその時、倉庫の扉を突き飛ばしながらユイが中へと入って来る。ジャージのズボンとT‐シャツだけというラフな格好で、手には剣をしっかりと握っていた。


玉崎があんな例えするからいけない。今の彼女は薄着のため体のラインがはっきりとわかる。非常に柔らかそうだ。


「ちょうどいい所に来ましたユイ。今、みなさんからお肉のことについて教わっていたのですよ。これからオスのお肉を食べられるようにする秘訣、去勢について聞くところです。あなたも『去勢』について一緒に勉強しましょう。」


「きょっ!?」


「ちょっと!?リリーナさん。何で2回も言うんですか。しかも強調して。」


あぁ、もうっ。そんな『私そんなまずいこと言いましたか?』みたいな顔をするのはやめてください。


絶対わざとだ。


ユイは顔を赤らめてワナワナと震えている。やはり彼女は恥ずかしがり屋だ、でもこれが普通なのかもしれない。





「き、貴様ら、姫様に何てこと教えてるんだーーーー!!!」




ユイはヴァレンタインを振り回しながら襲い掛かって来る。・・・全員あと一歩で去勢されるところだった。

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