第18話 私はしがない使用人です。

黒崎家の食事は全てクラウスによって作られている(プリムがイタズラのために作るのを除く)。


料理は彼の数ある特技の1つでリリーナも『王宮の料理人にも負けない』と大小判を押すほどだ。


そして、今日の朝食は日本人の定番『ご飯とみそ汁』である。


「今日の朝食はご飯、お味噌汁、ポークウインナー、サラダと大根の漬物です。」


クラウスがメニューを説明すると婆ちゃんが「いただきます。」と言い、リリーナ達もそれに続いた。


「(ズッ・・・)ん、おいしい。」


一口飲むだけで白味噌の風味と甘い味、小魚でダシを取ったことによるコクが舌に広がる。そこに今まで食べたことない新しい味もあった。


「クラウス、今日のお味噌汁はいつも以上に美味しいですね。この緑色でキラキラしたのは何でしょうか。」


「私は、(ポリポリ)、この漬物が、(ポリポリ)、絶品だと思います。ほんのりとした甘みがあって。ご飯が何杯でも食べられそうです。」


ユイはすぐさま「おかわりをお願いする。」とクラウスに言う。3杯目だと言うのに止まらない。


「ボクはこのウインナー好き。皮がパリパリしてて。」


ウインナーを頬張るプリムは口の中で皮の弾ける感触を楽しんでいる。


「ふーむ、今日も文句の付けどころがないね。」


そう言いながら婆ちゃんもご飯のおかわりをもらっていた。


彼女たちが美味しそうにご飯を食べる姿を見ながら、クラウスは「ありがとうございます。」と嬉しそうに頭を下げる。


「姫様、お味噌汁に入っているのはアオサというものです。」


「これが、アオサ・・・。」


リリーナは箸でアオサを掴む。それを見た婆ちゃんが言った。


「アオサは雄太が春先に岩場で採って乾燥させてたものだよ。海藻の1つさ。香りがいいだろ?」


「はい、私これ好きです。」


「アオサはね栄養や食物繊維もたっぷり入ってるんだよ。それにね。」


「・・・それに?」


「そいつは高く売れるのさ。来年、あんたたちも採るといいよ。2月から4月くらいまでしか採れないからね。」


「こんなに美味しいのにお金にもなるなんて。素敵食材ですね。覚えておきます。」


リリーナの返事を聞いて雄太の婆ちゃんは「けっこう、けっこう。」と笑った。


「それにしても、たった1ヶ月でここまでの味を出せるなんて。クラウスさん、あんたタダ者じゃないね。」


「いえいえ、私はしがない使用人です。」


「・・・あんたは1人でもこの世界で十分にやっていけるよ。お店でも出したらいいのに。」


「私はメイザース家に仕えることこそが自分の人生だと思っておりますのでこの道以外はありません。ですが、ありがとうございます『サキ』様。」


「!?・・・バ、バカッ。い、いきなり名前で呼ばないでおくれ。」


「そういうわけにはいきません。」


クラウスに真顔で返され雄太の婆ちゃん『サキ』は顔を真っ赤にしていた。それをリリーナは面白そうに見る。


「なんだい、その『何かが始まりそうかしら?』みたいな顔は。何にもありゃしないよ。」


「私は何も言っていませんが。」


フフッとリリーナは笑った。サキ婆ちゃんは赤い顔のままプイッと横を向く。


「まったく、ババアをからかうんじゃないよ。」


それを見ていたユイやプリムは思わず吹き出し、食卓には穏やかな笑い声が響くのだった


―――――

「食後は緑茶にしましょう。」


朝食を食べ終えるとクラウスが全員にお茶を配る。その湯呑からは湯気が立ち上っていて中身が温かいことがわかる。それを飲んだ婆ちゃんはゴホンと咳払いをして話し始めた。


「リリーナちゃん、雄太が帰って来てから話そうと思ってたんだけどね。」


「はい。」


「忘れるといけないから言っておくよ。今日からあんたたちに畑を自由に使わせてやろうと思うんだ。2面ほどね。」


「本当ですか!?お婆様。」


「冗談言ってどうするんだい。橋の近くに冬から何も作ってない畑がある。そこを使うといいよ。」


「プリム!」 「リリーナ様!」


嬉しさのあまりリリーナとプリムは立ち上がって抱き合った。それを見たユイは「姫様、行儀が悪いです。」と小言を言う。


「ごめんなさいユイ。でも嬉しくって。だってこの世界で初めて畑を手に入れたのですよ。」


はしゃぐリリーナのその顔は無邪気な子どものようだ。


「それは、もちろんいいことなのですが。でも・・・婆様、急にどうしてです?」


「あんたたちがこの1ヶ月サボらずに頑張っているのを見てたから任せてもいいかと思ってね。それに最近のリリーナちゃんは『自分でも何か作りたい!』って顔をずっとしてたからさ。」


「・・・私、そんな顔に出ていたかしら。」


「姫様、おそらく丸わかりだったかと。」


クラウスに言われ「・・・気を付けます。」とリリーナは言う。


「ありがとう!お婆ちゃん。」


プリムは婆ちゃんの傍に行ってお礼を言った。そんな彼女の頭を「いいんだよ。」と言いながら婆ちゃんは撫でる。


「それにね、これは雄太のためでもあるんだ。」


「雄太さんの?」


「そう。この畑のことにあたしは口出ししない。雄太とリリーナちゃんたちが協力して野菜でも果物でも何か作れるようになって欲しい。」


「でも、雄太さんはお婆様と一緒に野菜を作ることができているじゃないですか。」


「それじゃダメなのさ。今はあたしの言うことを聞いてただ体を動かしているだけ。自分で悩んで行動しないと農業はできるようにならない。あたしがいなくなった時のためにあの子が食べていけるようにしてあげないとね。」


「お婆様は雄太さんのこと心配なのですね。」


「雄太だけじゃない、あんたたちもさ。頑張って生きていける力をつけるんだよ。」


「お婆ちゃん・・・。」


プリムは婆ちゃんのところへトコトコ歩いて行き、そのまま抱き着いた。


「お心遣い恐れ入ります。」


クラウスとユイは深く頭を下げる。リリーナはゆっくり頷くと力強く言った。


「わかりました。雄太さんと一緒に立派な畑にしてみせます。ね、みんな。」


「「「はい!」」」


全員の声と心は一つになった。それを見た婆ちゃんは優しそうにニッコリと笑い、


「その意気だ。頑張っておくれ。そして、あたしへの借金を早く返しとくれよ。」


と言った。


―――――

店に着いた俺達は急いで商品の入ったコンテナを降ろす。店内に入ると客の目にとまりやすい棚はこれ見よがしに商品が積まれ、反対に誰にも見向きされないような死角となる場所は空いていた。


まるで、「ここだよ。」よ言わんばかりに。


「やっぱり出遅れちゃったか。仕方ない。俺がラベルを作ってくるから、2人はあそこに商品を運んどいて。」


「「わかった。」」


店の事務所には商品ラベルを作る機械がある。この時、自分の好きな値段を付けることができるのが直売所のメリットの1つだろう。


「カボチャは1個200円、半分に切ったやつは100円・・・っと。これで全部だな。」


ラベルを作り終えて事務所を出ようとうする。するとドアを開けたところにスーツ姿の男が立っていて、ぶつかりそうになった。


「あ、すみませんっ。」


「おっとっと。・・・ん?やぁ!黒崎君じゃないか。」


「え!?・・・ま、松本さん?どうしてここに。」


その男の顔には見覚えがあった。以前仕事をしていた時に知り合っている。


「ちょっと視察にね。そうだ、少し時間あるかい?」


「・・・商品を並べなきゃいけないので。その後でよかったら。」


「いいよ。外でタバコでも吸いながら待ってるよ。ゆっくり仕事してくるといい。」


男はそう言うと店の外へと出て行った。懐から小さな箱を取り出し、そこからタバコを取り出して火をつけている。


「黒崎、知り合いか?」


牛田が心配そうに聞いて来た。


「あ、ああ。前の仕事の時にちょっとな・・・。それより、早くラベル付けて並べよう。」


もう二度と会うことはないと思ってたのにな。松本さん、こんな田舎に視察ってどういうつもりだ?

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