第12話 男より女。

「姫様、一度休憩されてはいかがですか?」


「ふぅ。そうね、少し喉が渇いてしまいましたね。」


「紅茶をお持ちしましょう。」


「ありがとうクラウス。」


クラウスさんがお茶を用意するため部屋を出て行く。


リリーナが話し始めてから小一時間は経っていた。最初のうちは食べたり飲んだりしながら聞いていた男たちだったが、今は黙って真剣に聞き入っている。婆ちゃんとプリムだけは目の前の料理を楽しそうに食べていた。


突然、玉崎がテーブルをバンッと手で叩く。


「くっそ、ロリータ公爵め!ユイさんの弱みに付け込んで土地を取るとか、汚ねぇ。」


公爵の名前『ロバート・リー=タイラント』の頭を取ってロリータね。なるほど。


「国のためとか嘘だぜ。絶対何か企んでいやがる。」


鳥飼も相槌を打った。


「雄太さん、ロリータとはどういう意味なのです?」


またこのお姫様はそんな単語に反応して。『面白そう』って思っているのが顔に出てますよ、顔に。


「ええっと、それはですね。プリムみたいな幼い女の子がとても好きな男のことを差す言葉です(たぶん)。」


「プリムみたいな幼い子が好き・・・ぷっ、あははは!」


お腹を抱えながら笑い出すリリーナ。


「ぴったりじゃないですか、ねぇユイ。初夜に見せられた公爵の格好をもう一度教えてください。」


「ひ、姫様!そのことは他言しないと約束したではありませんか。公爵様の耳に入ったらまた何を言われるか。」


「大丈夫ですよ。こちらの世界にその公爵はいませんから。」


どんな格好だったんだろう。すごく気になる。


「おい、玉崎、鳥飼。今のリリーナさんとユイさんの会話聞いたか?」


「「確かに聞いた。」」


牛田の問いに玉崎と鳥飼は同時に頷く。


今、『こちらの世界には』とリリーナは言った。さきほどの話と合わせれば彼女たちが別の世界から来たっていうことが予想できるだろう。


みんな見た目はとても可愛いけど日本人には見えないし。


「まったく信じがたい話だぜ。でも、本当のことなんだろうな。」


そう本当のことなんだよ牛田。彼女たちは異世界人、とある王国の姫様、騎士、魔法使いだ。それに執事もいる。


「初夜って言ってたからな、間違いない。」


うん?玉崎、異世界人に初夜って単語が関係あるかな?


「まだだ、俺は諦めていない。本人の口から聞くまでは納得できない!」


だ、だよね。鳥飼の言う通り。本人から異世界人ですって聞かないと納得できないよね!





「「「ユイさんって、『人妻』なんですか!?」」」





そっち!?異世界人かどうかは気にならないの!?


「ちょっと待てお前ら。そんなことより他にもっと聞くべきことがあるだろう?」


「そんなこととは何だ黒崎!!俺達みたいな独身農家が女の子に聞くべきは、まず『人妻』か『そうでないか』だろ?」


「そうだ。人妻だったら嫁に来てもらうことができないじゃないか。」


「・・・『寝取られ物』は好きだけど、現実でやるとややこしくなるからな。やっぱり独身かつ彼氏持ちじゃない女の子にアプローチしないとな!」


何をサラッと自分の性癖をバラしているんだ鳥飼。


「雄太さん、寝取られ物って何ですか?」


ほら見ろ!好奇心旺盛な姫様が気になっちゃったじゃないか。


「ええと、好きな人とか恋人、奥さんとかを誰かに奪われることです(たぶん)。」


リリーナは一瞬キョトンとしたが、すぐにクスクスと笑い始める。


「ふふ、ユイ教えてあげなさい。結婚はしたけど初夜が終わる前に相手を殴ってしまい離婚されたって。」


ユイは「姫様!」と言うと立ち上がった。そして、リリーナの軽口を止めようと近くへ向かおうとする。


だが、それは3人の男たちが壁になってできなかった。男たちは真剣な顔つきで右手を差し出すと、一斉に頭を下げた。





「「「「結婚してください!!!」」」





早っ!!どういう人かわからないのにいきなり求婚!?


おいおい、気をつけろ?慣れてないのに急にユイの前に立ったら、ほら顔が青ざめてる。


やめろって、もうそれ以上近づかないほうがいい。


襲われそうになっているのはユイだけど、死地に向かっているのはお前らだぞ。


あ、そろそろ限界だな。おおっ、いいパンチが牛田の顔面に入った。うわっ、玉崎、股間を蹴られた。


鳥飼、後ろから抱き着こうとしても無理だよ。あ~あ、もう滅茶苦茶・・・。


3人はボコボコにされ床に倒れ込んだ。これはしばらく起き上がれないな。


「はぁはぁ、私に近寄るなケダモノどもめ。」


彼女はゴミを見るような目をミートリオの3人に向けていた。


「ユイさんは公爵と結婚した日のことがトラウマになって、男性恐怖症なんだ。近寄ると殴られるぞ。気を付けろ。」


「く、黒崎・・・それを。」


「・・・・・・・・・・・早く。」


「・・・・・・・・・・・・・・言えっ、ぐふっ。」


―――――

「おや、盛り上がっていますね。」


紅茶を持って現れるクラウスさん。彼は床に寝ている男たちを見て何が起きたか察したようだ。


「姫様、どうぞ。」


「ありがとうクラウス。ん、いい香りね。」


「雄太さんたちはこちらをどうぞ。」


「いえ、俺達は酒を飲んでいるのでお茶は後がいいんですけど。」


「騙されたと思って、飲んでみてください。」


目の前にリリーナと同じカップが置かれる。中身も紅茶のようだ。


一口飲んでみる。アールグレイの香りが広がったかと思うと、後から甘いフルーツの味とアルコールの苦みを感じた。口の中でそれらが一つになり何とも言えない味わいを作り出す。


うん、うまい!


「ブランデー入りです。」


「へぇ、紅茶とブランデーって合うんですね。」


「メイザース家では紅茶に酒を入れて飲むのが主流なのですよ。領内は茶畑も酒蔵も数多くありますからね。」


なるほど、地元の特産品を領主が率先して消費しているということかな。それにしてもこれ、いくらでも飲めるな。


「雄太さんからお借りした歴史書でも名提督がたびたびブランデー入りの紅茶を美味しそうに飲んでいましたよ。なので今夜作ってみました。」


倉庫にあったあの本か。高校生の時ハマったっけ。歴史書というか小説なんだけど、まぁいいか。


「クラウスさん、おかわりください。」


「スイスイ入るな。」


「俺の家でもやってみよう」


ミートリオがいつの間にか起き上がって同じものを飲んでいる。さっきまで寝ていたはずなのに。


「さて、そろそろ続きをお話しましょうか。私たちがこちらの世界に来てからのことですね。」


「あ、あのリリーナさん?そこからは俺が喋りましょうか?」


「いえ、私にお任せください。雄太さんは飲みながらでも聞いててください。」


「そうだそうだ!リリーナさんに話をさせろ!」


「黒崎の汚い声より、リリーナさんの美しい声の方が断然いいもんな。」


「男より女。簡単な問題。」


お前ら、早くこの子たちが異世界人だって気づいてくれよ。何回も『この世界に』っていうキーワード出てるんだけど。自分の嫁を見つけることしか考えてないの?


「では、再開しますね。・・・私たちは闇に飲まれた際、全員気を失いました。そして、窓に打ち付ける雨の音で目を覚ましたのです。」


俺は何となく嫌な予感がしていた。しかし、それが何なのかその時はわからなかった。

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