第11話 ・・・そこまでは思っていませんよ。

屋敷には来客と話をするための応接室がある。王城における謁見の間はメイザース家の権力を示すため豪華な装飾が施されているが、この家のものは簡素なつくりとなっていた。


執務をするための机と椅子があるくらいで他には何もない。


国の政治の一部を押し付けられるようになってからリリーナは1日のほとんどをこの部屋で過ごしている。


そんな彼女はなんともつまらなそうに今日も一日を終えようとしていた。


「クラウス、次が最後でしたね。」


「はい。ロバート・リー=タイラント・・・公爵閣下です。姫様、そんな『会いたくないやつが来ちゃった』という顔はおやめください。丸わかりです。」


「そ、そうですか。注意しましょう。今回も前回と同じ話かしら?」


「そのようです。イロリナ平原を管理する権利が欲しいとのことでした。」


「あれは平原とは名ばかりの荒れ地です。わざわざ公爵が手にして利のあるようにも思えませんが。」


その時、机の前で重そうな甲冑を着て立っている騎士が申し訳なさそうに頭を下げる。


「姫様、私は隣の部屋に控えております。その、公爵様には合わせる顔がありませんので・・・。」


どうやら苦手なのはユイも同じようね。まぁ無理もないことです。


「いえ、いてください。あなたはもう公爵のものではなく私の騎士なのですから。」


「姫様、お通しします。」


クラウスの呼びかけに無言のまま右手を上げて合図する。すると、待ちかねたと言わんばかりに大柄な男が部屋に入って来た。大仰な身振りで礼をする。


「リリーナ姫!今日も大変お美しい。お会いできて恐悦至極に存じます。」


なんて大きな声、部屋が震えているみたい。この圧迫感、ユイも怖かったでしょうね。


「公爵も変わりなく。高そうな服に大量の宝石類。領地はさぞ潤っていることでしょうね。」


「いやいや、メイザース家の後押しがあってのことですよ。」


嫌味で言ったつもりなのだけど、鈍感なのかしら。


公爵はリリーナに顔を向けたまま横目でユイをチラリと見る。その視線を避けることができずユイはぐらつき倒れそうになった。


逃げたいのが顔に出てますよユイ。


「それで、今日の要件は何でしょうか。」


「はい。イロリナ平原の所有権を頂きたい。あそこはメイザース家の領地。ただ残念なことに管理が行き届いていないご様子。なので私が代わりに統治をしたいと先日から申し上げております。」


一体どんな方法であの土地を活用しようと言うのでしょう。この公爵、変態ですが仕事はできます。


「いかがですかな?悪い話ではないと思います。そう、彼女が私にしたことに比べれば・・・。」


やはりユイのことを使ってきましたか。この公爵は蛇ですね。うま味のある物に喰らいついて離さない。


ユイもわかっていたと思いますが、この男の欲望がそれを予想を超えていましたか。


ですが、それも今日でおしまいにしましょう。


「あの土地はメイザース家でも開発しようと取り組みましたが、これまで全て失敗しています。」


「もちろん。存じております。しかし、私はこれまでとまるで違う方法を手に入れたのです。一年いや半年、時間をいただければ素晴らしい作物が一面に実った景色をご覧に入れましょう。」


「・・・その方法とやらを是非教えて欲しいものですね。」


「すみません、いくら姫の頼みでもお教えすることはできません。画期的な新技術なのですから。もちろん作物が取れれば国内に供給し、利益が出れば税もちゃんと納めます。」


公爵の申し出に欠点はない。彼は『大貴族に暴力を振るった女の子』と『国力増強の可能性』を釣り合わさせている。冷静に考えて破格の条件だろう。


「・・・わかりました。父上を通じてイロリナ平原を公爵にお渡ししましょう。」


「ありがとうございます!全身全霊をかけて働きます。」


公爵はことさら大きな声を出す。リリーナも負けじと言った。


「それと、ユイのことはこの話を持って終わりです。彼女のことは忘れてください。」


「それは・・・残念です。私はいつでも復縁していいと思っていましたのに。ですが承知しました。」


嫌らしい笑みを浮かべながら頭を下げると、公爵は部屋を出て行った。


―――――

「お疲れ様でした。」


クラウスが紅茶を運んで来る。その香りはリリーナの高ぶった気持ちを落ち着かせてくれた。


「ふぅ、疲れた時に飲むクラウスの紅茶、これだけはやめられないですね。大したものです。」


「ありがとうございます。」


「他の執事ではこうはいきません。どうしたらここまで上手に煎れることができるのですか?」


「恐れながら。私の生家は茶畑を営んでおりました。そのため子どものころ茶のイロハを叩きこまれております。」


「なるほど。それでこの味が出せるというわけですか。クラウス、街で店でも出した方がよろしいのではないですか?」


「メイザース家に仕えるのは私の誇りです。」


「そんなものですかね。私はこんな権力を振りかざしているだけの仕事に誇りはもてませんが。」


先ほどから泣きそうな顔をしていたユイがようやく声を出す。


「姫様、私のせいで・・・。」


「別に何の問題もありません。土地が開かれるのはこの国にとってはいいことです。」


「その通り。」


クラウスが相槌を打つ。


「荒れ地が国のための田畑に変わり、私は優秀な騎士を身近におけた。それでよしとしましょう。」


「感謝の言葉もありません。」


「ユイがもし誰かと結婚したいと言うのならまず私に言いなさい。ちゃんと変態かそうでないか調べてあげます。」


ユイは頬をカァッと赤らめる。恥ずかしがっているようだ。


「や、やめてください。もう男はコリゴリです。」


「私があと40年遅く生まれて入れば立候補したのですが。」


クラウスの軽口にユイはひどく冷たい口調で言った。


「クラウス殿、あまり調子に乗らないほうがいい。姫様に仕えるあなたを尊敬はしている。でも男だ。この剣が切るのをためらうとは思えない。」


「・・・肝に銘じておきましょう。」


―――――

「それにしても、父上と兄には困ったものです。面倒な政(まつりごと)を私に任せて軍事ばかり。今日はどちらに?」


「クレーメル国境警備隊の視察とか。・・・姫様、そんな『視察とは名ばかりの観光でしょう?信じられない愚王に愚兄です』みたいな顔はおやめください。」


「・・・そこまでは思っていませんよ。」


クラウスも案外言いますね。


「失礼しました。姫様、貴族院から決済を求める文書がこちらに。」


執務机には紙の束が大量に載せられる。それを見たリリーナは大きなため息をついた。


「・・・プリムはどうしていますか?」


「彼女は研究棟にこもっています。例の召喚魔法を研究しているでしょう。」


召喚魔法という言葉にリリーナは待ち遠しいという顔をする。


「姫様、その魔法はどういうものなのですか?私は剣術ばかりで魔法にはうとくて。」


「地下の図書室から古い魔法書が見つかったことは言いましたね。それにはなんと、『賢者』を召喚するための理論が書かれていたのです。」


「賢者、ですか。どうも嘘っぽい響きですね。」


「成功すればよし、しなければそれまでです。」


「まぁ、私はその賢者とやらが女であるなら文句は言いませんけど。」


ユイ、私はこの魔法がぜひとも成功して欲しい、そう思っています。


魔法書にはこう書いてありました。


『別の世界より呼ばれし賢者。その知識、技術、不思議な力によって幸福を作り出すだろう。』


そう、賢者をこの世界に召喚できて、その人が名に恥じない能力を持っていたら・・・




私はこの国をその人にあげます。




そして私は別の人生を歩むのです。


権力やしがらみの中で生きるのには疲れました。


冒険者や商人もいいですが、自然の中で食べ物に感謝するような生活がしてみたいですね。



・・・ま、いずれにしても魔法が完成すればの話ですけど。


その時、外で稲光がしたかのように一瞬ピカッとなった。そしてすぐにズゥンッという鈍い音が聞こえ部屋の中もガタガタッと揺れる。


「な、なんだ、敵襲か!?」


「どうやら研究棟からのようです。煙が出ています。」


クラウスが窓に駆け寄って報告する。


「クラウス、行って状況を確かめてください。対応については一任します。プリムが無事ならここへ来させてください。」


「了解しました。」


クラウスは頭を下げると素早く動き出した。


―――――

しばらくしてクラウスに手を引かれながらプリムが部屋に入って来る。


彼女はいつも真っ白なローブを着ているが、今は大量のホコリを被ってネズミ色になっていた。


「エヘヘ。」


「笑いごとではない!一体に何をやったんだお前は。」


「まぁまぁ、そんな大きな声を出さないでくださいユイ。」


「しかし・・・。」


「姫様、先ほどの揺れは魔導具が完成した際に起きたものだそうです。手の空いていた騎士やメイドたちを片付けに向かわせてました。」


「ありがとうクラウス。それで、何を完成させたのですか?・・・まさか。」


彼女は顔についたススをゴシゴシとふき取ると晴れやかな顔で言った。


「そのまさか。ボクにかかれば簡単だったよ。これが魔法書に書かれていた『賢者の水晶』だよ。」


懐から淡く水色の光を放つ水晶を取り出し、執務机の上に置く。


「これで異世界の賢者を呼び寄せるのですか・・・意外と小さいですね。人が通れるようには思えません。」


「チッチッチ、これに魔力を込めると発動するんだよ。どんな人を呼びたいかイメージしながらね。」


「ということはプリムのような魔法使いにしか使えないということか。姫様、プリムはいくら優秀でもまだ子どもです。使うのは王宮魔術師に依頼したほうがいいかと思います。」


「むー。」


子どもと言われてプリムは頬を膨らませる。リリーナは水晶を手に取る。見ていると思っていたことが自然と口から出ていた。


「そうですね、プリムと同年代の子が来たら私も立場を簡単には捨てれませんものね。」


「「え!?」」


「い、いえいえ。何でもありません。」


幸い誰にも聞こえなかったようだ。



そうなったら、いよいよ『逃げ出す』必要がありますか・・・。



リリーナがそう思った瞬間、水晶はパアッと明るく輝いた。


「え!?」


「あ、あれ・・・?」


「あれ、ではない!?どうして水晶が反応している!」


「わ、わかんない。」


水晶は初めこそキレイな青い光を放っていたが、次第に変色して黒くなっていく。


「ユイ、クラウス。プリムを連れて早く外に出ましょう!!」


しかし遅かった。黒い光は水晶を飛び出すとあっという間に部屋を黒く塗り替え、さらに屋敷全体を覆ってしまう。


視界が奪われたリリーナ達は動くことができない。


暗闇の中で建物が激しく揺れる。まともに立っていることも難しかった。


そして・・・。


ドォンッという激しい音とともに、リリーナ達は世界から屋敷ごと姿を消していた。

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