第7話 これはウニです、人間じゃないんですよ。

一度都会で暮らしてみて戻るとよくわかる。


田舎の夜はまさに真っ暗という表現がピッタリだ。人工的な明かりはほとんどない。


俺や婆ちゃんリリーナ達は普段夜更かしをすることはあまりない。昼間の疲れもあって早い時間帯に寝てしまう。


しかし今日はいつもと様子が違った。倉庫の中、蛍光灯に照らされながら1つのテーブルを囲んで5人椅子に座っている。


彼らはみな手に黒いトゲトゲを持ち無言で何かを取り出していた。


――――

海から帰って来た後、風呂に入って休息を取った。


全員が昼寝を済ませて倉庫へと集まる。


そこには海で採ったウニを入れたカゴが10個並べられていた。


「今からウニ割りをします。きつい作業ですからボチボチやっていきましょう。じゃあ、説明します。」


******


ウニは食品として商品化するには殻を割り、中の『身』を取り出さなければいけない。


その身は食べると豊かな甘みがあり、口の中で海の香りが広がる。嗜好品として人気が高い。


取り出す作業の手順はいたって簡単。


①ウニの殻を真っ二つに割る。


②中身を取り出し、『身(黄色)』と『それ以外(黒や緑色のもの)』に分ける(身は海水に浸け、他は捨てる)。


③海水で洗ってゴミなどを取り除く。


以上だ。


殻を割るためには磯かき(鉄でできた先の曲がった平らな棒)、中身を取り出すためには小さなスプーン(のようなもの)を使う。


1個を割るのにはあまり時間はかからない。だけど、取れる身の量はたかがしれている。


仮に1個から10g取れたとして、5kgのためには最低500個は割らないといけない計算になる。


******


「なるほど、こいつを真っ二つにして中身を取り出すわけだな。」


「どうしていきなり剣を構えるんですか!?この磯かきを使うって言いましたよね?」


「しかし、道具は使い慣れたものがいいと言うではないか。私の使い慣れた武器はこのヴァレンタインだ。」


「それは武器でしょ!?危ないからしまってください。」


ユイはブツブツと文句を言いながら剣を鞘に納める。ねえ、俺間違ってないよね?


「わぁ、お婆ちゃん。すごい、ちゃんと二つに割れたよ。」


「簡単なもんさ。プリムちゃんもやってみるかい?この裏側にある口に磯かきを入れるといいんだよ。」


「うん!やってみる。」


両手に1本ずつ磯かきを持って、ウニの口へ「エイッ」と言いながら突き刺すプリム。それを同時に外側へ開くとウニはパカッと割れた。


「やったぁ。割れた!割れたよリリーナ様。」


「上手ですよプリム。お婆様、この中身を取り出すのですか?」


「そう。こいつを使ってね。」


婆ちゃんはウニ取り専用のスプーンを差し出す。リリーナはそれを受け取るとプリムが割ったばかりのウニを手に取り、中身を手の平にかき出した。


「なんか、変な感触ですね。ぬるぬるしてます。この中から黄色いものだけを取り分けて、海水が入った桶に入れればいいのですか?」


「そうだよ。黒いのは入れないようにね、味が落ちてしまう。ウニの身以外はこのドラム缶に入れとくれ。溜まったら外に持って行っていくから。」


リリーナはウニの身はバケツに、殻などはドラム缶に入れていく。


初めてにしては中々の手つき、まぁまぁだな。


「できました。雄太さんが脅すから心配でした。」


「はっはっはっ、何がきつい作業です、だ。こんな作業も簡単にできないとは、やはり男は軟弱なんだな。」


ユイとプリムも姫様に続いてウニ割りの作業を始める。


はっはっはっ、わかっていないのはユイさん、あなただ。

ウニ割りの苦しみ、味わってもらおうじゃないか。


――――

約6時間が経った。時計のデジタルは『23:05』を表示している。


殻をドラム缶に投げ入れ、「んっ。」、と背伸びをしながらみんなの表情を見ていった。


ユイは変わらず黙々と作業を続けている。


リリーナは頑張っているがさすがにきつそうだ。


プリムはすでに船を漕いでいた。たまにハッとしたように目を覚まし、「う~!」と言いながら頭を振る。


「・・・雄太。私は貴様について誤解していたようだ。他の男と同じでガサツで無神経な奴だと勘違いしていた。」


「急にどうしたんです?でも今、ユイさんからそう言ってもらえるとは思いませんでした。ようやく、俺というものがわかってもらえて嬉しいです。」


「ああ、お前はガサツで無神経だけじゃない、私たちがこの過酷な労働で苦しむのを見て楽しむ奴だったんだな。」


待て、いつ俺が楽しんだ。ガサツで無神経なところはあるかもしれない。けれど、人が苦しむとこを見て笑ったりするような陰険な人間ではない・・・はずだ。


「ボク、もう眠いよぉ。」


「雄太さんのしごきに屈してはいけませんプリム。もうひと頑張りです。」


「俺ちゃんといいましたよね!?ウニ割りはきつい作業ですって!まったくもう、リリーナさん、ユイさん。もう遅い時間ですからそろそろ休んでいいですよ。後は俺がやっておきますから。ほら、婆ちゃんも。」


「どういう風の吹き回しだい?去年は日焼けが痛いとか言ってあたしに押し付けてさっさと寝てしまったお前が。」


ヘイ、グランマ。本当のことだけど、今はやめて。女性陣からの好感度がさらに下がってしまう。


「明日も仕事は山ほどあるんだから、寝ておかないともたないよ。特に婆ちゃんは年なんだから。」


「年寄扱いするんじゃないよ!・・・けど、まぁ、お前がせっかくそう言うんだ。本当に引っ込んじまってもいいのかい?」


「いいっていいって。ほら、リリーナさんたちも。」


「でも・・・。」


リリーナは戸惑った表情を浮かべる。


「もう疲れたでしょ?それにプリムを早く寝かせてあげたいし。俺は大丈夫ですから。」


「しかし。」


食い下がるリリーナに対し、ユイが予想外の言葉をかけた。


「姫様。体を壊してしまっては元も子もありません。ここはこいつの言う通り休みましょう。」


意外だった。てっきり意固地になって自分だけ残って最後までやる、って言うと思った。ユイに促されリリーナは頭を下げる。


「すみません。では、お言葉に甘えさせてもらいます。ほら、プリム。戻りますよ。」


プリムはすでに寝息を立てていた。


「まったく、だらしない顔をして。姫様、私が持ちます。」


そんな彼女をユイが両手で抱える。そして何度も頭を下げるリリーナとともに倉庫を出て行った。


婆ちゃんも腰をトントンと叩きながら「それじゃ任せたよ。」とだけ言っていなくなる。


そして、倉庫の中は俺と手を付けていないウニ入りのカゴ1つが残された。


「・・・ドラム缶の中を空にするついでにちょっと休憩しようかな。」


――――


ウニ殻が詰まったドラム缶を持って外へと出る。


倉庫近くの地面にはすでに殻の山ができており、たった今そこに追加した。


磯とウニの香りが混ざった独特のにおいが漂っている。


深呼吸して「ふぅ~。」と大きく息を吐いた。

みんなの前では強がってみせたが、自分も疲れは溜まっている。何かでリフレッシュできないかと思ってふと顔を上に向けた。


「きれいだな・・・。」


月のない真っ暗な夜空で無数の星が輝いていた。


こんなに美しい景色を知っている男が世の中にどれだけいるのだろう。これも田舎の特権だな。


「そうだな。こんな素晴らしい星空は向こうの世界でも見れないぞ。」


「え!?」


誰もいないと思っていたところに突然の声。驚いて振り向くと屋敷に戻ったはずのユイが立っていた。


「なんだその目は。何か私がおかしいことを言ったか?」


「い、いえ。そうだ、どうして外に?みんなと寝るために戻ったはずじゃ。」


「貴様に借りを作るのは嫌なんでな。戻ってきた。」


「ユイさん。」


星明りのせいだろうか。ユイがどこか神秘的で柔らかい光をまとっているように見える。


お、おかしい。絶対こんなのおかしい。男嫌いで、目の敵にしていて、触るとすぐ暴力を振るう女騎士のユイが今はちょっとだけ可愛く見える。


いかん、いかん、と俺は頭をブンブン振った。


「さぁ、さっさと終わらせるぞ。」


彼女は両手で自分の顔をパンッと叩いて気合を入れると倉庫へと向かって行く。


俺も真似をしてパンッパンッと2回頬を叩く。降ってわいた感情をどこかへ押しのけるために。


――――

「ふふふ、どうやらコツをつかんだな。見ろ、雄太。」


ユイは嬉しそうに俺の方を向いた。そして右手の親指と人差し指でスプーンを持ち、殻の中に入れる。彼女がクイッと軽く指先を動かすと中身が一回でキレイに取り出される。


「うわっ、本当に上手になっているじゃないですか。身が崩れたり、殻に残っている部分もない。」


初心者は力が入り過ぎて身の形を壊したり、殻の中で潰してしまうのに。


「どうだ、私の力を見たか!」


「見せてもらいました。結構なお手前です。」


「そうだろう、そうだろう。」


その時だった、ユイは勝ち誇りながらウニの身を海水の入ったバケツに入れようとした。しかし、やはり疲れていたのだろう。縁に手が当り落としてしまいそうになる。


「ちょっ、危ない!」


俺は思わず体ごと乗り出し手を出した。すると、ユイの手からこぼれたウニの身を地面につく前に受け止めることができた。


「よかったぁ。見てください。無事でし、た・・・よ。」


無事だったことをユイに教えようと顔を上げた。すると、彼女の顔が予想以上に近くにあり思わず見つめ合う形になる。金色の髪が目の前で揺れていた。


「ゆ、雄太、すまない。助けてくれてありがとう。だ、だが、それ以上動くな。動くとお前に触れてしまう。」


彼女の声とともに吐息を感じる。どこかに押しのけていた感情が戻り、心臓が激しく鼓動していた。


―――――

ゆっくりと、そして慎重にユイは離れていく。心なしか頬が赤くなっているように見えた。


まだドキドキしてる。やっぱり男嫌いがなくて、暴力振るわなければ可愛いんじゃないか?


俺はもう一度顔を見たいと思ったが、ユイは一向にこちらを見ようとせず、しばらく無言で作業を続けることになった。


「そ、そろそろ終わりそうですね。残りは少しです。」


カゴの中身はもう数えるほどしか残っていない。


「あ、ああ。そうだな。思ったよりも早く終わってよかった。」


やはり彼女はこちらを見ようとしない。その視線は自分の手にあるウニの身に注がれていた。


「そそそ、そういえば!ウニの身だが色が濃いものと浅いものがあるな。それに白い液体が絡んでいるものもある。」


そして、何かをごまかすように慌てて話し始める。そのふとした疑問に俺は何の気なしに答えてしまった。


「あぁ、それはですね。濃いオレンジ色の身が卵巣で、浅いレモン色の身が精巣なんですよ。ウニって雄雌分かれてるくせに、割らないとわからないんですよね。」


「なぁ!?」


「ど、どうしました?」


引き攣るような大声を出すユイ。彼女は先ほどとは違って湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にしていた。そして、わなわなと震えながら拳を握りしめ、持っていた殻とレモン色の身を砕いた。


あれ?いい雰囲気はどこへ?何かとてつもない殺気を感じるんだけど。


「つ、つまり貴様は今まで、私に男を触らせていたのか!?」


「いやいやいや、ちょっと待って、待ってください!これはウニです、人間じゃないんですよ。」


「だが、オスなのだろう?オスとはつまり男のことだ。私は、私は・・・・





 男に触るのも、触られるのも大嫌いなんだ!!」


「やめて!助け、ふぐぅ!!!」


腹部に強烈な一撃をくらう。俺はその場に倒れ込み、「やはり男は最低の生き物だ!」という言葉とともにユイは倉庫を出て行った。



し、質問に答えただけなのに。やっぱり、か、可愛くない。暴力反対・・・。


俺は自分の命を守るため、彼女の男嫌いを治す方法をリリーナと真剣に話し合うことを決意しながら意識を失った。

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