第6話 あなたの魔法のせいですけどね。
「おやまぁ、それだけかい?」
海から上がって来た俺を見て、婆ちゃんが言った。あきらかに落胆している。その視線は手に持つ網に向けられており、そこにウニは数えるほどしか入っていなかった。
「婆様、お待ちください!」
後ろにいたユイが大きく声をかける。
「自信満々の顔ね、ユイ。」
「はい。これをご覧ください!」
「わぁ、すごい!」
掲げられた網を見てプリムが驚く。中には黒く光るウニが隙間なく入っており、トゲを動かす度にギチギチと不思議な音を立てていた。みんなの注目を集めたところで中身を竹カゴの中にひっくり返す。
「ユイちゃん、たくさん取れたねぇ。それに比べて雄太ときたら。」
「婆ちゃん、そんな目で見るのはやめてよ。」
「地元で育った男が負けて悔しいと思わないのかい?」
「悔しいけどさ、ユイさんと俺とじゃ泳ぎのレベルが違うよ。異世界の人はみんなあんなに上手いのかな?」
「ふふふ、私には姫様からもらったこのヴァレンタインがあるからな。」
勝ち誇った顔で腰につけた剣の柄を握りしめる。
「そんなに大きくて重い剣なんか持っていたら、海の中で邪魔になるはずなのに。」
「ヴァレンタインは水の力を秘めた魔法剣です。持っているだけで水中を抵抗なく楽に泳げるようになる能力があります。他にも水を切れば凍らせたりできますよ。」
何それすごい、って感心している場合と違う。
「・・・リリーナさん、それ知っていたんですか?」
「もちろん。私があげた剣のことですから。」
リリーナは大きく頷いた。俺は彼女の耳元に手を当てユイに聞こえないよう小声で言った。
「そんな剣を持っていたらプリムに魔法をかけてもらっても意味ないじゃないですか。リリーナさんにお願いされたから協力しようと思ったのに。」
「忘れてました。」
「は?」
「ユイがヴァレンタインを持っていることを忘れていました。」
「嘘でしょ!?」
うっかり?それともわざと!?
あぁもう!そんな『失敗しちゃった』みたいな顔されると困るんだけど。
俺、負けたら男嫌いですぐ手が出る人の言うこと聞かないといけないんですけど!
「ほらほら。喋ってばかりいないで。これっぽっちじゃまだまだ足りないよ。」
「婆様、このユイが雄太の100倍は取って来ましょう。」
ドンっと胸を叩いてユイは海へと再び駆け出した。
「プ、プリム!何か、何か魔法はないか?ユイさんみたいに水中で早く泳げるようになるやつとか。」
カゴに入れられたウニのトゲを指でツンツンしていた12歳は考えながら振り返る。
「えー、なくはないけどぉ。」
「あるんだな!?このままだと惨敗してしまう。その魔法をかけてくれ!」
なんだそのやめといたほうがいいみたいな顔は。早く魔法!カモン!!
「そしたら雄太、一生魚人になっちゃうよ?」
ウェイウェイ・・・パードゥン?
「ぎょ、魚人?」
「そう。顔は人間のままだけど、体は魚になっちゃう。水の中以外じゃ生きられなくなるから家に大っきな水槽作らなくちゃね。」
シーマ〇かよ!?
「勘弁してください。」
くっそぉ、こうなったら自力で頑張るしかない。
ここらへんの海は俺の庭だ。
子どもの時から泳いできたからたくさん獲れるポイントも知り尽くしてる。
海人の先輩としての力見せてやるぜ!!
――――
「ありがとうよ。リリーナちゃん。」
2人が海中へと消えて見えなくなると婆ちゃんはリリーナにお礼を言った。
「あら、急にどうしたんです?お婆様。まだ仕事は終わってませんよ。」
「仕事のこともあるけど、あんたたちが来てくれたことに感謝してるよ。おかげで雄太は明るくなった。前は食うために仕方なく手伝っているって感じだったのに、この頃はみんなにいい所を見せようと頑張っているのさ。」
「そんな、お礼を申し上げたいのはこちらです。あの日、プリムの魔法が失敗してこの世界へ逆召喚された私たちに暖かく接してくれました。今日まで楽しく生活できたのはお2人のお陰です。ほら、プリムも。」
リリーナとプリムは婆ちゃんの目を真っ直ぐに見て、そして頭を下げた。
「異世界とか魔法なんてまだ信じられないけどねぇ。元の世界に戻りたいとは思わないのかい?」
「私とプリムは帰りたいとはあまり思っていないのですが、ユイはそうではないようですね。」
「あんたまだ16歳だったろ?親が恋しくないかい?それに農作業や磯の仕事はきついだろ。雄太なんか何度も逃げ出そうとしてきたってのに。」
「お婆様、ここの生活は素晴らしいです。」
リリーナは自分の手をギュッと握って力を入れる。
「メイザース家の地位を守るために生きる日々は何ともつまらないものでした。しかしここはどうでしょう。自然の恵みを感じながら働いて得る食料、それを一緒に食べる『家族』の存在。私はこちらの世界に来てから初めて人生に充実感を覚えました。」
「ボクもボクも!うんとね、夕陽がすっごい綺麗だよ。」
「プリムの言う通りです。絵画の中だけと思っていた風景がそこら中にあります。」
「ここでの暮らしを気に入ってくれてありがとう。それにしてもリリーナちゃん、あんた本当に16歳かい?雄太とは大違いだよ。ま、あんたらがよければずっといるといい。あたしは人手が増えて助かるし、雄太も喜ぶ。それに・・・」
最後の一言をもったいぶる婆ちゃん。リリーナとプリムはじれったそうに聞いた。
「「それに?」」
「なくなったあたしの家を弁償してもらわないといけない約束だからね。」
金の亡者はニヤッと笑った。
――――
リリーナとプリムは『弁償』という言葉を聞いて顔が青ざめる。そしてコソコソと話し始めた。
「リリーナ様、お婆ちゃん覚えていたんだね。」
「最近言わなくなったので忘れていると思っていました。触れないようにしていましたのに。」
「何とかごまかせないかな。それとも、魔法で記憶の消去狙ってみる?成功する自信ないけど。」
「・・・ありですわね。」
「聞こえているよ!」
2人は「は、はひっ。」と上ずった声を出して飛び上がる。婆ちゃんはため息をついた。
「はぁ、せっかく立派な意見を持った子だと思ったのに。約束をごまかそうとするなんて、したたかだねぇ。とりあえず弁償費用の3000万円、頑張って稼ぐんだよ。時間はいくらかかってもいいからさ。」
「3000万円・・・。」
「はいはい!お婆ちゃん、もう一回3000万円ってどれくらいか教えてください。前のお話しの時プリムよくわからなくて。」
プリムの質問に考え込む婆ちゃん。近くにあったウニを見てピンときたらしくカゴから1個取り出すと彼女の手の平に優しく載せた。
「このウニってやつはこのままでも1個50円で売ることができる。・・・ということは?」
頭の中で素早く計算をしたリリーナが答えた。
「単純に考えて60万個、採って売る必要があるわけですわね。」
ユイが先ほど集めて来たもので100個にも満たない。2人は途方もない数に遠い目をした。
「リリーナ様、みんなで協力して頑張っていきましょう。」
「元はと言えばプリム、あなたの魔法のせいですけどね。」
「ヒッヒッヒ、頑張りな。」
婆ちゃんは木を焚き火の中に放り込みながら低く笑っていた。
――――
「おかえりなさい。おや、すごい量ですね。」
屋敷に帰るといつもの通りクラウスさんが出迎えてくれる。彼はカゴからはみ出し山盛りに入れられたウニを見て驚愕した。そして、そのカゴは10個もある。もちろん、ほとんどユイが採ったものだった。
「姫様。今回の勝負、私の勝ちということでよろしいですね。」
「雄太さん、異議は・・・。」
「あるわけないでしょう。完全に俺の負けです。」
その剣が反則です、と言っても認められないだろう。事前に確認しなかったのだから。
「ハッハッハッ、まぁ貴様も男のくせに少しは頑張ったほうじゃないのか?それでは、私の言うことを1つ聞いてもらうぞ。」
さぁどうくる?顔面にパンチか、それとも腹に、もしくは蹴りとか。
痛みをこらえるためギュっと目をつぶる。その瞬間、誰かの可愛らしい「ヘックチ!」というくしゃみが聞こえた。
プリムだった。リリーナは堪えきれずに思わず吹き出す。
「まぁまぁ、ユイ。雄太さんに命令するのは後にしましょう。冷えた体を温めないと風邪をひいてしまいます。」
ユイはプリム、リリーナそして俺と順番に見て大きく頷いた。
「そうですね。風呂にでも入りながらじっくり考えましょう。おい、雄太。楽しみにしていろ。」
そして女性陣はワイワイと楽しそうに風呂場へと向かって行った。
せめて1発殴られるくらいですめばいいなぁって、いかん!感覚がおかしくなってる。あまりにも理不尽なものにはダメ元でも抗議をしよう。うん。頑張ろう。
それにしても・・・・
俺は屋敷の前に残されたカゴを見回して大きなため息をつく。
「雄太殿。浮かない顔ですな。ユイ殿もそこまでひどい命令はしないと思いますよ。」
「クラウスさん。まあユイさんのことも気になると言えばそうなのですが、今のため息はこの10個もあるカゴのせいですよ。」
「たくさん採れたのはいいことではないのですか?」
「ウニ取りはここからが地獄なんですよ。」
経験のないクラウスさんだけではない、リリーナ、ユイ、プリムもこれから味わうだろう。
ウニ割りの苦痛というものを。
――――
※私の住んでいるところではウニは採ったままの状態で1個50円前後で売れます(要・漁業権)。釣りで使う魚のエサになるそうです。
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