第8話 そのウニ、必要ないんだ。
「まったく!男というやつは下品でいやらしいことしか考えていないのか!」
顔を真っ赤にしながらユイは自室の扉を開ける。
真っ暗だった部屋の電気をつけるといるはずのない人物がベットに座っており驚いた。彼女はそんなユイを見てクスクスと笑い始める。
「ひ、姫様!?どうしてここに。」
「今日はあなたと一緒に寝ようと思いまして。待っていました。ダメでしたか?」
「だ、ダメではありませんが。もうお休みだと思っていましたので。それに、私の部屋はご覧の通り片付いてませんし。」
ユイの言った通り部屋の至る所には武器、防具が所狭しと置かれている。女らしいものと言えば机に飾られた一輪の花くらいだろう。
「構いませんよ。それで?勇気を出して雄太さんのために戻った後、何があったのですか?」
リリーナは微笑んだまま真っ直ぐな瞳で見つめてくる。その視線に耐えられなくなり、ユイは観念して「実は・・」と先ほどあったことを話し始めた。
「あははははっ!」
「姫様、笑いごとではありません!」
ユイの話を聞いてお腹を抱えながらリリーナは苦しそうに笑う。
「ウニに雄雌の区別があったとは思いませんでした。雄太さんも悪気があったわけではないと思いますよ。あはは。」
「いいえ、あいつは私がウニのオスに触るのを見ながらイヤらしい想像をしていたに決まっています。絶対にそうです。」
「そこまで高度な妄想をするほど雄太さんは変態ではないと思いますけどね。あー、笑って疲れました。そろそろ寝ませんか?」
リリーナはベットにコロっと横になる。ユイは何故か体をビクッと震わせ、顔も青ざめている。
「も、もう寝るのですか?」
「そういったじゃないですか。あなたも疲れているでしょう。さぁ。」
ユイはこれ以上何を言っても無駄だと悟った。そしてリリーナの待つベットへ祈りながら入るのだった。
―――――
意識を取り戻した俺は何とかすべてのウニを割り終え、一旦仮眠をとった。
早朝、海岸に行って海水で洗いゴミを取り除く。オレンジやレモン色したウニの身は朝日に照らされツヤツヤと輝いており見ているだけで美味しそうだった。
瓶詰をすませてクーラーボックスに入れる。車に載せていると、グシャッ、グシャッと何かをつぶす音が聞こえてくる。
音のする方を見ると倉庫の前でリリーナとユイが地面に向かって木の棒を振り下ろしているのが見えた。
「あぁ、殻割りか。・・・そうだ、2人に朝の挨拶しないとな。」
近寄って「おはよう。」と声をかける。リリーナは顔を上げ笑顔で「おはようございます。」と返してくれたがユイはそっぽを向いたままだった。
「ユイ、挨拶はちゃんとしたほうがいいと思いますよ。」
「・・・。」
どうやら昨日のことをまだ怒っているのだろう。
「いいですよ。俺、そろそろ店に行きますから。」
「いいえ、よくありません。ほらユイ。」
リリーナに促され、しぶしぶこちらを向いて小さく「おはよう。」と言う。ユイの顔には誰かに殴られたようなアザがあった。
「そそそ、その顔どうしたんですか!?」
「何でもない。」
「でも・・・。」
「しつこい。」
いくら昨日のことを怒っているからって心配くらいさせてくれてもいいのに。
「ゆ・う・た!だ~れだ!?」
突然首に衝撃が走り、視界が真っ暗になる。
こんな古典的な手を使う、あどけない声の少女は1人しかいない。
「プリムだろ!?」
「エヘヘ。当たり。おはよう雄太。」
パッと目の前が明るくなる。
ちょっと!?どこから俺を覗き込んでるの?もう少しで唇が俺の額につきそうなんですけど。
彼女は俺の首にまたがっていた。
「プリム、そいつに触っていると変態がうつるぞ。」
変態ってうつるの?
「ぶー、大丈夫だよ。ねぇ、ユイのアザ、誰がやったか教えてあげようか?」
うん、知りたい。
「実はねぇ、リリーナ様だよ。」
「え、まじで?」
お姫様だからか弱いと思っていたのに、あのユイの顔に一撃をくらわせるなんて。
「リリーナ様はすっごく寝相が悪いんだ。それなのに誰かと一緒に寝ようとするの。」
「プリム、今日は一緒に寝ましょうか?」
「やだよぉ。ボクはリリーナ様と二度と寝ないと誓ったんだ。」
最近、婆ちゃんと寝ているなと思ったがそういう理由か。
「はは、ユイさんのそれはリリーナさんにやられたってことですね。」
あれ?待てよ。ユイはリリーナの寝相が悪いのを知っていて、それから逃れたいと思っていた・・・?
「と、いうことは。昨日、みんなが帰った後でウニ割りを手伝いに来たのは俺に借りを作るのが嫌なんじゃなくて、リリーナさんから逃げるためってこと?」
「言うな!!」
「ぐぇっ。」
どつかれた。どうやら図星だったらしい。なんだよ。俺のために戻ってきてくれたと思ったのに。
「雄太!喋ってばかりいないで、さっさと出荷に行きな!」
「婆ちゃん、俺が今殴られてたの見なかった?」
「じゃれ合いは夜にでもやりな。早く行って金を稼ぎな。」
わかったよ、この金の亡者め。
「へいへい、わかりましたよ。ウニを売って大金稼いで来るから。楽しみにしていなよ。」
俺は車に乗り込むとアクセルを勢いよく踏んで店に向かって走り出した。
――――
「それにしても、こうして殻を砕いて肥料にするとは驚きです。」
「窒素やリンが含まれているからね。海沿いの農家はどこもやっているはずさ。粉上にすることで土壌にも浸み込みやすくなるんだよ。」
「食べてもよし、ゴミもでないとは素晴らしいですね。」
「姫様、この知識。元の世界に戻った際に使えるかもしれませんね。」
「またその話ですか。私はあまり戻りたいと思わないのですけど。」
「そんな!?メイザース家を発展できるのは姫様しかおりません。お二人の王子では無理です。なんといっても男なのですから。」
「そうは言っても戻る方法がないのですから。プリム、無理なのでしょう?」
「うん、無理~。魔法を発動するための道具がないし、もう一度逆召喚を成功できるかわからないし。」
「だそうです。しばらくメイザースのことは忘れたらどうです?」
「ほらほら、手が止まってるよ。仕事仕事。」
婆ちゃんに言われてリリーナとユイは再び殻を叩き始める。ユイは「帰る方法、必ず私が見つけてみせる。」などとブツブツ言っていた。
――――
「なんだ黒崎。今日も来たのか。」
「来ちゃいけないのかよ?」
店に着くなり満田が話しかけて来る。いつものように上から目線だ。
今日は我慢しよう。こんな奴でも商品を買ってくれるのだから。
「頼まれていたものできたぞ。ほら。」
肩にかけていたクーラーボックスを床へと降ろす。
「頼まれてたもの・・・?そんなのあったか?」
満田は何のことだか本気でわからない、という顔をしていた。
「ウニだよ。ウ・ニ!」
「・・・あぁ!昨日だかその前に話していたやつか。」
「そうそう、それだよ。自分が受けた注文だろ、忘れないでくれ。これ見ろよ、上物だぜ。」
蓋を開けて中身を見せる。満田は「ほぉ、いい色だ。」などと感心する声を上げていた。
「だろ?用意するのは苦労したぜ。それで、いくらになる?キロ当たり1万くらいか?」
「確かにいい品だ。お客さんも喜ぶだろう。」
「わかったから。いくらになる?って聞いてるんだけど。」
「黒崎、ひっじょ~うに言いにくいことだけど。」
「なんだよ、1万は高いって言うのか?キロ9千か?」
満田はなぜかニタニタしていた。そして、ゆっくり、はっきり、わかりやすく言った。
「そのウニ、必要ないんだ。」
―――――
一瞬頭が真っ白になった。
呆気に取られていると笑いをこらえながら満田が続ける。
「覚えているか?俺は『ウニの注文が入っている。』とは言ったが、それをお前に頼んでいない。」
俺は動きの鈍くなった頭の中で先日のやり取りを頑張って思い出した。確かにこいつは俺に『頼む。』とは言っていない。
「け、けど。あんな会話をしたら誰だってその気になるだろ!?」
「お前の早とちりだ。元々別の人に頼んである。それはいらないから持って帰るんだな。」
軽くめまいを覚える。婆ちゃん、リリーナ、ユイ、プリムが夜遅くまで頑張ったことが頭の中を駆け巡った。
「た、頼む、少しくらい安くてもいいから買ってくれないか。」
俺は下げたくない頭を下げた。
「いらないよ。他の売り先ないし、日持ちしないし。」
「みんなで頑張ったんだ。」
「みんなって、お前んとこ婆さんと2人暮らしだろ?しつこいな、早く持って帰れよ。」
その言葉とともに、満田はクーラーボックスを足で蹴った。
俺の中で何かがプチッと切れる。
次の瞬間、俺は大声を出して満田に掴みかかっていた。
「このやろーーー!!!」
「ひっ、や、やめろ。」
胸ぐらを掴んで右手を思いっきり振りかぶる。
渾身の一撃を顔面にお見舞いしようとしたが、後ろから誰かに羽交い絞めにされ満田から引きはがされた。
「やめろ黒崎っ!!」
牛田だった。
「落ち着け!殴りたい気持ちはわかる。でも殴ったらだめだ!」
「は、離せ!!」
ジタバタもがく俺に牛田は言った。
「暴力を起こしてここを出入り禁止になったら、どうやって食べていくんだ!婆ちゃんを泣かせるなよ。」
「ふぅ~。牛田よく捕まえてくれたな。そいつによく言い聞かせておいてくれよ、ここでは誰が一番偉いかってこと。」
顎から滴り落ちる汗を手で拭いながら満田はどこかへ行ってしまう。
俺はやつの姿が見えなくなったことで、どうにか落ち着くことができた。
「・・・牛田。すまない。」
「俺に謝るようなことはしてないよ。それより大丈夫か?顔、真っ青だぞ。」
大丈夫なもんか。みんながどれだけ苦労してくれたことか。
1円にもならなかったなんて、婆ちゃんもガッカリするだろうな。
「おい、家まで送って行こうか?」
「いや。いい。ありがとう。またな。」
牛田の目を見ることなく、クーラーボックスを力なく持ち上げ店を出た。
車に乗るといつもかけているラジオの電源を切る。大きなため息をつくと、ゆっくりアクセルを踏んだ。
「俺って、本当にダメなやつだな・・・。」
――――
雄太の車はノロノロと動き出し、やがて見えなくなる。
「あいつ、本当に大丈夫かよ。・・・そうだ!」
牛田はポケットからスマホを取り出した。
「もしもし・・・。」
――――
太陽が水平線にかかり始め、空や海が鮮やかな夕焼けの色に染まっている。
リリーナたちは婆ちゃんの指示でキュウリやトマトの生育具合を確認したり、雑草を取ったりした。
そして畑から屋敷へと戻って来る。いつも家の前にあるはずの車が未だになく、雄太が帰っていないことはすぐにわかった。
「あいつ、一体どこで油を売ってるんだ。」
「お婆様・・・」
「そんな心配そうな顔をしなくても大丈夫さ。」
「でも、今までこんな遅くまで帰って来なかったことはありません。もし、雄太さんの身に何かあっていたとしたら。」
リリーナの言葉にユイやプリムも不安そうな表情になる。婆ちゃんは「やれやれ。」と言いながら思い当たる場所を見た。
「・・・あそこ、見えるかい?」
そして屋敷の前にある海岸沿いの道路を右手に100メートルほど行ったところにある橋を指差した。
「橋、ですね。」
「きっとあの下にいるよ。ほら、近くに車がある。」
「あ・い・つ!姫様、私が行ってとっ捕まえてきます。」
「待ちなさい。あなた、男の人に触れもしないのにどうやって捕まえるのです?」
「しかし!」
「おや、あなたの嫌いな男のことなのに。今日はやけにムキになりますね。」
「だ、誰があんなやつのこと。ただ、私たちに心配をかけるなと文句を言いたいだけです。」
「へぇ、心配していたんですね。」
ユイは頬をカァッと赤らめる。
「ふふ、素直じゃないですね。でも今回はあなたの出番ではありません。私が行ってきます。夕食の準備をクラウスとやっておいてください。」
リリーナは麦わら帽子をかぶりなおすと後ろ手を組みながら歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます