第3話 慌てて扉を開けてはいけない。
「雄太様、私が作ったものがあります。こちらをお召し上がりください。」
頭を押さえてしゃがみ込んだプリムの後ろから現れたのは執事服を着た1人の老人。
手にはサンドイッチの載った皿を持っており、それを優しく差し出してくる。
「助かります、クラウスさん。さすがに何も食べないと作業できませんからね。」
彼の名前はクラウスさん。リリーナやユイ、プリムとともに異世界からやって来た人で、一番の常識人だ。
俺はサンドイッチを手に取り、頬張る。
「ほ、ほうひいへふ。(おいしいです)、ふはりは (2人は)?」
「リリーナ様とユイ殿は朝食を取った後、すぐにお婆様のいる畑へと向かわれました。」
この家は目の前が海に面しており、裏は小高い山になっている。
その斜面に畑はあった。
「んくっ。今日は夏野菜を植えるんだったかな。」
「そのようです。キュウリやトマトなどの苗がたくさん届いておりましたし。」
「昼には暑くなりそうだね。早く行ってまず雑草から抜かなきゃ。」
隣で俺をボーっと見上げるプリムの額をもう一度チョップした。
「あぅっ。」
「おい、今日もやることはたくさんあるんだからな。イタズラばっかりしてないで働けよ。あ、クラウスさん。ごちそうさまでした。・・・って、お前何してるんだ?」
「エ、エヘへ。だって雄太をからかうと楽しいんだもん。」
そう言いながらプリムが腕にしがみついている。くそっ、いちいち仕草が可愛いやつだ。そうじゃなかったらこれまで受けた数々の悪事を許すことはできない。
「私もお弁当を作ってから向かいますので。」
「わかりました。昼飯、楽しみにしてます。」
それからプリムと一緒に屋敷を出て、畑へと続く坂道を歩き始めた。
―――
「遅いぞ!」
畑につくなりユイが不機嫌に話しかけて来る。
「見ろ、私と姫様だけで草は抜き終った。貴様やる気があるのか?」
「う、すみません。」
つい謝罪の言葉を口にする。って、俺は馬鹿か。今回は悪くないぞ?
「ユイ、そんなに突っかからないの。仲良くお仕事しましょう。」
「姫様、私は昨日の受けた屈辱をまだ忘れておりません。」
「まったくもう。いつまでも過去のことにこだわっていてはいけません。雄太さん、お婆様にキュウリとトマトを植えるから支柱を用意しておけと言われているのです。どうしたらよいでしょうか?」
支柱があればトマトやキュウリの苗はそれに沿ってツルを巻き付けながら伸ばし、真っ直ぐに育つことができる。
風通しや日当たりもよくなるし、できた果実の重みで倒れたりするこのもない。支柱は果菜類を作る際には必須のものなんだ。
もちろん、わざわざ買う必要はない。その辺に生えている竹を利用すればいい。
「えーっと、あそこを見てください。」
畑の傍を指差す。青々とした竹が何本も天に向かって勢いよく伸びている。
「緑色の細長い木がたくさん生えてますよね。あれ、竹って言うんですが、あれを切って支柱にします。」
竹は野菜の栽培に限らず様々なことに使える便利な代物だ。
「けっこうな数必要ですか?」
「2~30本は必要ですかね。」
「わかりました。ユイ。」
「はっ、私の出番ですね。姫様から頂いたこの名剣ヴァレンタイン、その切れ味をとくとご覧に入れましょう。」
ユイがいつも大切に持っている剣、ヴァレンタインって名前なんだ。
それにしても、たかだか竹を切るのに名剣とやらを使うなよ・・・。
「おい、雄太。お前がいかに無能か教えてやろう。」
ユイは竹やぶの前に立ち剣を構えた。そして素早く水平に振り払う。
そよ風が竹の間をすり抜けていったかと思うと、次の瞬間、何十本という竹が一斉に倒れていった。
「すごーい。」
プリムが感嘆の声を上げ、パチパチパチと拍手をする。リリーナは「さすがですね。」と満足そうだ。
うう、あんな簡単に硬い竹を切ってしまうなんて。俺の体なんか豆腐を切るようなものだろうな。
下手に彼女を怒らせると命が危ない。できるだけ近づかないようにしよう。
「さ、竹とやらは用意できました。早速支柱にしましょう。」
ユイは得意げに剣を納める。そして倒れた竹を掴むと引きずって畑へと動かし始める。
「さっさと手伝え。」
ユイは顎で指図する。
「わかったよ。」そう言ってユイの脇を通り抜けようとした時、彼女の手の辺りでニョロニョロと艶めかしく動く生き物がいることに気が付いた。
俺は思わず、「あ、蛇。」と口に出してしまう。
「キャアッ!」
これまで聞いたことのない可憐な叫びが響き渡った。そして・・・、
トンッ。
胸に何か柔らかいものが飛び込んでいた。そこには恐怖に震えるユイがいる。
まずい、彼女に触ると殺される!
歯を食いしばり目をつぶった。しかし、いつまで経っても痛みはこない。恐る恐る目を開けるとポロポロ涙を流していた。
あれ、この人、なんか可愛いい・・・?
「まったく、ユイはこんなのが怖いの? だらしないなぁ。」
プリムがユイの手から落ちた蛇を拾い上げる。そして遠くへポーンッと投げ飛ばした。
「もう大丈夫、蛇はいなくなったよ。」
ユイは「そ、そうか。」と言って深呼吸をして落ち着きを取り戻した。それにより自分が今どんな状況にいるかわかってしまう。
「キャアッ!!」
また可憐な叫び声が響いた。
ドンッ。
俺は気がつけば地面に寝転ばされていた。ガッと頭を足で踏みつけられる。ユイは剣を抜き放ち、喉元へと突き付けた。
「ききき貴様、また、さ、触ったな!?」
「い、今のは不可抗力。これこそ事故だ!!」
「問答無用!」
「ギャアアアッ!!!」
ユイの容赦ない鉄拳が降り注ぐ。リリーナは「あらあら。」と言いながらユイを止めるわけでもなく微笑んでいた。プリムはすでにどこかへ遊びに行ってしまって見当たらない。
ボコボコにされ地面の上でシクシク泣いている俺に婆ちゃんが傍に来て言った。
「雄太、仕事しな。」
あんまりだ。
―――
「いてて。」
畑の傍に生えている柿の木の影に入り、クラウスさんが持って来てくれた弁当を食べていた。プリムはさっさと食べ終わり昼寝を始めている。俺は殴られて腫れ上がった唇を痛みに耐えながら動かしていた。
「ユイさんの男嫌いは異常ですよ。一体どうしたらそんな風になるんです?男性と喋ることはできるのに。」
ユイは「うるさいっ」と言って横を向いてしまう。それを見たリリーナはクスクス笑った。
「1年前まではユイはこんなことなかったんですよ?白百合騎士団は女性しかいませんが、騎士をやっていると男性と一緒の任務に就いたり、訓練したりしますからね。」
「ひ、姫様!?何を言うつもりなのです。」
「先ほどの暴行は雄太さんがちょっと可哀想でしたからね。少しは教えてあげてもいいかなと思いまして。」
教えてくれるなら是非知りたい。原因がわかれば対処方法も思いつくかもしれないし。
「姫様、あ、あの・・・。」
うまく言葉が出せなくなりユイはうつむく。そんな彼女の様子をリリーナは面白がっているようだった。
「こう見えてもユイはバツイチです。」
予想外の一言が放たれた。
「へ?」俺は素っ頓狂な声を上げる。プリムを寝かしつけていた婆ちゃんは「おやまぁ。」とつぶやいた。ユイの顔は熟して真っ赤になったトマトみたいになっている。
「名のある公爵に嫁いだのです。しかし、新婚初日に事件は起きました。」
ま、まさかそこでひどい暴力を受けたとか?
「私の家で結婚式を行い、彼女は初めて公爵の家へと行きました。そこで言われるがまま部屋へと通されると・・・。」
ゴクリ、俺は生唾を飲み込んだ。
「そこに現れたのは彼女が生きて来た中で見たことのない醜悪な内装、卑猥なオブジェ、そして変態的な格好をした公爵だったのです。」
ユイは顔を上げていることができず両手で覆って地面に突っ伏した。
「逃げられないよう外からはカギをかけられていました。ヒタヒタと迫って来る公爵。その手が触れた瞬間!彼女の中でスイッチが入りました。公爵を殴り飛ばし、部屋を破壊して逃げ出してしまいました。」
「だって、あんなの誰も教えてくれなかったから!」
涙交じりの大声を出すユイ。彼女は本当に純真だったのだろうな、そう思った。
「もちろん離縁となり、公爵の名誉を傷つけたということでユイは苦境に立たされました。そこを助けたのが私というわけです。」
婆ちゃんはユイの背中をさすりながら「つらかったね。」と声をかけている。
「と、言うわけで、その日からユイは男嫌いとなりました。後天的な物なので会話はできます。でも、触れられると公爵の手の感触が蘇るのでしょう、反射的に身を守ってしまいます。」
と言うことは俺が命の危険を感じるようになったのはその公爵のせいってことか。許せない。どこかで会ったらパンチを一発ぶち込んでやる。
「ちなみに蛇も苦手です。毒の沼で大蛇に襲われてから。」
もしかして、ユイさんってとんでもなく臆病なんじゃ・・・と、言い出しかけたが慌てて口を押えた。
―――
その日のうちに添え木を立てて網も張り終えた。やはり俺と婆ちゃんが2人でやるよりとてつもなく早い。人手があるって素晴らしい。
ユイは男をボコボコにできる力があるし、リリーナは手先が器用だ。
プリムは笑顔で走り回って癒しを与えてくれる・・・わけあるか。働け!
でも一番助かるのはクラウスさんの存在だ。ご飯は作ってくれるし、掃除、洗濯などの家事もこなす。この老執事が来てくれたことに感謝してもしきれない。
全員が泥まみれになって屋敷へと戻って来た。中に誰もいないはずなのに声をかける。
「ただいま~。」
後ろにいたクラウスさんが返事をしてくれた。
「お帰りなさいませ。お風呂の用意はできていますので、姫様たちから先にお入りください。」
一緒に農作業をしていたはずなのにいつの間に。そんな執事の仕事っぷりに感動を覚える。
「ありがとう。クラウス。ではお婆様、ユイ、プリム、一緒に入りましょう。」
「わ~い!お婆ちゃん、背中流してあげるね。」
「はいはい。ありがとうよ。プリムちゃん。」
プリムが婆ちゃんの手を引きながら浴室へと向かっていく。微笑ましい光景だな。
「ひ、姫様。従者が一緒に入るなど・・・。」
「何を遠慮しているのです。私とお風呂に入るのは嫌なのですか?」
「い、いえ、そんなことは。」
「では参りましょう。」
立場をわきまえようとしたユイをリリーナが手を引っ張って浴室へと連れて行く。微笑ましい光景だ。
「我々はご一緒というわけにはいきませんから、紅茶でも煎れましょうか。」
「ありがとうございます。クラウスさん。」
椅子に座って用意された紅茶を飲む。それは疲れた体を芯から温めてくれる味だった。
ホッと一息ついていると俺のスマホが鳴っているのがわかった。画面には『牛田』と表示されている。こいつも俺と一緒で田舎に出戻ってきた男だ。高校の同級生でもある。
「もしもし?」
電話口からは元気のいい声が返って来る。
「お、雄太!今日の仕事は終わったか?お疲れ。大丈夫だと思うけど確認で電話したんだ。今日青年会の会議だからな。もちろん覚えているよな?」
しまった!忘れてた。
「ももも、もちろん。覚えている。えーっと、何時からだっけ?」
「やっぱり忘れてたな。18時だ。今度オープンするスーパーにどうやって対抗するかって話だからな。お前にみんな期待しているんだからな。遅れるなよ!」
そう言って電話はプツリと切れてしまう。時計を見ると17時30分を示していた。
「まずい!こんな汚れたままじゃ行けない。早く風呂に入って着替えないと!」
慌てて立ち上がり、猛然と風呂場へダッシュした。クラウスさんが「あ、今は・・・。」と言ったが聞こえなかった。
バンッ。
扉を勢いよく開ける。そして脱衣所へと飛び込んだ。
「き、貴様・・・。」
あ、あれ?なんか桃源郷が見える。
タオルで前は隠れていたものの、柔らかそうな肌をさらけ出したリリーナとユイがそこにいた。
「こ、これは事故です。」
うん。事故なんだから。故意じゃないんだから。
くるりと踵を返し、自然とその場を立ち去ろうとする。
「自分から勢いよく入って来て、事故もくそもあるかー!!」
その言葉を聞いた後の記憶がない。目を覚ましたのは夜中だった。
―――
ユイ
リリーナを守る騎士。白百合騎士団の団長 (らしい)。
年齢は21歳。
極度の男嫌いで触られることに拒絶反応を起こす。
実はバツイチ。
騎士というだけあって力は強く、体は見た目がっしりしている。だけど、触ると柔らかい。
特にお尻は・・・
リリーナからもらったという剣ヴァレンタインを大切にしており、片時も離そうとしない。
(だけど竹を切るのに使ったりする。)
――――
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