第4話 しっかしお前は幸せ者だよなぁ。

「黒崎、今日はいったいどんなゴミを持って来たんだ?なんだその顔は、いつもより不細工になっているぞ。」


重そうな腹を抱えながら店長の鈴木が話しかけて来る。


「・・・ちょっと転んだんだよ。それにゴミじゃない、商品だ。」


「どうせ、畑でイノシシにでも襲われたんだろ。お前どんくさそうだからなぁ。」


うるさいな、太っているお前に言われたくはないよ。


早くどこかに行って欲しいと思っていたが近くを離れない。そしてニヤニヤしながら再度喋り出す。


「そう言えば、ウニの注文が一応入っているぞ。日曜日の朝までに必要だが。」


海産物は手間はかかるが単価がいいものが多い。金の亡者である婆ちゃんはやるだろうな。


そう思って詳しい話を聞くことにする。


「量は?どのくらい用意すればいいんだ?」


「5kgほど欲しいと言っていたかなぁ。」


満田は顎を手でさすりながらどこかへ行ってしまった。確か今日から大潮のはずだ。日曜までは5日と余裕がある。


「婆ちゃんに聞いてみるか。」



――――

出荷を終えて家に戻ると、屋敷の前に1台の車が止まっていた。


不思議に思いながら自分の車を脇に止めて玄関へと向かう。すると車の中から見知った3人の顔が現れた。


「「「黒崎!」」」


怒りで声を大きくするのは畜産農家の跡取り息子たちで彼らは高校の時の同級生だ。


人はこいつらを『ミートリオ』と呼ぶ。


「よ、よう。牛田に玉崎、鳥飼じゃないか。ミートリオが揃ってこんな朝早くからどうしたんだ?」


「昨日どうして会議に来なかった!俺達みんな待ってたんだぞ。」


「そうだ、昨日は大事な会議だったのに!」


「何も進まなかっただろ!お前が商社で働いていた時の経験を聞きながら対策を練ろうとしていたのに。」


自分の意思で行かなかったわけではないが、理由を正直に話すことはできない。


「悪い。ちょっと転んで気がついたら夜中になってたんだ。」


こいつらの思考は単純だ。簡単な嘘でごまかせるだろう。


すると俺の顔にできた青タンや赤く腫れあがった頬を見てすぐ心配を始める。


「確かに、ひどい怪我だ。」


「大丈夫か?」


「どんな転び方したらそうなるんだよ。誰かに殴られたように見えるぞ。」


よしよし、案の定騙されてくれたようだ。用件を早く聞いて追い返そう。


俺はこのミートリオに異世界の女の子を見られることは危険だと考えていた。


こいつらは全員独身で年齢が30を超えたこともあり非常に焦っている。


噂では直売所のオバちゃんたちにまでアタックしているらしい。


この家に女の子と同居しているなんて知れたら、確実に俺を殺しにくるだろう。


―――

「黒崎の家、久しぶりに来たけど・・・雰囲気変わったな。」


「いつの間に立て直したんだ?平屋が西洋館になってる。」


「こいつ昔から西洋かぶれだったしな。一緒にバンドやってた時もブリティッシュロックがいいとかほざいてたろ。」


おい鳥飼、ブリティッシュロックをバカにするな。あんなに素晴らしいものはないぞ。


反論したい気持ちにかられたが、グッと我慢する。


「まあまあ、家のことはどうでもいいじゃないか。雨漏りがするからちょっとだけ改修したんだよ。それより文句を言いに来ただけなら謝るから帰ってくれないか。これから仕事だし。」


すると小太りの玉崎が思い出したように懐から折りたたんだ一枚の紙を取り出した。それを広げると俺に見せる。


「これをお前に渡すために来たんだ。」


紙には青年会に参加している農家の名前が書いてあり拇印も押してあった。


「何これ?」


「血判状だ。」


「血判状?」


なんとまぁ古風なものを。牛田、得意げな顔やめろ。


「それで、俺にどうしろと?」


「お前にも署名して欲しいんだよ。仲間としてな。金とかにつられてスーパーの味方をしないようにさ。」


「もし味方したら?」


「拷問して死刑。・・・なんてな、そこまではしない冗談さ。」


ミートリオは笑い出す。しかし、3人とも目は笑っていなかった。


血判状を拒否して殺されなくても村八分くらいはあるかもしれない。もめ事につながるのは嫌だが参加しないわけにはいかないだろう。


「わかった。書いて後で持っていくよ。」


「よしっ、さすが黒崎だ。じゃあ、後で鳥飼の家まで持って来てくれ。」


「了解。」


血判状を受け取ると3人は満足そうな足取りで車へと向かい出した。


ふぅ、どうにかバレずにすんだか。よかったよかった。


だが、3人が車に乗り込もうとしたその時、空からドサッと小さな塊が落ちてきた。それはしばらく地面で痛みをこらえるようにモゾモゾしていたがやがて立ち上がりキョロキョロと周囲を見回す。


そしてなぜだか「エヘヘ。」と恥ずかしそうに笑った。フードから紫の髪が出ている。


プリムだった。


――――

「玉崎、鳥飼。今、屋根から女の子が降ってきたんだけど。」


「あぁ、俺も見てた。」


「俺も。」


ミートリオの3人はいきなり現れたプリムをまじまじと見つめている。


まずい!まずい!まずい!


どうする、どうやってごまかす?


こいつらが状況を理解する前にまず女というものを視界から遠ざけないといけない。


俺はプリムと目を合わせ、視線で『どこかへ行け』と合図した。


彼女は右手の人差し指を唇に当て何か考える表情をした。そしてすぐに笑顔になる。


わ、わかってくれたのかな?


プリムは右手でブイサインをする。そして勢いよく走り出した。・・・俺の方へ。


「ゆ・う・た~!!おはよう!もう出荷は終わったの?」


12歳とは思えない跳躍を繰り出す。そして空中で一回転して背後に回ると腕を俺の首に絡めながら抱き着いた。


―――

「玉崎、鳥飼。今、女の子が黒崎に抱き着いているように見えるんだけど。」


「あぁ、俺にも見える。」


「殺!」


一瞬でミートリオに囲まれる俺とプリム。喉元には巨大な牛刀が突きつけられた。


「おい、黒崎。仲間を裏切ると死刑と言ったろ?」


「待て牛田。嫉妬するのはわかる。しかし、まずはこいつの言い分を聞いてからでもいいんじゃないか?殺すのはそれからでも。」


結局殺すのかよ!鳥飼、こいつらを止めて。


「もしもし、警察ですか?少女誘拐犯がいます。早く来てください。あ、弁護士は必要ありません。極刑しかないんで。」


ちょっと!銃刀法違反、集団暴行の奴らが通報してるんですけど!?


3人の目はとても冷たく明確な殺意が俺に向けられていた。


「ちょ、ちょっと!話しを聞いて欲しい。その子は遠い親戚の子で、ちょっと訳アリで預かっているんだ。それに俺はガキに興味ない。」


「むー、ボクはガキじゃないよ!」


そう言いながら抱き着く力を強めるプリム。


どうしてお前は話をおかしな方向に持っていこうとするんだ!


「遠い親戚?まったく似てないが。」


「遠いってことは将来結婚が可能なんじゃないか?許せん。」


「お嬢ちゃん、お名前は?肉は好きかな?それなら俺の家に、ふぐっ。」


勝手にプリムに話しかけようとした鳥飼は2人からみぞおちに強烈な一撃をくらう。「抜け駆けは許さない。」というつぶやきが聞こえた。


「黒崎、本当にこの女の子はお前の親戚なんだな?そうなんだな?」


牛田は額がくっついてしまいそうなほど近寄る。


こいつの目、返答次第では殺る気だ。ごまかしきるしかない。俺はゴクッと唾を飲み込んだ。


「し、親戚だ。俺にロリコン趣味はない。将来結婚しようと思わない。」


ミートリオは肩を組んで何やら話し合いを始める。結論はすぐに出たようだった。


「黒崎、今回はお前のことを信じよう。だが、嘘だとわかったら、覚悟しとけよ。」


「あ、ああ。わかった。」


背中には冷や汗をびっしょりかいていた。


「しっかし、お前は幸せ者だよなぁ。こんな可愛い女の子と一緒に生活できるんだから。」


「飯は作れない、悪戯はするで困っているんだけど。」


「お前は何もわかってない!」


牛田が声を荒げる。それに続いて玉崎、鳥飼も「そうだそうだ。」と同調した。


「俺達の生活にはそんな子は一人もいない。いるのはメスの牛や豚、鶏だけだ。」


「そうだ、わかるか?毎日何十頭 (匹)のメスの世話をして、子作りをするんだ。主に人口受精でな。」


「うまく種付けができると嬉しくなってしまう自分がいてな。違う道に踏み外してしまいそうになる。人間の女の子と暮らせるお前は幸せなんだ。わかったか!」


ちょっと待て、こいつらプリムになんて話を聞かせてやがる。


「ねぇ、この人たち何のこと言ってるの?」


「耳を塞げプリム。お前は聞かなくていい。」


「お嬢ちゃん、もう少し大きくなったらオジサンたちのところに来ないかい?お肉食べ放題だよ。」


「もしもし、警察ですか?銃刀法違反な上、幼女に卑猥な言葉を浴びせる輩 (やから)が3人もいます。はい。迷惑防止条令違反です。すぐ来てください。」


俺には暴言を、プリムには甘い言葉を言いながらミートリオは帰って行った。


「面白い人たちだったね。」


お前・・・。


無邪気に笑う彼女に、俺は懇親の力でチョップした。


――――

「おい、外で何を騒いでるんだ。」


玄関の扉が開いてユイが顔を出す。俺の見るなり顔をしかめた。


「あのねー、何か面白い男の人たちが3人も来てたよ。」


プリム、本当にちょっと黙っててくれ。


彼女は俺を睨みつける。


「貴様、昨日の痴漢行為といい何を考えている。私への嫌がらせか?」


「ち、ちがう。昨日気を失って集まりに行けなかったから話をしに来ただけだって。」


「どうだかな。堂々と姫様や私の裸をノゾキに来るくらいの変態だからな貴様は。まぁ、いい。さっさと中に入れ。婆様が今日からの作業について話しがあると言っている。」


そうだった、大事なことを忘れるところだった。


俺は店からウニの注文が入っていることを婆ちゃんに伝えるため中へと急いだ。


―――

プリム


リリーナに従う魔法使い。


年齢は12歳。


俺にイタズラをすることを好み、魔法使いのイメージとは裏腹にアウトドアが好きで野山を駆け回っている。


この世界にリリーナたちを屋敷ごと転移させた張本人 (らしい)。


いつもサイズの合わない俺の服を着ている。


婆ちゃんと仲良し。


―――

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