第2話 朝は出荷で忙しい。

俺と婆ちゃんは2人で野菜や果物作ったり、海で海藻なんかを取って加工したものを売って生活していた。


農業と言えば聞こえはいいかもしれないけど、要は自営業。


商品が売れれば生活費が手に入る。売れる物が作り出せなければ破産、人生おしまい、食べていけない。


売り先のメインはこの田舎に一軒だけある『産地直売所』だ。


ここは農家が自分の出したい商品を並べられるし、値段も自由に付けられる。いい物は普通の価格で置いて、形の悪いものは安く出せる。


日中、店から何がどれだけ売れたという情報のメールが逐一来るからリアルタイムでお金を稼げているとわかるのもいい。


婆ちゃんが若い頃は農協とかに出すのがメインだった。けど、基本的な買値が安い上に形が悪い物が1個でも混ざっていると全ての商品が値引きされることもある。


ある時、金の亡者である婆ちゃんは『直売所で売った方が儲かる!』と農協や仲卸業者に頼むのをやめてしまった。


今では直売所にしか出していない。


「あぁ、もっと人手があれば出荷量が増やせせて稼げるんだけどねぇ。」


「婆ちゃんは欲が深すぎ、ぼちぼちやろうよ。」


「あんたに小遣いを渡すのにも金がいるんだよ。まったく、本気でやってないくせに。」


「うっ。」


そう、1年前、俺は都会の仕事に疲れ、退職して婆ちゃん家に逃げ込んだ。この婆ちゃんがいつまでもタダ飯食わせてくれるはずはない。俺が農業の手伝いを始めたのはそれからすぐのことだ。


次の仕事が決めるまでのちょっとした繋ぎと思い、適度に手を抜いていたのは見抜かれていたらしい。


「あぁ、忙しい忙しい。誰でもいいから真剣にやってくれる若い子が来ないものかねぇ。」


婆ちゃんの願いはかなった。そして、彼女たちとの出会いは俺の人生も大きく変えることになる・・・。


―――

「おはようございます。」


薄暗く肌寒い倉庫の中から眠気が一気に吹き飛ぶ、女の子の可憐な声がする。


ピンク髪をポニーテールにした異世界のお姫様、リリーナがそこにいた。


「お、おはよう。リリーナさん。早いね。婆ちゃんは?」


リリーナは昨日取ってきたばかりのキャベツに『新鮮野菜』と書かれたテープを巻き付けながら答える。


「お婆様はもう畑の方へと向かわれました。出荷をいつもの通りやっておくこと、だそうです。」


「さすが金の亡者だな。こんな早い時間から仕事に出るなんて。リリーナさん、婆ちゃんの言うこと重労働過ぎない? 文句があれば俺が言うからさ。」


「ふふっ、お婆様のことをそんな風に言ってはいけませんわ。それに私は毎日楽しく仕事させてもらってますよ。つらいことなんてまったくありません。私は自分の力で生きていると初めて実感しています。」


くっ、なんてご立派な意見なんだ。本当に年下か?


俺が高校生くらいのころは農業なんて見向きもせず、遊ぶことしか考えていなかったのに。


作業に戻った彼女の横顔を改めて見た。その顔は本当に楽しそうで喜びに満ちているのがわかる。それにそのジャージ姿はやばい。


昔自分が使っていたものを年下の女の子が着てるなんて・・・何だろう、ものすごくグッとくる。


「・・・あの、雄太さん。そんなにジロジロ見られると恥ずかしいんですけど。」


「は、はひっ。ごめんなさい。」


「もう、早く手伝ってくれると嬉しいです。」


俺は慌てて作業台へと駆け寄り、ドギマギしながらキャベツへと手を伸ばした。


―――――


「よし、今日はこのくらいでいいかな。店に持って行ってくるよ。」


「あの、私もお店に付いて行ってみたいのですが・・・ダメでしょうか?」


リリーナは若干前かがみになり、上目遣いをしながら聞いて来た。


反則的な可愛さだ。つい、『もちろん、ご一緒しましょう。』と言いたくなる。


だが、我慢しろ、俺。騙されるな。彼女のこの顔は『無理だとわかっているのにお願いをしている顔』だ。


「ダ、ダメです。ここら辺には独身の男どもがたくさんいるんです。リリーナさんみたいな可愛い子を見たら間違いなく襲ってきます。」


特にあの畜産農家トリオは危険だ。見境なく声をかけているらしいし、奴らにリリーナさんたちが俺と一緒に暮らしていることがバレてみろ、間違いなく殺される。


俺が。


「・・・そうですね。可愛いユイが襲われたら困りますものね。」


「いえ、ユイさんの場合は襲って来た男が死ぬから大丈夫です。」


男嫌いのあの人の場合は・・・襲ってしまった方が『ご愁傷さま』になるだろう。


・・・それこそ、俺みたいにね。


――――

「なんだ、黒崎。また持って来たのか。」


ちっ、何も仕事しないくせに今日もいやがる。


店に着くと自分の腹を前に突き出し、ユサユサと揺らす男が偉そうに話しかけて来た。ここの店長で同級生の満田(ミツダ)だ。


「並べる商品があることはいいことじゃないか。売れれば店に手数料が落ちるんだし。」


例えば今日持って来たキャベツ、俺はこれに1玉200円で値段を付けた。店には自動的に1割20円の手数料が残り、出荷者の手元に残るのは180円というわけだ。


「お前のとこの商品は他の農家の皆さまと違って質が落ちるんだよ。年寄りの婆さんとオッサンが作ったものなんて売れねぇんだ。」


「売れ残りはこっちで引き上げるんだから店にリスクはないだろ。それに、この付近の農家はほとんど爺さん、婆さんが中心じゃないか。」


「う、うるさい。俺が店長になったからにはドンドン改革していくんだ。俺が持っているコネを使って流行りの若手農家、それも知的で聡明な女の子とか、口は悪いけどキレイな女の子とか、明るくて元気な女の子とかが作っている商品を中心にしていくんだ。売上は倍増だぜ。へへへ。」


今日持って来ている商品はまさにそんな女の子たちが収穫したものなのだが。


そう言いかけたがやめた。


「バカなこと言うなよ。そんなの無理だって。いいからここに置くぞ。」


「ダメだダメだ。店長の俺が言うことは絶対なのだ。もしそこに置いても俺が後で移動させるからな。」


「ちっ、わかったよ。どうしたらそんな嫌な奴になれるんだ。」


しぶしぶ外から見えにくい店内の隅に商品を並べた。


「あ、売れ残りは裏に置いてあるからな。ちゃんと持って帰れよ。」


「わかったよ。」


満田は腹を揺らしながらどこかへ行ってしまう。


返品になった野菜を車に積み込む。こうなってしまっては1円にもならない。直売所のシビアなところは売れなければそれまでだというところだろう。


最近は店長(同級生)の嫌がらせがひどいし。


店でやることが終わり帰ろうとしていたら、知り合いのおばちゃんが近寄って来た。


「雄ちゃん。雄ちゃん。最近お婆ちゃん見ないけど、元気してる?」


「あ、おはようございます。ピンピンですよ。もう畑の方に行ってます。」


「そうなの、雄ちゃんっていう助手ができて嬉しいのね。これからもお婆ちゃんの手伝い、頑張ってね。」


「はは、ぼちぼち頑張ります。」


「それより聞いた?この近くの空き地で工事していた建物、あれ、やっぱりスーパーらしいわよ。大手のチェーンなんですって。そんなのが来ちゃったら価格競争が起きて生産者は困っちゃうわよねぇ。」


「それ、本当ですか!? 町は反対しないんですかね。」


「なんか、誘致するために裏金が動いているって話だわよ。噂だけど。また何か聞いたら教えてあげるわね。」


・・・大型スーパーか。俺は昔を思い出し、暗い気持ちで家へと戻るのだった。


―――

「雄太、おっかえり~。ねぇ、お土産は?」


家に着き、中に入ると魔法使いのプリムが飛びついて来る。


「うわっ、もうびっくりするじゃないか。ただいま。出荷に行っただけなんだから、お土産はないよ。」


「えー!雄太のケチ!!抱き着いて損した。」


「抱き着いて損するってなんだよ。リリーナさんやユイさんは?」


「二人とも畑の方に行っちゃったよ。」


「・・・どうしてプリムは残っているんだ?」


嫌な予感がする。


「はいはい!雄太の朝ごはんを作ったんだ。」


「・・・。」


俺は何かを思い出し遠い目をした。


「何!?そのまた食べられない物を作ったんだろ?っていう顔は!」


「実際、そうだったじゃないか。」


先日、農作業から帰って来るとプリムが夕食を用意していたことがあった。


自信満々に「ボクの世界で有名な『魔女鍋』だよ。」と言って出してきたそれは、ドスの効いた紫色で異臭が漂っていた。それを思い出すだけで吐き気がする。


「いや、俺は残っているものを食べるよ。」


俺は『逃げる』のコマンドを選択した。


しかし、彼女は回り込んで立ちはだかった。


「今日は素材の味?を活かしたからね。はい、召し上がれ!」


プリムは後ろから大きな皿を取り出し、差し出す。そこにはキャベツが丸ごと生のままで置かれ、脇にはヨトウ虫をこんがりと揚げたものが添えられていた。


「食えるか!」


「あいだっ。」


プリムの頭を思いっきりチョップした。


―――

リリーナ=メイザース


異世界からユイさん、プリムたちとやって来た。


姫様と呼ばれるなどその地位は高い模様。


年齢は16歳。


見た目とは裏腹に大人びており下手したら俺より意識が高い。


元の世界に帰る意思があまりなく、ユイさんを困らせている。


俺がユイさんやプリムにやられるのを楽しんでいると思われる。


―――

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