田舎生活 ~農業、海、山、そして異世界人!?~

蛍 伊織

第一部

第1話 その手の感触は。

「ユ、ユイさん。やめてください。さっきのは事故です。わざとじゃありません。」


両手を高く上げ、精一杯の笑顔を作った。

冷や汗を浮かべる俺を麦わら帽子をかぶった金髪の女の子が睨みつけて来る。


「言い訳無用。私の体には指一本触れるなと言ったはずだ。なのに、貴様は・・・。」


「ひぃっ。ちょっと待って。」


目の前にいるその子から、俺の喉元にかけてギラリと輝く鋼の刃が伸びていた。

彼女がほんの少し力を入れるだけで俺の首から上は体と永遠にサヨナラをしてしまうだろう。


ま、まずい。この目は本気だ。本気で俺を殺す気だ。


「祈りは済んだか?」


「わ! や、やめて、動かさないでください。リ、リリーナさん! プリム! 助けて!!」


女の子は翡翠色の目を細め咎める。


「往生際が悪いぞ。男なら潔くだな・・・。」


すると、クスクスっという笑い声が聞こえて来た。

頭は動かさず、瞳だけを左に動かし視線を向ける。

ピンクの髪を頭の後ろでまとめたポニーテールの女の子がそこに立っていた。

幼い顔をしているが、どこか大人びていて風格がある。


「ふふっ。ユイ、男が嫌いなのはわかりますが、話くらい聞いてあげたらどうです? 雄太さんも事故と言っていますし。」


「そ、そうですよ。リリーナさんの言う通り。話しを聞いてもらえれば誤解も解けますって。」


このチャンスを逃がすわけにはいかない。


俺は必死でピンクの髪を持つ女の子『リリーナ』の言うことを聞くように懇願する。

殺気立つ金髪の女の子『ユイ』を止められるのはリリーナしかいない。


「ひ、姫様。でも・・・。」


リリーナのお陰でユイの怒りが若干だけど和らいだ。

さすが『姫様』だ。

『騎士』であるユイはご主人様に逆らえない。


いける!


そう思った時、反対方向から無邪気な幼い女の子の声が聞こえて来た。


「ハイハイ! ボクは雄太がわざと触ったと思うなぁ。ユイってどこ触っても柔らかいもんね。」


そこには腰まで伸びた紫の髪を赤のリボンで束ねた少女がいた。

俺の方をニヤニヤしながら見ている。


こいつ、また面白おかしくしようと思って!


俺は慌てて否定した。


「プププ、プリムさん!? いきなり何を言うのかな? あ、あはは。まったく。子どもはわけのわからんことを急に言うから困るなぁ。」


「むぅ、ボク、子どもじゃないよ!」


「・・・いや、子どもだろ。」


ボク、と自分のことを呼んでいるがこいつはまぎれもなく女の子だ。

背も低く、どう見ても小学生くらいにしか見えないが『プリム』は国で5本の指には入る『魔法使い』らしい・・・本当かよ。


いつもイタズラしかしないくせに。


「おい、雄太。プリムはこう言っているぞ?」


またもやユイが殺気立つ。

俺、『黒崎雄太』はプリムを睨みつつ、リリーナの権力を借りまくしかなかった。


「ユイさん。あなたは自分の主人とガキの魔法使い。どっちの言うことを信じるんです? よく考えてください。」


「むぅ。」と言ってプリムが何か言おうとしたが、俺はもう一度睨みつけて黙らせる。

リリーナはニコニコと笑顔を浮かべたまま立っていた。


「そ、それは・・・。」


ユイは麦わら帽子の下で悩んでいた。

が、すぐに剣を降ろし苦悶の表情で言う。


「・・・。もう一度だけ話をする機会をやる。」


本当に嫌そうな顔だった。

男なんて有無を言わさず殺していいとか思っているじゃなかろうか。


とりあえず弁明のチャンスを得たことにホッとしつつ両手を降ろす。

リリーナが面白い話を聞かせてね、とばかりに弾んだ声を出した。


「では、何があったのか聞きましょう。」


―――――

「ユイと何があったんです?」


リリーナは笑顔のまま聞いた。

その顔は一見優しさで溢れているが、どことなく楽しんでいるように見える。


「それはですね。その・・・。」


「大丈夫、落ち着いて話してください。」


「えっと・・・ユイさんがそこにあるキャベツを取ろうとして持ち上げたんですが・・・。」


そう、俺達は今『キャベツ畑』の中心に立っている。

生きるための糧(まあ主にお金だけど)を得るため農業に励んでいたのだ。


「それにヨトウ虫が付いていたんです。」


「ヨトウ虫?」


「あぁ、はい。えっと、あ、これです。」


5センチくらいの芋虫を足元で見つけ、手に取ってリリーナに見せる。


「ひっ。」


ユイが小さな悲鳴を上げて後退った。

リリーナとプリムは平気なようだった。


ヨトウ虫をまじまじと見ている。


「ユイさんがヨトウ虫に気づいて驚くあまりこけそうになったんで、危ない! と思って手を出したら・・・触ってしまいました。」


「こんなに可愛いのにねぇ。」


プリムは俺の手からヨトウ虫を奪い取り、つついたりして遊び始める。

リリーナが納得したように言った。


「ユイはこういうウニョウニョ動くものはダメですからね。魔の森で巨大なイモムシに襲われました時から。しかし、今の話を聞くと雄太さんは悪くないように思えますね。」


やった! と、安心する。

リリーナがこう言えば、ユイも文句を言わないだろう。

このままごまかせる。


「そう、これは事故なのです。わかっていただけて嬉しいです。さぁ、これからもっと日差しが強くなります。早く作業を終わらせて家に帰りましょう。」


そう言ってその場を離れようとした。

が、ユイが俺の手を掴む。

見ると、彼女は顔を真っ赤にして涙目になっていた。

そしてリリーナに声を震わせながら訴える。


「ひ、姫様。少し手が当るだけなら私も我慢したでしょう。

 ですが、こいつは私の、お、お尻に触れそのまままさぐってきたのです!

 あの手つき、今思い出しても鳥肌がっ。」


ゾクゾクっとユイの体を悪寒が駆け巡る。

彼女は自分の体を抱え込んでいた。


そして俺は・・・リリーナの冷たい視線にその場で凍り付いていた。


――――

危ない! そう思ったのは嘘じゃない。


ヨトウ虫に驚いてひっくり返りそうになったユイと地面との間に手を差し出した。


多少の痛みは覚悟していた。

が、手に感じたのはマシュマロのように柔らかく、気持ちのいい感触だった。


生まれて初めての触り心地に快楽へ溺れてしまった俺を誰が攻められようか。


すると、リリーナが能面のような表情で傍まで来る。そして不意にニコッと笑った。

そこに優しさはまったく感じられない。


「それはそれは、気持ちのよかったことでしょう。私の従者を凌辱して無事でいられると思わないことです。プリム!」


ヨトウ虫と戯れていたプリムは顔を上げる。


「な~に? リリーナ様。」


「雄太さんにお仕置きをお願いします。」


「ほ~い。」


プリムは右手を空に向かって掲げた。すると、雲1つない空に小さな雷雲ができ、ゴロゴロと唸り声を上げる。


「ちょ、ちょっと待ってプリム!ッギャァアアア!!!」


プリムが「えいっ。」と、腕を振り下ろすと凄まじい電撃が俺を襲い、一瞬で全身が痺れた俺はその場に倒れ込んだ。


「ふうっ。男性の性的嗜好はこちらの世界も一緒みたいですね。まぁ、あの公爵にくらべれば健全なのでしょうが。」


「だから男は嫌なんだ。男なんて滅んでしまえばいい。男なんて・・・」


「雄太、どうだった?ビリッときた?ねぇねぇ。」


プリム、見てわかるよね? 

お前の魔法で俺が今どうなっているか。指一本動かせないよ。


「・・・何をしているんだいお前たち、遊んでないで働きな! 金を稼ぐんだよ。」


突然、老婆のしゃがれた声が降って来る。

嫌と言うほど聞いた。俺の婆ちゃんの声だ。


「「「は~い。」」」


リリーナ、ユイ、プリムの3人は返事をして、黒焦げになった俺を放ったらかし畑へと散っていった。


「・・・あんたもさっさと働きな。」


「ば、婆ちゃん、俺が今どういう状態か見てわかるよね? 死にそうなんだよ。」





金髪の女の子に剣を向けられたり、紫色の髪の少女に魔法で電撃をくらわされたりしてるけど、ここは日本の、田舎の、俺んちの畑だ。


ほんの一か月前まで婆ちゃんと俺の2人でのんびりと暮らしていただけ。


それなのにあの日。


ピンクの髪をした姫様に連れられ、彼女たちは異世界から現れたんだ。

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