1-31 近づく終焉

 息を殺し、チャンスをじっと待つ。

 シスルが立てる、コツコツとした足音が徐々に離れていき......。


――今だ!


 サイトは、建設ドローンの陰から、勢いよく身を乗り出した。彼の目に映るのは、45メートル前方を、無防備にも背を向けて歩いているシスル。

 鼻歌混じりのその姿は、戦闘中の姿にはとても見えなかった。


 一瞬でシスルの後頭部へとPDWの狙いをつけ、引き金を引く。サイトの卓越した射撃技能にコントロールされた、十数発の5.56mmFMJ弾。それらは、常人なら避けようの無い速さと正確性で目標へと飛来していく。


 そう、なら。


 シスルは目にも止まらぬスピードで、体を左方向へとひるがえした。地面を強く蹴ることで空中に身を投げ出し、飛来してくる弾丸の軌跡から逃れる。同時に、まるでフィギュアスケーターがスピンするかのように、体を一回転。背後に居るサイトに銃口を向ける。


 攻撃ターンはサイトからシスルへと移った。右腕の可変式磁力兵器と左手の10mmサブマシンガン『キャデヘイド LC-31』から、同時に無数の弾丸が放たれる。


――また、失敗か!


 サイトは、舌打ちをしながら、素早く立射体勢から元の匍匐体勢へと移行する。間を置かず、彼の頭上を不吉な風切り音が切り裂いた。


 早急に移動し、身を隠す必要がある。


 匍匐状態のまま、ゴロゴロと右方向へと転がる。数メートル転がったのち、仰向あおむけ姿勢で、UfASシステムに吊り下げられた閃光手榴弾を手にした。これが最後の一つだ。


 シスルの射撃は未だ、間断なく続いている。その証拠として、銃声、そして建設ドローンと弾丸が衝突する金属音が、けたたましく大音量を発していた。ついでに、雑多な破片が辺り一帯に飛び散り続けている。


 バリスティック・グラスとスマート・イヤープラグの恩恵に感謝だ。前者は、数多の降り注いでくる破片から目を。後者は、音を自動的に選別し、戦闘には不要な大音量のノイズのみをカットすることで聴覚を保護してくれる。


 サイトは閃光手榴弾のセーフティを解除し、仰向け姿勢のまま、遮蔽物の向こうへと山なりに放り込んだ。

 数秒の間をおいて爆発音とまばゆい閃光。同時に、シスルからの猛烈な銃火が鎮まる。


「うおっ! まぶしっ!」


 シスルはおどけた口調でふざける。


 サイトはこの隙を見逃さず、猛然と立ち上がった。そして、死角となる方向へ全速力で駆ける。再び銃撃が再開され、彼のすぐ後ろを、弾丸が通り抜けていく。


 戦闘開始から約15分が経過していた。しかし、戦いの行方は未だ決まらず、膠着こうちゃく状態に陥っている。


 最初の5分間で、サイトは正面から撃ち合う戦い方は諦めていた。というのも、シスルはサイトの数倍の火力を有していたため、正攻法ではまともな戦いにならなかったのだ。というのも、奴の右腕にマウントされた可変式磁力兵器の存在が大きい。


 磁力兵器とは、レールガンやコイルガンを初めとする、電気と磁力を用いて専用の合金弾を発射する兵器の総称だ。火薬式銃火器よりも弾速が速く、さらに命中精度や破壊力でも上回っている。

 従来の火薬式銃火器の長所をより引き延ばしたこの兵器は、多世界交易都市防衛機構軍や大手PMF《民間直接軍事行動従事企業》の一線級実戦部隊に制式採用される程のポテンシャルを持っていた。


 ただし、民間での流通には規制が掛けられており、”コレクション用途”と、おなじみのただし書きが付いた中古の軍用放出品や、闇ルートを通じて入手するほか無い。また、銃器本体を入手できたとしても専用の合金弾の入手というさらなる壁が立ちはだかる。


 つまり、撃てば強いのだが、運用には高いコストを支払う必要があるということ。そんな、高コストな弾を惜しげもなくバカスカと撃ってくるシスル。それに、奴の左手のSMGから放たれる10mm弾も加わり、サイトとシスルの火力の差はひどいものなっていた。


「ブルジョワジーな奴だ」


 サイトは苦々しく皮肉を吐き、弾丸からの逃避行を続ける。


 そんなわけで、真っ正面からの決戦を避け、不意を打つ戦い方にシフトしたサイト。


 シスルの予測移動ルートにブービートラップを仕掛ける、上階から狙撃する、背後から不意打ちする......。しかし、何をやっても、何度やっても失敗し、先程のように猛烈なカウンターを食らうのだった。


 認めたくはないが、認めざるを得ない。奴と俺との力量の差は明確だということを。


 逃避行を続けている間に、サイトの目の前にフロア中央部の吹き抜けが迫ってきていた。ここは4階であったが、サイトは欄干らんかんを何の躊躇ためらいもなく乗り越えた。


 9メートル分の自由落下。大種族分類における、人間の平均的着地安全限界高度は5メートルとされている。一方、ヴァンパイア・パラディシスタントの着地安全限界高度は、2倍の10メートルである。この差は、身体能力の差によって、もたらされていた。


 1階の堅い床との邂逅かいこうの衝撃を、しなやかに前転することによって身体の外へと逃がす。そして、その勢いを生かしてスタートダッシュを切った。直後、頭上から響いてくる銃声と共に激しい衝撃がサイトの右腕を襲った!


 HUD上の、『QWPディフェンシブカービン』ステータスリポートに表示される『銃身破損・発砲不可』の文字。


――被弾した! 上からだ!


 サイトは瞬時に半壊したPDWを手放す。同時に床を蹴り、上階からの死角となる前方へとダイブ。頭上から雨のように降り注ぐ弾丸から、ギリギリのところで逃れることに成功した。幸運にもサイト自身には弾は当たらなかったようだ。 


「逃げ足だけは速いんだから」


 やはり、奴は上に居る。頭上からシスルのあざけり声が聞こえてきた。


 サイトは呼吸を整えるため、しばらく床を這って移動する。


 最悪なことに、プライマリーウェポンを破壊されてしまった。サイトに残されている銃器は、10mm拳銃『P/NA-04』のみ。彼は、ホルスターからP/NA-04を引き抜き、手中にある最後の相棒をまじまじと眺めた。これで、奴と俺との火力の差は致命的なものとなったわけだ。 


 荒い息づかいも平常時のものに戻ってきた。ゆっくりと立ち上がり、足音を立てないように気を配りながら歩き始める。


 そろそろやばい。サイトは、戦闘時感情揺動最適化処理越しに、焦りを感じ始めていた。戦闘の推移は決着へと行き着く流れとなっている。


 シスルがサイトを殺し、このビルが吹っ飛ぶ結末へと。


 火力や力量の差もそうだが、シスルはもう一つ、サイトには無いポテンシャルを抱えていた。


 それは、シスルは機械人形ゆえに、疲れを知ることがないということ。ヴァンパイア・パラディシスタント、つまり有機生命体であるサイトは、動けば動く程、比例して疲労が蓄積していく。そして、疲労は身のこなしと判断力を鈍らせ、その僅かな鈍さがシスルにサイトを殺させる機会を与えうる。


 PDWを破壊され火力の差は致命的なものとなり、疲れは時間が経つに連れ、シスルの味方をする......。


 決死の覚悟でこの地に赴いたが、できれば生きて復讐を果たしたいところだ。一か八かの賭けに打って出るとしたら、今がその時に違いない。シスルの火力が十分に発揮されないインファイトに持ち込み、一気に片をつけてやる。


 シスルはまだ、4階もしくは3階に居るはずだ。階段を上ってフロアを移動しよう。このビルには天頂部から見て、左右に一つずつの階段があった。サイトは、それらのうち、右側の階段を選択。進行方向に拳銃を向けながら、一段一段慎重に上っていく。


 これまで以上に危険な戦いになる。生半可な機動力とポジショニングでは、接近することすら叶わないはずだ。重要なのは――。

 

 次の瞬間、ピッ、という電子音とコロコロと何かが転がる音。それは、1階から2階へと続く踊り場で起きた。


――ブービートラップだ!


 サイトは、足下に転がってきた球体状の物体が何であるかも確かめぬうちに、きびすを返し、元来た階下へと飛び込んだ。次の瞬間、左横方向から強烈な熱波を伴う閃光が襲いかかってきた。


「ぐっ......!」


 咄嗟に飛び込んだため、受け身を取れずに冷たい床へと叩きつけられた。左手と右手の甲、そして首元にを感じるのは、その衝撃のためだけではない。


 一目見ただけで我が身に何が起きたのかがわかった。痛覚を感じた部分は、総じて赤く腫れ上がり、水膨れができている。

 ステータスリポートによれば、浅達せんたつ性Ⅱ度の熱傷とのこと。


 おそらく、先程の爆発物は対吸血種族用の閃光手榴弾。両手で顔面を庇ってなければ、強力な紫外線で顔面が焼かれていただろう。

 疲労から集中と警戒が少しばかり疎かになっていただけで、危うく焼き殺されるところだった。背筋を冷たい汗が伝い落ちる。

 

 ともかく。応急処置を施さねば。


 サイトは、ポーチからファーストエイド・スプレーを取り出し、手早く患部に噴霧していく。消毒薬、止血剤、鎮痛剤などがミックスされた溶液が次々と患部に固着。外気に晒されている傷口面積は徐々に小さくなっていった。 


「アハハ! に引っかかったんだね! 雑魚は、戦いが長引けば長引く程、足元がお留守になっていく......。最初期にトラップの類を使わなければ特にね! 勝手に、『敵はトラップを使ってこないだろう』なんて思いこむからかな? 馬鹿だよねぇ......。それはそうと、まだ生きてるよね? あっさり黒焦げになって終了とか、塩試合もいいとこじゃん。もっと私を楽しませたまえ」


 次から次へと、サイトを取り巻く状況は悪化していく......。破滅へのカウントダウンは既に始まっていた。

 

 

 


 

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