1-30 強行突破
構成員との幾多もの戦闘を切り抜けながら、ツクモとアーヴィッドの二人組は、正面玄関ホールまで辿り着いていた。ここには、二階へとつながる、中空き階段がある
あの階段を上られれば、邸宅裏側のバルコニーへと一直線。エチェベリア邸からの脱出は目前である。
だが、その階段を上りきった場所付近には、家具が積み上げられた、即席のバリケードが築かれていた。そこに身を隠した構成員達が、ツクモ達が居る一階ホールに、容赦ない銃火を浴びせている。
二人は正面ホールの柱の影に屈み込みながら、背中を張り付けることによって、飛来してくる銃弾をやりすごしていた。
釘付けにされているこの状況では、とてもではないが、二階へと上ることは不可能だろう。
ツクモはそう考えながら、ショットガン『KPzh80』で後方から迫ってきた構成員の犬族獣人男を撃ち倒した。
不幸にも、このホールにはタレットが備え付けられていないため、ティコからの火力支援も期待できない。あくまでも、自力で突破しなければならないのだ。
ツクモから見て、左側の柱に張り付いているアーヴィッドは、バリケード付近に向かってブラインドファイアを繰り返している。
『さて、どうする?』
柱にもたれ掛かったアーヴィッドが、空になったドラムマガジンをダンプポーチに収納し、新しいドラムマガジンをサブマシンガン『M2099』に取り付けながら、思念通信で聞いてきた。
『53年前にも同じ状況に陥ったことがある』
『その時はどうしたんだ?』
ツクモはにんまりと笑った。
『突っ込んで撃って斬った。今回も前例に
ツクモが背中の単分子滅魔刀を指差しながら、こともなげに言う。
『おいおい、リスクが高くないか?』
『だが、やらねばいつまで経っても
アーヴィッドはやれやれといった様子で、自らのUfASに吊り下げられた閃光手榴弾を手にした。
『じゃあ、やるか。俺は、フラッシュバンの
ツクモも破片手榴弾を手にしながら笑みを漏らした。
『そちこそ。むやみやたらに射線を動かすではないぞ』
アーヴィッドは閃光手榴弾のセーフティスイッチを解除し、グリップを強く握りしめた。空中で炸裂するように信管の作動時間を、ニューラル・インターフェースにて調整する。
『三秒後に行くぞ』
アーヴィッドがツクモに伝達。
『うむ』
ツクモも破片手榴弾のセーフティを解除し、アーヴィッドと同じように信管を調整した。
ツクモは右手で破片手榴弾を握り、左手の指を用いて秒数を数え始める。
人差し指、中指、薬指――行くぞ!
アーヴィッドとツクモ、二人が同時にそれぞれの手に握りしめられた投擲武器を投げ込んだ。
二つの飛翔物は、激しい銃火をくぐり抜け、空中で炸裂。
一つは閃光と大音量を周囲に放ち、もう一つは殺傷能力を持つ破片を20メートル四方に巻き散らす。
破片が最前列にいた二人の構成員を殺した。破片から逃れられた構成員達も、閃光と大音量によって一時的に戦闘能力を喪失する。
ツクモとアーヴィッドに対する、烈火の如き銃火が一瞬止んだ。
その間隙を見逃さず、ツクモは柱の陰から正面玄関ホールへと飛び出した。同時にアーヴィッドも遮蔽物から身を乗り出し、バリケードに向かって、命中率度外視の制圧射撃を開始する。
ツクモは、手にしているショットガンをフルオートでバリケードに乱射しながら、一気に踊り場が二つある中空き階段を駆け上る。
構成員達は自分たちに突撃してくる敵を迎撃しようとするが、先程の閃光手榴弾の影響とアーヴィッドの制圧射撃によって照準を上手く合わせられず、弾丸は明後日の方向にしか飛んでいかない。
ツクモが一つ目の踊り場を抜けた頃、手にしているショットガンの弾が切れた。手早くセーフティを掛け、カーペットが敷き詰められている階段上にショットガンを手放す。
二つ目の踊り場は目前である。その踊り場を抜けて直角に左折している階段を上りきれば、バリケードに到達できる。
二つ目の踊り場に面する壁が迫ってくるが、構わずにツクモは一気に加速した。
左折するために体を左側に傾けながら、二つ目の踊り場の地面を蹴り上げ、跳躍。足にカーペットの柔らかい感触が伝わってきた。
空中に投げ出された体は、直角左側に向きが変わり、足は地面にではなく壁に着地した。
跳躍までの勢いそのままに、あたかも壁が地面であるかのように、壁走りを決行。バリケードはすぐ目の前まで迫ってきている。
ツクモは背中の単分子滅魔刀の
――今じゃ!
ツクモは先程の跳躍のように壁を一気に蹴り上げた。彼女の眼前にはバリケードの上方部分が映っていた。バリケードを飛び越えることに成功したのである。
バリケードの向こうに居る構成員達は六名。
ツクモは空中で一回転をし、地面と自らの体の向きを水平に調整する。そのまま、鞘から単分子滅魔刀を抜き出し、上段構えの姿勢を取った。
地面と敵がどんどん迫ってくる。一瞬、数瞬後には斬られているであろう構成員と目が合った。そのオーガ男の構成員は、ツクモに銃を向ける事も忘れ、あんぐりと口を開きっぱなしにしたまま放心していたように彼女には見えた。
――ご愁傷様。
ツクモが地面に着地したと同時に、彼女と目が合った構成員は
返す刀でその隣に居た構成員も一刀両断にする。
奥に居た四人がツクモに銃を向けた。それを察知した彼女は構成員達のエイミング動作に劣らぬ速度で右にサイドステップ。射線を外しながら突進を始めた。
一瞬後、ツクモのすぐ左側そばを複数の熱源が高速で通過していった。四人の構成員達が放った弾丸だ。
しかし、ツクモは恐れおののくこと無く突進を続け、遂に構成員達を射程に収めた。
あとは、ひたすら敵を斬るだけ。四人の構成員達にツクモが斬りかかった。
数秒後、四人はツクモの手によって見るも無惨な姿に切り刻まれていた。
ツクモは素早く討ち漏らした敵が居ないか周囲を確認する。......居ないようだ。
『クリア』
◇◇
しばらくして、ツクモが投げ捨てたKPzh80を抱えたアーヴィッドが、バリケードをよじ登り、姿を現した。
彼の目には、ツクモが壁にもたれ掛かり、顔に付着した構成員達からの返り血を、ウェットシートで拭き取っていた様子が映った。
「派手にやったな。怪我は無いか?」
アーヴィッドがバリケードを乗り越えた先の惨状に目をやりながら呟く。
相変わらず、ウェットシートで顔をゴシゴシしながらツクモは首を振った。
「わざわざ聞かなくとも、ステータスリポートを見ればわかるじゃろう? 無傷だ。 それにしても私服じゃなくて良かったぞ。クリーニングにいくら掛かるかわからんからな」
たしかに、ツクモが現在着用している、メンネング清掃社から拝借した清掃服は、元の鮮やかな青色に戻すのが難しいと思わせるほど、赤黒い血にまみれていた。
「どうせこの清掃服は汚れていようがいまいが、全て終わったら廃棄するからな。もっと汚してくれても構わんぞ」
「これ以上は勘弁して欲しいものじゃ。気持ち悪くてかなわん」
ツクモが返り血を拭き終え、仕事を終えたウェットシートをUFASポーチに仕舞い込んだ。
「済んだか? じゃあ、ずらかるぞ」
アーヴィッドがツクモにKPzh80を投げ渡した。
ツクモは自身に飛翔してくる愛銃を確実にキャッチし、マガジン交換、コッキング、セーフティ解除の一連の動作を素早くこなしてみせた。
それを確認したアーヴィッドは、バルコニーへと通じるドアへ向かって歩き始めた。少し遅れる形でツクモも彼に追従する。
さっさとこの仕事を片づけてシャワーでも浴びたいものじゃ。
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