1-29 対峙

 サイトが準備を終えたところで、ディシェルとミリカが重い足取りで戻ってきた。二人とも、苦虫を噛み潰したような顔をしている


「問題が発生した。別働隊の潜入が露呈ろていしたらしい。現在、交戦中のようだ。すぐさま、救援に向かう必要がある」


 ディシェルが深刻な顔つきで、事態の説明を始めた。


「無念だが、シスル襲撃プランは凍結――」


 しかし、サイトは何食わぬ顔でディシェルの言葉を遮った。


「お二人は救援に向かって下さい。シスルは私が一人でります」


 サイトの常軌じょうきいっしたとしか思えない発言に、ディシェルとミリカは衝撃を受けたようで、互いに顔を見合わせた。


「正気ですか?」


 ミリカが真剣な眼差しで問うてくる。


「ええ。一人で戦います」

「この際だからはっきり言うが、君一人で勝てる相手ではないぞ。もっと言うと、我々が束になってやっと勝てるかもしれない、というレベルだ」

「承知しています」


 頑なに主張と態度を変えないサイトに対して、ディシェルの語気も段々と強まっていく。


「死に急ぐことはない。君は、少し近眼的になっているようだ。頭を冷やせ」

「いえ、私は冷静ですよ。あくまで合理的な理由で一人で戦う必要があるんです」


 サイトは、懐から取り出した”切り札”をインフォメーション・デスクの上に載せた。


「まさか――!?」


 ミリカが驚嘆の声を挙げる。


 ”切り札”の正体は、電子励起爆薬であった。このハイテク爆薬は、同量のTNTの500倍の威力を持ち合わせている。小型で携行可能だが、このサイズでも、ビル一つを吹き飛ばす威力があるはずだ。


「私の生体反応が消失したときに、起爆するように信管を設定しました」

「なるほど。死なば諸共もろとも......という訳か」


 ディシェルが合点がいったという様子で呟く。


 サイトは頷いた。もし、シスルを殺せて生還できたのなら万々歳。仮に、殺されるとしても、奴を道連れにしてやる。


「わかった。我々は別働隊の救援に向かう。シスルは......任せたぞ」

「ありがとうございます」


 サイトは一礼した。そして、二人に背を向けて歩き出そうとした、その時! 彼は勢いよく右腕を掴まれた。


 サイトが振り返ると、目の前にはミリカが。その目は自殺志願者を止めようとしている者特有の必死さが宿っていた。


「ちょっと待って下さい、サイトさん! それで爆殺すれば、わざわざ奴と戦闘する必要はないじゃないですか!?」


 サイトは、首を横に振り、きっぱりとした口調で言い放った。


「駄目なんですよ、それじゃあ」


 サイトの脳裏に、死んでいったの顔が次々と浮かび上がっては消えていく。レイアマティ、ヘッケル、エレクエ、ヴェルダ......。


 そして、ケストレル。自分自身で殺したもう一人の過去の自分だ。


 最早、後戻りはできない。過去との決別を果たすためにも、自らの手で負債を清算しなければならない。


「この手で殺さなければ.......いや、たとえ殺せなくとも、戦ったという事実がなければ、は前に進めない」


 サイトに対する説得は無駄だと感じたのか、ミリカは矛先をディシェルへと変えた。


「ディシェルさんも! サイトさんを見殺しにする気ですか!?」

「いいか、ミリカ」


 ディシェルは、駄々をこねる子供を諭すような口調で、淡々と言葉を紡ぐ。


「我々とサイトが協力関係にあるのは、利害が一致しているからだ。彼との関係性は、それ以上でもそれ以下でもない。労せずしてターゲットを撃破できるというのなら、俺は喜んで彼の提案を受け入れる。単なる利害を越えて、その選択が彼の決断に対する礼儀だと、俺は捉えているからだ」


 ミリカは、反論でもしようとしたのか、何か言いかけた。が、「......わかりました」とだけ言って、掴んでいたサイトの右腕を渋々離した。


 これ以上、互いに言葉は不要だろう。必要なのは行動と、それに伴う結果のみ。


「それでは」


 別れのその一言だけを残し、再び背を向けたサイトは、足早に二人から離れていった。


 ◇◇

 

 静かだ。


 無人のポイントN5290の廃ビルの中で、音を立てているのは、サイトだけである。コツコツと、堅い材質の床を踏みしめる音のみが、辺り一帯に反響している。


 事前説明の通り、廃ビルには、建設途中で放棄されたことを窺わせる遺物が、そこかしこに転がっていた。放置された山積みの資材を保護する役割を今まで果たしてきた防水シートには、埃が積もっている。区画の一角に鎮座している、建設ドローンの外装には無数の錆が浮かんでいた。


 ここに来るまでの偽装輸送サービスの車内は、退屈そのものだった。そこでサイトは、ポイントN5290のビル建設が放棄された経緯をネクサスネットで、調べていた。何かいわくでもついてるのかと、少しばかり興味が沸いたからだ。


 元々、ポイントN5290の廃ビルには、複合型商業施設と賃貸制のオフィススペースが入居する予定だったようだ。だが、何故か建設途中で放棄された。いったい何故だろうか?


 なんのことはない。工事を請け負っていた建設会社の経営者が資金難で夜逃げ。なし崩し的に建設が途中でストップした。元々、ポイントN5290は9区郊外の立地があまりよろしくない場所であったため、代わりに建設に着手する者も居なかった。そのまま9年間、放置されて現在に至る。


 サイトは、1階中央の吹き抜け部に足を踏み入れた。エントランスから吹き抜け部までに至る、薄暗いジメジメとした場所とは打って変わって、暖かな日光がそこには降り注いでいる。

 見上げてみると、最上部には、円形状の天窓が備え付けられていた。そこが採光部になっているのだ。宙に舞う塵に太陽光が反射して、そこそこ美しかった。


 サイトは、吹き抜け部1階中央に鎮座している、山積みされた建築資材の一群におもむろに近づく。そして、資材を覆っている防水シートに降り積もった塵を、手で払った。

 一連の工程を終えたサイトは、建築資材の上に腰掛ける。両膝の上に両肘をつき、目の前で手を組み、待つ。その時を、待つだけだ。


 待ち始めてから15分程経過した。現在時刻は午前10時3分。果たし状の内容に従うとするならば、そろそろシスルが姿を現してもおかしくはないはずだ。


 ――保証はどこにもないが間違いなく奴は、俺の前に姿を現す。


 サイトは確信を持って、微動だにしなかった。


 次の瞬間、第六感が全身に警告を発した!


 サイトは素早く、後方へと身を翻し、建築資材の陰に身を寄せた。ほぼ同時に、頭上を通過する熱源の存在。そして、前方から響き渡ってくる、磁力兵器特有の独特な発砲音。


「なかなかやるじゃん。出てきなよ。大丈夫、すぐには殺さないから」


 あの忌々しい、可愛らしい声は、間違いなくシスルのものだ。

 サイトは瞬時に、ニューラル・インターフェースを戦闘モードへと切り替え、PDWと拳銃のセーフティをリモート解除した。


 ――いよいよ、対峙の時だ。死ぬのは奴か、それとも両方か。

 

 サイトはカバーの陰から、ゆっくりと立ち上がり、その身を晒した。

 奴はすぐには俺を殺さない。十分にいたぶって、楽しんでから殺すはずだ。


 眼前に現れたのは、真紅のドレスを身にまとったシスル。右腕には可変式磁力兵器がマウントされており、左手にはサブマシンガンが握られていた。

 余裕のあらわれか、どちらの銃口も今は床に向けられている。


「ゲロまみれで哀れな窒息死だって聞いて爆笑していたのに、まさか生きていたとはね。主人公補正ってやつ?」

「あの時言っただろう? お前らの頭を吹き飛ばす時が楽しみだと」


 シスルはクスッと笑った。


「おかげ様で仕事仲間が全滅して、ぼっちになっちゃったよ。嗚呼、なんて可哀そうな私」

「御託はもううんざりだ。さっさと始めようぜ」

「えっ、もういいの!? てっきり、まだ死にたくない一心で無駄話に乗ってるんだと思ったんだけどなー。まあ、そこまで言うのなら仕方がない。あっ、楽に死ねるとは思わないでね。ほら、私ってじわじわと残虐性を求めるタイプだし。殺人が趣味、みたいな?」


 サイトは確信した。こいつはシリアルキラーではない。シリアルキラーという皮に、弱い己を押し込めているだけの哀れな機械人形に過ぎない。化けの皮を剥ぎ取られた時、どんな反応を示すのだろうか?


 いずれにしても、奴に報いを受けさせる価値はある。さあ、ペイバックタイムといこうか。


「イカれてる――」


 サイトはPDWを手早く構えた。銃口をシスルへと向ける。


「――とでも言うと思ったか! お前のような狂人ぶって殺しを楽しむ奴が一番ムカつくんだよ! 死ねっ!」

 

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