1-28 武装完了
不慮の戦闘に突入してからというもの、ティコはオーバーライドしたセキュリティシステムを自由自在に操り、アーヴィッドとツクモの支援に腐心していた。
監視システムによる敵の動向の把握とアーヴィッド達への伝達、電子ロック制御による敵の封じ込めと敵移動ルートのコントロール、タレットコントロールによる制圧......。
――現場のメンバーよりも忙しいかも。
ティコは一人、苦笑いを浮かべる。とはいえ、自分が
アラームが鳴り、一台の監視カメラから送られてくる映像がティコの眼前にポップアップされた。
映像には、施錠されたドアをショットガンで破壊し、廊下へと躍り出るタトゥーまみれの、スキンヘッドの大男が映し出されていた。その男に続いて、チンピラのような男も廊下に飛び出している。
ティコは即座にこの監視カメラの位置を確認。ツクモ達が起点としたモニター室に程近い場所にあった。しかも、あまりよろしくないことに、この二人の構成員達の行き先はモニター室のようだ。
このままではツクモ達の進行ルートの背後を、この二人が突く恐れがある。
「折角封じ込めてやってたのに、わざわざ出てくんなよなー。手間が増えるだろ」
ティコが悪態と溜め息をつく。ただでさえ忙しいのに余計な仕事が増えてしまった。
急いで、二人の構成員の最寄りのタレットを探す......、見つけた。即座にそのタレットの起動を開始する。
既に全タレットのターゲット指定プロトコルは書き換えてある。
プロトコルの内容を要約すると『アーヴィットとツクモは撃つな、それ以外の者は全て撃て』。
廊下を突き進む二人の構成員達の前方で、天井に収納されていたタレットが展開された。
「死ねよ」
ティコの漏らした一言と時を合わせるようにして、タレットから無数の7.62mm弾が放たれた。
それらが一斉に構成員達に襲いかかる。
1秒後、タレットは弾丸を吐き出すのを停止した。ティコはタレットに付属しているカメラ越しに、一連の様子を眺めていた。
タレットが設置されていた廊下は、二人の構成員達の血肉で派手に赤色に彩られている。当の二人は物言わぬ無惨な肉塊となっているようだ。
――これで面倒事を一つ片づけた。
安堵したティコは、視線をモニターの一つに落とす。そこでは、エチェベリア邸の食堂の様子が映し出されていた。食堂に居るのは遅めの朝食を食べていた、セシリオ・エチェベリアと護衛役の構成員二人。そして、給仕作業を行っていた4人のメイドアンドロイド達。
突如として発狂して、御主人様に襲いかかったメイドアンドロイドから身を守るために、セシリオ達は拳銃を取り出して応戦している。しかし、ストッピングパワー不足と数の上での劣勢から、徐々に追いつめられていく。なにしろ、メイドアンドロイド達はその身に何発も弾丸を受け、白い人工血液を撒き散らしながらも、前に進むことを止めないのだ。さながら、ゾンビ映画の一幕である。
とうとう、護衛役の一人が囲まれて、頭を千切られた。間を置かず、もう一人もアンドロイド特有の怪力で、バラバラにされてしまう。唯一、生き残っているセシリオは、応戦を諦めて逃げ出そうとするが、時既に遅し。複数のメイドアンドロイドに壁際まで追いつめられて、首をへし折られた。
後に残るのは、三人の死体と、獲物を失って辺りをうろうろしているメイドアンドロイドだけ。
「
一部始終を眺めていたティコは、感慨深げに呟いた。セシリオが、これまでどんな過酷な裏社会を生き抜いてきたかは知らないが、こうなってみると呆気ないものだ。
また、アラームと共に映像がポップアップされた。施錠された扉を突破した不届き者が再び、出現したようだ。
「はいはい、今殺りますよ」
敵のボスが死んだからといって、アーヴィッド達の脱出を阻む者が居なくなったわけではない。結局、やらなければならないことは山積みなのだ。
ティコは面倒くさがりながらも、封鎖を突破した構成員達に最も近いタレットを探し始めた。
◇◇
サイトに対する、今後の行動計画の説明は続いていた。
ネクサスネット深層平面階層に、シスル宛の”果たし状”を放流したこと。フォルトガンドのメンバーが別行動している理由などなど......。
「......つまり、奴らにとっての最重要拠点で一騒ぎを起こして、指揮系統を麻痺させる必要があった。雇われ殺し屋一人の面倒を見ている場合ではない程の衝撃と混乱を与えるために」
ディシェルがわかりやすく説明していた。
つまるところ、シスルを撃破するにあたって、障害となるのは奴自身の戦闘力だけではない。
シスルを追いつめたとしても、救援を要請されれば、無数の構成員達が押し寄せてくるだろう。そうなってしまっては、手も足も出ず、一巻の終わりである。
重要なのは、シスルとルミナスファミリーαの
「そのために、別働隊がエチェベリア邸に潜入しているんですね」
サイトが
「うむ。破壊工作に成功すれば、シスルが救援を要請しようが、無駄になる程のパニックに陥るだろう。目下一番の問題は、奴が我々の”果たし状”に乗るか否かだが......」
「奴の性格を考えれば、間違いなく乗ってくるでしょう。特に、自身の怠慢で私のことを殺し損ねたと知ったのならば......」
ディシェルは首を縦に振った。
「そうだな。ミリカ、ポイントN5290の詳細見取り図を表示してくれ」
「わかりました」
ミリカがインフォメーション・デスクのコンソールを叩く。
三人の目の前、インフォメーション・デスクの真上に浮かぶ立体ホログラム。それは、建築途中で放棄されたビルを模していた。9区にあるこの中途半端なビルが、シスルとの決戦の場になる......はずである。
このビルの中央には四階分の吹き抜けがあり、柱や工作機械などの遮蔽物となる物品もごろごろとしている。銃撃戦という観点からすれば好立地と言えよう。
「ここで、我々三人がシスル一人に襲撃を仕掛ける。攻撃三倍の法則ではないが、勝率はかなり高まるはずだ。今のうちに、見取り図をインストールしておけ......」
ディシェルが次の言葉を紡ごうとした時、突如として、ガレージの片隅に置いてある秘匿暗号化通信装置が電子音を鳴らした。何者かが、コールを掛けてきたのだ。
「悪い、少し外すぞ」
そう言って、ディシェルは通信装置に向かって、サイト達から離れていった。
ミリカも彼の後を追う。
後に残されたのはサイト一人のみだ。
「よし、開けてみるか」
良い機会だ。ヴェルダの遺産の中身を精査してみよう。
サイトはアタッシュケースをインフォメーション・デスクの上に乗せた。この頑丈な箱を開けるためには、音声認証と正しいパスワードの二つの関門を、同時に突破する必要がある。
確か、音声パスは――。
「
認証が解除された事を表す心地よい電子音と、ケースのロックが解除される小気味良い機械音。早速、開けてみよう。
中には、PDW『WSQディフェンシブカービン』と30発装填式対応マガジン4個、10mm拳銃『P/NA-04』と15発装填式対応マガジン4個。5.56mmFMJ弾が満載のケースに、同じく満載の10mmJHP弾ケース。電磁コンバットナイフが一本、破片手榴弾、クレイモア地雷、閃光手榴弾が数個ずつ収められていた。
装備面では、UfASシステムとフラックジャケット、関節部保護のための各種プロテクター。
申し分ない。サイトは顔をほころばせた。
まずは、PDWと拳銃のニューラル・インターフェースのペアリングから。昨今では、個人携行用銃火器の情報化も著しく、生体認証の導入から、HUD上での残弾数・銃身状態のリアルタイムモニタリング、リモートセーフティコントロール、レティクル表示まで、銃器と使用者本人の密接な情報リンクが実現されている。こうした情報化の恩恵を得るため、また、そもそもその銃を使用可能にするために、銃と使用者のニューラル・インターフェースのペアリングを行う必要があるのだ。
回収屋の男から入手したものは、情報化以前の旧式拳銃のデッドコピー品だった。そのため、ペアリングが必要なかったし、生体認証も無かったのだ。が、それはイレギュラーと言っても差し支えないだろう。
HUD上に、それぞれの銃とのペアリングが完了したとの旨の表示がなされた。続いて、残弾数と銃身状態といったステータスリポート、レティクルが視界上に浮かび上がる。
次は、給弾だ。ローダーを使用して、PDWのマガジンには5.56mmFMJ弾を、拳銃のマガジンには10mmJHP弾を、手早くかつ丁寧に装填作業をこなしていく。
そして、フル装填されたマガジンをそれぞれの銃にロード。残弾数表示が0から変わった。
最後にスライドを引き、チェンバーに銃弾を送り込んだ。これでセーフティを解除すれば、いつでも発砲が可能だ。
試しに、PDWを構えてドットサイトを覗き込んでみる。
――良い感覚だ。
サイトは手応えに満足しながら、「よし」と一言漏らし、構えたPDWの銃口を地面へと降ろす。
銃火器の準備を終え、装備面の準備へと移行する。サイトは手慣れた様子でフラックジャケットやUfASシステムを身につけていった。
ものの数分で、フル装備となったサイト。武装面も併せて、すぐに戦闘に移行する準備は整った。
あとは――。
サイトはおもむろに、最後の手段である”切り札”を手に取った。
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