1-27 ダイナミック・リーブ

 薄暗いモニター室には、邸宅のあらゆる場所に設置されている監視カメラからの映像を映し出させるように、複数のモニターが壁一面に並んでいた。


 それらモニター群の前に座っている構成員が二人。二人共、突然の来訪者の存在に驚いて振り返った。


「誰だ! お前ら!?」


 清掃員姿の若い男がすかさず前に一歩出て、申し訳なさそうな態度をとる。


「あっ、すみません。部屋を間違えてしまいました。キッチンはこの辺りにあると伺っていたのですが......」


 来訪者がネズミ駆除に来た業者だと知り、一安心する構成員達。振り返るのを止め、先程と同じように、入り口に背を向けモニターに向き直った。


 投げやりな態度で、業者に正しいキッチンの位置を教えてやる。


「キッチンは反対方向だよ」

「そうですか、失礼いたしました」


 若い男は、そう言いながら傍にいたアーヴィッドに目で合図を送る。アーヴィッドは頷き、静かにドアを閉めた。これで構成員達二人と、若い男達二人、計四人の密室が出来上がった。


 若い男はドアが閉じられた事を確認すると、懐から、掌にすっぽりと多い隠せるサイズの小型レーザーピストル『EB-908-C』を取り出した。


 そして、二人の男のうち、左側の席に座っていた人間男の頭を撃ち抜いた。


「なっ!?」

 

 右側の席に座っていたもう一人の人間男が、同志の異変に気がつき、すぐさま振り返る。だが、時既に遅し。彼の脳も、若い男が手にしたEB-908-Cから照射された、無音かつ不可視性の殺人光線によって貫かれた。


 『EB-908-C』は強化プラスティック製であり、金属探知機には反応しない。もっとも、耐久性と威力も相応に低く、約3秒間のレーザー照射で発砲が不可能になってしまう。だが、今はその脆弱さが問題になることはない。3秒もあれば事足りるからだ。

 

 構成員達が絶命しているのを確認したのち、若い男はアーヴィッドと協力して、二つの椅子から構成員達の死体を引きずり降ろした。そして、おもむろに空いた席に腰を下ろす。

 若い男は、左肩に掛けていたショルダーバッグのファスナーを開け、逆さにした。中身の大多数を占めていたネズミ駆除用具が地面に散らばる。その中に、たった一つだけクラック用のトランシーブモジュールがあった。


 若い男は素早く地面からそれを拾い、トランシーブモジュールとモニター室のコンソールとの接続作業を始めた。この邸宅のセキュリティやインフラ等の最重要管理システムは全て、オンライン環境から切り離されたスタンドアローン。外部からのクラッキングが不可能な状態であった。

 しかし、来客予定リストなどの一部の重要性が低い情報領域は、利便性を求めてオンライン環境に接続されていたのだ。

 その些細なセキュリティホールが、のちに致命的な損失を生み出すことを、構成員達は未だ知る由も無い。


 接続作業が終われば、時間が掛かるにしても外部にいるティコが、オフラインの最重要管理システムをオーバーライド乗っ取りできるはずだ。


「アーヴィッド、出入り口を監視しておくれ」


 若い男の声は、これまでとは打って変わり、女の妖艶な声になっていた。


「OK」


 若い男の指示に従い、リボルバー『リパリティ・セキュリティ』を構えたアーヴィッドがドア横に張り付いた。これで、万が一、異変に気がついた他の構成員がやってきても、すぐに仕留められる。


 三分程で接続作業を終えられた。未だ、モニター室の異変に気がつく者は無し。まあ、モニター室をモニターする施設はこの邸宅にはないのだから、当然かもしれぬ。


「終わったぞ。これで第二関門突破じゃな。そちらは問題ないか?」


 若い男がティコに確認の為、発声言語通信を送る。


『信号受信強度問題なし......、何これ! アハハハハハハ!』


「おい、ティコ! そち、大丈夫か!?」


 突然ゲラゲラと笑い出したティコに対し、若い男が首を傾げる。


 ――ストレスの累積でとうとう発狂してしまったのか?


『ハハハハ......、いやーごめんごめん。管理OSがVOADs.2.1だったからさー。サポートが12年前に切れている脆弱性の塊みたいな化石をまだ使い続けてるんだなって』

「まあ、スタンドアローンでの運用分には問題ないからの。妾達みたいな輩に物理的侵入される事までは想定していなかったのじゃろう」

『ともかく、これで一分も掛からずに全管理システムをオーバーライドできるよ。ドアロック、クラス2・AI統合制御システム......、わあ、収納式タレットまである! とてつもなく楽しいことになりそうね』

わらわ達は足早に逃げ出すから、そちらは任せたぞ」

「任せて! あっ!?」


 大音量で流れるアラート音。モニター群は、監視カメラからの映像中継を切り上げ、赤い警告画面を吐き出している。

 素人目に見てもなにやらよろしくない状況に陥ってることがわかった。


「おい! 何やらかしたんだ!?」


 アーヴィッドがドアの横に張り付いたまま、ティコに問いただす。


『ミスって不正アクセスがバレちゃった。許せ』

「管理者権限は!?」

『剥奪される前に、セキュリティを黙らせた。私の手中にあるよ』


 アーヴィッドは唸った。


「不幸中の幸いだ」

「ぬかったの、ティコ。はて、どうする?」


 若い男がコンソールから離れて、アーヴィッドの元へとやって来た。


と同時に、派手に退出するぞ。今のうちに、化けの皮を脱いどけ」

「やはり、そうするしかないの」


 若い男から煙がボワッと生じ、彼の全身を覆った。数秒後、煙が霧散すると、そこには先程までの若い男ではなく、二つの狐耳、三つの尻尾を持ち合わせた妖狐の女が立っていた。

 彼女の名前は、ツクモ・ニレンギ。請負人であり、フォルトガンドのメンバーでもある。


 今回のエチェベリア邸潜入にあたって、ツクモは買収した清掃員の一人に、のだ。


 あまり時間の猶予はない。ツクモとアーヴィッドは多次元モバイルストレージから、次々と武器と装備を取り出し、手早く戦闘準備を進める。二人とも清掃服の上からフラックジャケットとUfASシステムを身につけ、そこに弾薬マガジンや各種手榴弾を放り込んでいく。肘と膝を防護するプロテクターも身につけ、防備面はこれで完了だ。 


 次は武装だ。

 アーヴィッドはトンプソン・サブマシンガンを現代技術で模した『M2099A1』にドラムマガジンを装填。ツクモは単分子滅魔刀が収められた鞘を背中に掛け、ブルパップ・オートショットガン『KPzh80』にボックスマガジンを装填する。

 二人がチャージングハンドルを引くタイミングが重なり、モニター室に小気味の良い機械音の合唱が木霊こだました。

 

 最後に各々、ニューラル・インターフェースを戦闘モードに切り替えて戦闘準備は完了。


「では、参るか」


 そう言い放ち、ツクモは廊下に躍り出た。


「援護してくれ。次はミスるなよ。俺達の命が懸かってる」

『頑張ります』


 申し訳なさでしおらしい声を出しているティコ。彼女の声をバックに、アーヴィッドもツクモに続いた。


 ◇◇


「一体何なんだよ! チクショウ!」


 一人の人間の構成員が、突然施錠されてしまったドアを蹴破ろうとしながら、半ばパニックになった状態で叫ぶ。

 木製ではあるものの、蹴り程度では施錠されたドアはびくともしない。


「さあな、ちょっとどいてろ」


 全身にタトゥーが彫られ威圧感に満ちあふれているスキンヘッドの、もう一人の人間の構成員が、必死にドアを蹴破ろうとする構成員の背後から声を掛けた。

 彼の手にはショットガンが握られており、ドアの上下の蝶番に向かって計2回、発砲した。

 ショットガンの銃声と、ドアの木材と金属が粉々に破壊される音がブレンドされ、室内には派手な音が響きわたった。


 即座にスキンヘッドの男はドアに向かって渾身の蹴りを放つ。すると、先程までびくともしなかったドアが廊下側へと吹き飛ばされた。


「行くぞ」


 そう言いながらスキンヘッドの男は廊下の左右に敵が存在しないか注意深く警戒。敵が存在しないことを確認すると廊下へと飛び出した。

 びくともしなかったドアが開け放たれたことによって、パニックが少し落ち着いた構成員もスキンヘッドの男に従って廊下へと出る。


 この二人の構成員は、邸宅内の午前警備巡回業務をしていた。


 邸宅内を巡回中だった二人が客室の一つの見回りを終え、廊下に出ようとするとドアが電子ロックされていることに気がついた。同時に、邸内のあちらこちらから銃声やら悲鳴やらが聞こえてくるのに気がつく。


 二人は急いで、この邸宅内のセキュリティシステムの中枢であるモニター室に連絡を取ろうと試みた。しかし、いくら待てどもモニター室から聞こえてくるのは静寂のみ。

 痺れを切らしたスキンヘッドの男は多次元モバイルストレージからショットガンを取り出し、閉ざされたドアを破壊したのであった。


「これからどうする?」


 ショットガンを構えて敵との遭遇に備えながら、長い廊下を進むスキンヘッドの男に対し、後方を警戒しながら付き添っていた構成員が尋ねる。


「モニター室に向かう。状況の把握が最優先だ」

「そ、そうだな」


 後方警戒していた男は、とりあえず安堵していた。異常事態が発生したとしても、冷静に対処できる奴がいると、心強いものだ。


「ん?」


 構成員達は、ふと足を止めた。前方の天井から収納されていたタレットが出現したからだ。その銃口はなぜかこちらに向けられている。


「よし。セキュリティシステムは無事のようだ。何があったかは知らないが――」 


 スキンヘッドの男は喋り終えることはできなかった。タレットから放たれた無数の7.62mm弾によって、その身を引き裂かれたからだ。

 

  



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