1-26 潜入

4月18日 午前9時

 ルミナスファミリーαを率いるボス。その名は、セシリオ・エチェベリア。

 セシリオは、配下のギャング組織が繰り返した雑多な犯罪行為で得た、汚い金を惜しげもなくつぎ込んだ。そう、9区レヴェリッジ区画の高級住宅街の一角にある邸宅の建築に。


◇◇


 二人の男が邸宅の正面ゲート横の、警備小屋正面に立った。一人は人間の若い男、もう一人はリザードマンだ。男達は清掃業者の青い制服を着ており、若い男は左肩にショルダーバックを掛けていた。


「害獣駆除の予約をうけたまわっていた、メンネング清掃社の者ですが」


 若い男が強化ガラス越しに、無遠慮に彼らを見るスキンヘッドのいかつい構成員に声を掛けた。


「おかしいな。明日の午前10時頃のはずだったが」


「急遽、前倒しになったはずです。予定を確認してみて下さい」


 構成員がすかさず来客予定リストを確認する。確かに。彼の記憶の中では、清掃社は明日の午前10時に訪れて通気口に潜むネズミ駆除に勤しむはずだった。しかし、リスト上では今日の午前9時と記載されている。


 予定リストには、やってくる予定の二人の清掃員の名前と顔写真が記載されていた。今、目の前に居る二人の男と見比べてみる。

 若い男は顔写真そのまま。違うのはもう一人のリザードマンだ。


「そちらの方は? 予定リストの記載と異なっていますが」


 リザードマンに手を向けながら清掃員達に問いただす。


「マクネスは病欠です。代理をこのボードゥワンが勤めます」


 若い男が説明し、それに合わせてリザードマンが着用している作業帽を脱いで会釈した。次に、胸ポケットから顔写真付きのIDを男の目の前に示した。たしかに、その顔写真には、目の前にいるリザードマンと同じ顔が映っているし、名前も一致していた。

 

 ――まあ、いいだろう。


 この清掃員達に特に怪しげな部分は無いし、全身にスキャニングを掛けてみたが、危険物反応も無かった。それに不埒な事を考えているのなら、バカ正直に、正面ゲートから侵入を図ったりしないだろう。


 予定とは異なってはいるが、より早く、忌々しいネズミ共を始末してくれるのならありがたい。やつらが撒き散らす悪臭と異音に辟易していたのだ。まったく、どこの馬鹿だ? 通気口にネズミが繁殖する原因を作り出したのは?


 構成員は手元のコンソールのスイッチを弾き、セキュリティ・ルームとの通信回路を開いた。


「正面ゲート守衛。セキュリティ。これより、メンネング清掃社の清掃員2名が入館する。そうだ、予定リストがイかれてたらしい。......OK」


 構成員が清掃員二人に向き直る。


「お通り下さい」


 構成員の一言と共に、固く閉ざされていた重々しい正面ゲートがゆっくりと開かれていった。


 若い男とリザードマンはゲートを抜け、邸宅へと繋がる庭園へと足を踏み入れる。


◇◇


 朝の庭園は清々しかった。

 小振りながらも絶え間なく水を吹きだしている噴水やら、手入れが行き届いたガーデニングやらが立ち並んでいる。


 見事な造形の庭園の中を、足を進めていく青い清掃服姿の男達が二人。あまり、場の雰囲気とは一致しているとはいえないが気にしてはいけない。

 暇があるならば、足を止め、ゆっくりと、金がつぎ込まれたこの庭園を観賞していってもいいのだろう。だが生憎あいにく、二人にはやるべきことがあった。 


『ディシェル達から連絡はあったか、ティコ?』


 二人の片割れ、清掃服姿のアーヴィッドが、歩きながら無発声言語通信を送る。


『四分前に。セーフハウスにサイトが合流したらしい。寝坊しなくてよかったよ、ほんとに』


 ティコと呼ばれた人物がアーヴィッドに返答する。その正体はクラス3・AI。すなわち、電子生命体だ。彼女は、女性型アンドロイド・ボディに、”魂”を宿していた。


 その外見は、そこら辺の路上を歩いているような、一般的な人間の若い女性となんら変わりの無い姿だった。彼女が、なぜかメイド服を好んで着ていることを除いて。

 ディシェルやアーヴィッドが、ティコにわざわざメイド服を着る理由を尋ねたことが幾度あったか。その度に彼女は、趣味だから、とだけ答えた。

 実際のところ、裏に深い理由があるわけでもなく、ただの趣味でティコはメイド服を着ていた。仮に、新しく彼女の趣味に深く突き刺さる服があれば、そちらに乗り換えることもいとわないだろう。


 ティコは今、邸宅からわずかに離れた路上に駐車されている、企業バンに偽装された車両の内部に居た。車両の内部は、おんぼろ車両の外見には似つかわしくなく、複数のハイテク機材が所狭しと搭載されている。依頼遂行に合わせて数日前にリースしたものだった。


 ティコはモニターの前に投げ出した足を組み替える。


『彼は信頼できるのかな? というか、リスクがでかすぎない? 土壇場で離反されたら一発アウトよ』


『一人でも多く戦力が欲しいからな。ディシェルの判断を信じるとしようぜ。それに、俺が見た感じ、彼の目は裏切り者ではなく、前進を望む者のそれだった。裏切りはしないだろうよ』


『おっ、長年の勘ってやつ? 電子生命体には第六感ってやつがよくわからん』


 アーヴィッドは左右に首を振って周囲の状況を確認した。問題なし。移動しながらの通信を続行する。


「本物のメンネング清掃社のバイトと、社員のその後は問題ないか?」


 19時間前、ティコはエチェベリア邸侵入への糸口を掴むために、同邸宅の来客予定リストを、クラッキングして。そこに記載されていた有象無象の来客予定者の中で、ティコの目を引いた存在がある。その存在こそ、明日にネズミ駆除に訪れる予定であったメンネング清掃社だった。


 早速、リストに記載されていた個人情報を元に、実際にエチェベリア邸を訪れる予定の社員とアルバイト二人を探しだし、彼らにコンタクト。金を積み、散々脅して買収したのであった。


 そして、フォルトガンドの協力者と化したメンネング清掃社社員達は、全てが終了しているはずの後日に、強盗に遭ったと嘘の証言をするという取り決めに同意して大金を受け取った。


 買収後は、社用車と清掃服を二人から借用し、来客予定リストの該当部分を明日から今朝へと書き換える。ついでに、アーヴィッド用の偽装メンネング清掃社身分IDも作成。これで、エチェベリア邸侵入へのお膳立てが整ったというわけだ。


「今のところ大人しくしているみたい」


 ティコが社員達の住居に仕掛けた監視カメラからの映像を見ながら答えた。二人ともおそらく、普段と変わらない日常生活を営んでいるに違いない。


「契約を反故ほごにしたらどうなるか、アーヴィッドが散々脅したのが効いたんじゃない?」


「飴と鞭は驚くべき程の効果をもたらす。まあ、俺が彼らの立場だったら

おとなしく契約通りの行動をする。んで、ほとぼりが冷めた頃に、貰った金でバカンスにでも行くだろうな」


 さわやかな朝の庭園を散歩する時間も終わりを告げた。


 若い男とアーヴィッドは、庭園を抜けて邸宅正面玄関前に辿り着いたのだ。玄関を押し開けて堂々と内部への侵入を果たす。

 邸宅内部はフカフカのカーペットが敷き詰められ、暖色系の照明がきらびやかに輝いている。所々に置いてある、絵画や謎の前衛的オブジェには如何ほどの価値が有るのだろうか?


「入ったぞ。上手くいくよう祈っててくれ」


 アーヴィッド達はHUD上の見取り図を参照しながら、目的地へと向かって邸宅内を移動し続ける。この見取り図は、この地域に幅を利かせてる情報屋から購入したものだ。


 途中ですれ違う全ての構成員達に会釈を交わして、IDを見せ、怪しまれぬよう気を配り続けた。 


 その努力が功を奏したのか、目的地であるモニター室前に到着するまでにアーヴィッド達の存在をいぶかしんだ構成員は一人も居なかったようだ。


「準備は?」


 若い男がドアノブに手を掛けながら、アーヴィッドに問う。


「万端だ」


 若い男がアーヴィッドの返答に頷きを返し、一気にドアを押し開けた。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る