1-25 プランD
旧知との決別を終えたサイトは、ディシェルの元へと戻った。
「話をつけてきました。たった今、職を失ってきたところです」
「大丈夫か?」
ディシェルからの問いに対し、サイトは首を縦に振る。今の彼に、迷いは無かった。最早、後戻りはできない。前に進み、因縁にケリをつけるだけだ。
やりとりの直後、タイミング良く、一台のホバービークルが二人に近づいてきた。
「来たようだ」ディシェルは言う。
二人の真横でホバービークルは停止。続いて、運転席の窓が開き、そこからアーヴィッドが顔を覗かせた。
「待たせた。乗ってくれ」
扉が開き、ディシェルは助手席に乗り込んだ。一方、サイトは乗り込まず、運転席に近づく。
「どうした? 乗らないのか?」
「今は一人になりたい気分なんです。近くにセーフハウスがあります。今夜は、そこで過ごそうと考えていますが.......。よろしいですか?」
「だとさ。どうする?」 アーヴィッドが首を横に向け、ディシェルに尋ねる。
「別に構わないさ。そういう時もある」とディシェル。「では、また明日。明日の9時に、ここに来てくれ」
サイトのHUDに所在地コードが表示された。ディシェルがニューラル・インターフェースを介して、サイトに送信したのだ。
「ありがとうございます」
サイトは車内の二人に頭を下げ、踵を返した。彼が、夜の闇の中へとその姿を消すのは、そう時間は掛からなかった。
◇◇
「ケストレルは大丈夫そうか? 何というかその.......、目が据わっていたが。あの手の目つきをしている奴を、過去に何人も見てきたが......、あまりいい思い出は無いな」
ほとんど音を立てず、また、振動も無く、静かに道を走るホバービークル。同じように車内も静かなものであった。その沈黙を破るかのように、アーヴィッドは助手席のディシェルに尋ねた。
「サイト・サギノミヤだ」
「サイト? 誰だそれ?」
「ケストレルの本名だ」ディシェルは語る。「俺の所見では、彼は自分の問題を自分の手で片をつけようとしている。自分の面倒は自分でみれるだろう」
「それは良い。子守をしている余裕はとてもじゃないが無いからな。彼は自分から名乗ったのか?」
「ああ」
「そうか」
再び、車内に沈黙が訪れる。別に、気まずい重苦しい沈黙というわけではなかったが、それは、ある種の”暇”を内包していた。その暇を打ち破るかのように、ディシェルが話題を変える。
「さて、ルミナスファミリーαの状況はどうなっている?」
「静かなもんだ。まだ、一挙に殺し屋3人を殺られた事実を知らないからな」
「だが、すぐバレる」
「ああ、時間の問題だ。そうなったら9区内で俺達が身動きを取るのは、不可能に近くなる。今の状況でさえ、奴らピリピリしてるのに」
話す片手間で、アーヴィッドは懐から無煙葉巻を取り出し、口にくわえた。次いで、プラズマライターを取り出し、点火しようとする。だが、何度ボタンを押しても、故障しているのかプラズマライターは機能しなかった。
見かねたディシェルが、左手を無煙葉巻に近づける。次の瞬間、
「助かる。買い換え時か......」
「構わんさ」
無煙葉巻を堪能するアーヴィッドにディシェルが問う。
「プランDの進捗状況はどうだ?」
「
「最後のピースだ。上手くやってくれ」
「任せな。とはいえ、問題はその次だ。あの機械人形を粉砕する算段はついているのか?」
ディシェルは首を横に振って、否定の旨を示す口頭での返答に代えた。
「いくら、シスルと雇い主サイドを分断できたとしても、
「無論、理解している。だが......」
「だが?」
ディシェルは目の前で両手を組んだ。
「確証はないが勝算がある気がする。それで十分だろう?」
「フッ。直感か」
アーヴィッドは鼻で笑う。しかし、それには侮蔑の意味合いは含まれていなかった。むしろ、この段階まで来て直感を勝算の要因に挙げる、ディシェルの剛胆さを賞賛するニュアンスだった。
「こんなリスクまみれの仕事で、保障云々言い出すのはナンセンスでしかなかったな。まさしく――」
二人の声が重なる。
「最善を尽くして祈れ、だ」
「最善を尽くして祈れ、だな」
その会話を機に三度目の沈黙が車内に訪れた。その沈黙は目的地に到着するまで続いた。とうとう話すことがなくなってしまったのだ。
◇◇
4月18日 午前9時 9区タナロテ区画 中流住宅街
セーフハウスで一夜を過ごしたサイトは、午前9時きっかりに、ディシェルから指定されていた所在地コードの場所を訪れていた。
そこにあったのは、ごく一般的な一軒家。中流所得層の家族が住んでいそうな家だった。
――本当にこの場所であっているのだろうか?
サイトは
周りの家々や土地環境も含めて、平凡で平和な住宅街。請負人や殺し屋といった裏社会のキナ臭い人々とは無縁に思えたからだ。
とりあえず、玄関のインターフォンを鳴らすために、サイトは前へと足を進める。よく整備された庭の、緑豊かな芝生を踏みしめながら歩いていると、突然、無発声言語通信が送られてきた。その声は聞き覚えのある若い女のものだった。
『サイトさん。こっちこっち』
思わず辺りを見回してみる。すると、一軒家に併設されているガレージの小窓から、白い手が一本生えていた。その手は、サイトに向かって手招きしている。
ともかく、指示に従って、サイトはガレージ方面へと進路を変えることにした。
『横にある通用口から入ってください』
指示通り、通用口ドアのドアノブに手を掛ける。少し引き開けて、中を覗いてみると、そこにはミリカとディシェルの姿があった。
――やはり、ここで間違いないようだ。
少しばかり安堵しながら、サイトはガレージ内に入った。
請負人たちのセーフハウスとして用いられているから当たり前ではあるのだが、ガレージ内にあるべきはずのホバービークルは無かった。その代わりに、多数の情報表示が可能な、巨大なインフォメーション・デスクが、狭苦しいガレージ内の大半を占有している。
もっとも、異質なのはそれだけである。インフォメーション・デスク以外は、ごく普通のガレージ内部と言っても差し支えないだろう。オイルの匂いや、用途不明のスペアパーツやワイヤーが乱雑に並べられている様子は、どこか懐かしさを思いださせる効果を持っていた。
「おはようございます。サイトさん」
ミリカがサイトに向かって、ぺこりと頭を下げて挨拶した。
「おはようございます」
サイトもすかさず挨拶を返す。
「よく来たな。ここが、俺達のセーフハウスの一つだ」
作業台の上に腰かけているディシェルが説明する。
「向こうの一軒家はダミーだ。本体はこっち」
「なるほど。ここなら襲撃を受けても、応戦と撤退の一連の流れをスムーズに進行できそうですね」
サイトがガレージ内を見回して感心していると、ミリカが巨大なアタッシュケースをサイトの元へと運んできた。
「サイトさんが回収を依頼していたやつです」
「どうも。助かりました」
サイトは、ミリカからアタッシュケースを受け取る。それの正体はヴェルダの遺産。すなわち、緊急時用の秘匿物資だった。中には、銃器・弾薬・各種装備品が収められているはずだ。
「そういえば、アーヴィッドさんは?」
ガレージ内に居たのは、ミリカとディシェルだけ。他に居るであろう請負人達の姿が見当たらなくて、サイトは疑問を感じていたのだ。
「それは別行動しているからですよ」
「その通り。アーヴィッド、ツクモ、ティコの三人はプランDの実行のために、別行動を取っている。二人ともこっちへ来てくれ」
ミリカとディシェルが不在の理由を説明した。そして、二人はガレージ中央のインフォメーション・デスクの側へと歩み寄る。
サイトも、両者に呼応するようにインフォメーション・デスクに移動する。
三人がインフォメーション・デスクを囲むと、上部に、各種の情報が立体ホログラムとして投影され始めた。
ディシェルは語り始める。
「プランDとは、端的に言えば、分断のための破壊工作。シスル本人と雇い主が保有する戦力を切り離すための作戦だ」
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