1-24 現在―― 決別
後は知っての通りだ。俺は死体袋に詰められ不法廃棄場に生ゴミとして廃棄された。
何故、構成員達が意識を失った俺に、トドメを刺さなかったかのは、知らないし知りたくもない。大方、死体袋の中でゆっくりと窒息することを目論んで、あえて手を下さなかったのだとか、そういった理由だろう。それとも、自分達の手を汚すのが嫌だったのか。真相は永遠に闇の中だ。常識的に考えれば、あの密閉空間の中で長時間、窒息死せずに持ちこたえられたのは幸運としか言いようがなかった。
ともかく、構成員達はまだ息のある俺が詰まった死体袋を、不法廃棄場の主達である回収屋達に引き渡した。俺は図らずも脱出に成功したのである。代償に記憶を失って。
◇◇
俺は目をパッチリと見開いた。見えるのは診察室の天井だ。そして天井にあるのは、白い光を眩く照射する医療用の照明。
このタイミングで俺は、自分が過去の記憶の
俺は、全て思い出していた。生まれてから記憶修復施術を受けるまでの、全ての記憶を。
唐突に、ロミルダさんの顔が俺の視界に割って入ってきた。
「気分はどう? 無事、修復できてるといいんだけれど」
俺は、身体を診察用ベッドから起こし、ロミルダさんの目を見た。
「完全に記憶が蘇りました。思い出したくないことも含めて、全て」
「記憶は全てを内包していなければならない。喜びも怒りも悲しみも楽しみも。それが人生というものよ。皮肉にも、ね......」
よくわからないが、ロミルダさんの言うことは言い得て妙だ。記憶の復活によって、死体袋でめざめてからというもの、これまでずっと俺につきまとっていた忌々しい感覚が解消された。
それは、全身がまるで穴空きチーズのように、穴だらけになっているという感覚。身体面では何一つ問題無いのだが、体のあちこちが欠けているような喪失感がつきまとってきたのだ。
しかし、今となってはそれも昔の話だ。過去の全てが明らかになり、俺が異常なまでに、殺し屋達を殲滅することに固執していた理由がわかった。
「なんーてね。なんかそれっぽいこと言ってみたかっただけ。特に深い意味はないよ。私は一介の闇医者であって哲学者じゃないしね」
ロミルダさんは、へらへらした様子で俺の肩を叩き、診察用ベッドから離れていった。
折角、良いことを言ったのに、自分から台無しにするのか.......。まあ、それがロミルダ・シュティークロートという人物なのだろう。
記憶修復施術を受ける前の時刻と現在時刻から計算するに、俺は、1時間程度、回顧の旅をしていたようだった。
俺は、診察用ベッドから降り、二本の足で地面に立った。
悪くない。正直なところ、記憶修復施術を受ける前は、期待も大きかったが、不安も大きかった。記憶を取り戻すことによって、戦い続ける意思を喪失するのではないのかと。
だが、それは
しっかりとした足取りで、デスクに向かっているロミルダさんの元へと歩みを進める。彼女はコーヒーカップ片手にカルテを書いていた。
「その様子だと完治、という認識でいいかな?」
「ええ、おかげさまで。すこぶる調子が良いですよ」
ロミルダさんは微笑んだ。
「なら、良かった。何があったかは、知らないし知ろうととも思わないけど、その様子だとまた健康リスクを負うつもりでしょう?」
「わかるもんですか」
「直感でね。気をつけて、とだけ言っておく。手足なら千切れても、いくらでもくっつけられるけど、首が千切れたらどうにもならないからね」
「気をつけます」
「よろしい。さて――」
ロミルダさんは俺に向き直った。
「報酬の話に移ろうか」
◇◇
多世界交易都市共通電子通貨「セベウ」によって、ロミルダさんへの医療報酬は無事、支払い完了。俺は、待合室代わりになってるリビングルームへと帰還した。
そこでは、ディシェル氏がソファにもたれかかって、目を閉じている。寝ているのか、それとも、ネクサスネットに”没入”しているのか。
「終わりました」
俺が声を掛けると、ディシェル氏は目を開けた。
「待ちくたびれたぜ」と大きく伸びをするディシェル氏。
単純計算で6時間、彼を待たせたことになる。少しばかり申し訳なく感じた。
「それで? 完治したのか?」
「バッチリ」
俺に続いてリビングルームに入室したロミルダさんが、俺が口を開くより早く、そして代わりに質問に答えた。
「朗報だ。それじゃ帰るとするか」
その一言と共に、ディシェル氏はソファから立ち上がった。そしてスタスタと歩き始める。
「世話になったよ」
ロミルダさんとすれ違い間際に、ディシェル氏は左手をひらひらとさせて謝意を示す。
「いいってことよ」とロミルダさんは返答。「また、機会があったら新規顧客を紹介して」
「任せろ」
一連のやりとりを経て、ディシェル氏は玄関先へと姿を消した。俺もそろそろ
「ありがとうございました」
「あんま無茶するなよ」
「善処します。では、失礼します」
俺はディシェル氏の後を追って移動し始めた。背後からの「がんばれー」との力を抜ける声援を受けながら。
◇◇
さて、記憶は蘇った。左腕も無事、繋ぎ直され、戦いへの準備は万端と言えよう。厳密にはまだ、アーヴィッド氏に回収を依頼した装備品は手元にないが、入手するのも時間の問題だ。
シスルとの因縁に決着をつける時も、意外に早く訪れるのかもしれない。しかし、その前に俺はケジメをつけなけなければならない。エールシス・セキュリティタスク社隷下、暗殺チーム「リシェド」所属の「ケストレル」という名の自分に。
上層部からは既に撤退を指示されている。その命令を無視して、なお戦い続けるというのは、背信行為に他ならないからだ。
マンションのエントランスを出たタイミングで、俺は意を決した。
「ディシェルさん。少しばかり、時間を頂けますか?」
「どうした、ケストレル?」
「上と話をつけてきます。それと.......」
俺は
「サイト・サギノミヤ。私の本名です」
「......OK、サイト。どっちみち、迎えが到着するまで時間が掛かるしな」
「ありがとうございます」
ディシェル氏に頭を下げ、俺は彼から少しばかり距離を取った。そして、冷たい壁に背中を預ける。
ニューラル・インターフェースの言語通信アプリケーションを選択。ダミー企業のサポートセンターへとコールする。これは、エールシス・セキュリティタスク社が保持する、民間回線からの秘匿通信ルートの一つだ。
『はい。こちら、CPPコーポレーション。どのようなサポートをお望みでしょうか?』
「給水システムに亀裂が生じた。形式番号は007968-X230」
『了解。最優先で回す。しばし待て』
三分間の沈黙ののち、HUDに、壮年の屈強ながらも知的な雰囲気を醸し出している黒人男性の姿が映し出された。彼こそ、「リシェド」を管轄する直属の上司、バーンハード・サヴィル、その人だ。
『これまで、我々を取り巻く状況は最悪だった。唯一、生存確認ができていたヴェルダとのコンタクトすら途絶。頼みの綱のモールも撤退済みで、現地の状況を知る術はなし。だが、お前の生存が判明したことで少しはマシになったと信じたいところだ。現在の状況を報告してくれ』
「はい。順を追って報告します。襲撃作戦の失敗ののち、私とエレクエの両名は敵に拉致されました」
『ヴェルダからの報告にもあった。......よし、続けてくれ』
「監禁場所で私達は拷問を受け......エレクエは死亡。私は隙を伺って脱出を図りましたが、事前に遅効性毒物”トラソルリッグ”を投与されていたため途中で意識を失い、再度、捕縛されました。ですが、私が既に死亡していると誤認した構成員達は、私を死体袋に詰め不法廃棄場へと投棄したのです」
『つまり、図らずも脱出に成功したというわけだな』
「ええ。ですが、廃棄場で目覚めた時、私は記憶喪失状態に陥っていました。しかしながら、意識を失う直前に、手近なセーフハウスの位置をメモ用紙にしたためていました。そのため、私はセーフハウスに身を寄せられたのです」
『正に、不幸中の幸いだ。その後、ヴェルダと合流したのだろう? 何が起きた?』
「私はヴェルダとハイウェイルートで脱出を図りました。しかし、追撃を受け、車両は高架下へと落下。......その際の負傷が原因でヴェルダは死亡しました」
『クソッ。となると、リシェドの生存者はお前だけなのか?』
バーンハードさんの口調は変わらない。しかし、その声はどこか悲痛な感情が込められているように感じられた。
「残念ながら。その後、私はターゲットからの襲撃を受けましたが、成り行き上から、利害が一致する請負人の助けを受け、応戦。
『負傷は大丈夫か?』
「先刻、闇医者による治療を受けて完治。同時に、記憶修復施術も受け、記憶も復活しました。そして、現在に至ります」
『よろしい。そちらの状況は把握した。では、今後の方針について話を移そう。撤退――』
「戦闘を継続します」
俺と、バーンハードさん、両者を流れる時間が止まった。しかし、それは紛れもなく錯覚である。次の瞬間には時間が動き出したからだ。
『何だと?』
「9区に留まり、残るターゲット一名、シスルを撃破します」
バーンハードさんの声が酷く険しいものとなった。
『指令を知らないとは言わせないぞ。作戦は失敗した。
「拒否します」
『貴様! 図に乗るのも大概にしろ! 私情に流されて正常な判断を下せなくなったのか!? ちゃちな復讐心に囚われて!?』
怒号が俺の脳内に響き渡る。もちろん、わかっている。俺がおかしく、バーンハードさんが正しいのはわかっている。
だが――。
「最後までやり遂げる必要があるんだ! たとえ、代価を自分の命で支払うことになったとしても!」
『これまで貴様が築き上げたものを全て打ち壊してもか!?』
「そうだ! 生ける屍になって生き続けるのは御免だ! どんな結果になろうとも、俺は最後まで戦い続けてやる! 死ぬためでも復讐のためでもない! 俺自身が前へと進むために!」
両者の熱気がぶつかり合った結果、しばしの沈黙がこの場を支配する。俺は深呼吸を繰り返して、興奮を収めようと努める。それはバーンハードさんも同じようであった。
やがて、俺は、打って変わって静かな様子で言葉の先を紡いだ。
「......ケストレルは死にました。サイト・サギノミヤ、個人の意思と判断で戦闘を継続します」
バーンハードさんも当初と同じような冷静さを取り戻し、
『いいだろう。レイアマティ・ヘッケル・エレクエ・ヴェルダ・ケストレル、暗殺チーム”リシェド”メンバーは、作戦行動中、全員死亡した。私は今後のための、今作戦評価と改善プランの立案に尽力する』
「......感謝します」
『死者の言葉は聞こえない。......死ぬなよ、サイト』
その言葉を最後に、通信は途切れた。
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